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NYはなぜ世界最多の新型コロナ感染都市になったのか?(現地での報道&在住者目線)

安部かすみニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者
医療従事者を讃えるメッセージが映し出されたタイムズスクエア(4月9日)。(写真:ロイター/アフロ)

アメリカは4月17日、COVID-19(新型コロナウイルス感染症)の感染者が71万人、死者は3万2000人を超えた。

国内で最多の感染者がいるニューヨーク州では感染者が22万人、死者1万4000人以上を超えた。死者数の増加は止まっておらず、今でも毎日600 ~700人が命を落としている。

その中で感染者数最多がニューヨーク市だ。

(感染者数12万人、死者8000人以上)

筆者は「なぜニューヨークでこれだけ感染拡大したのか?」という質問をたびたび受ける。世界一のホットスポット(感染拡大地)に住む筆者なりに在住者目線で要因を考えてみた。

ニューヨーク州のファクト

  • 人口:約1950万人
  • ウイルス検査の実施総数:50万ケース以上(介護施設での検査数は州で把握されていない)
  • 感染数:22万2284ケース
  • 死者数:1万4636人

「なぜニューヨークでコロナ感染者が多いのか?」

世界最多の検査数

州では当初から、ウイルス検査を積極的に行なってきた。全米での検査の約4分の1にあたる1万8000前後が、ここニューヨークで日々行われている。その数は、カリフォルニア州やワシントン州の倍以上だ。

アンドリュー・クオモ州知事は先月、定例記者会見でこのように話した。

「我々は1人あたりの検査数を全米のほかのどの州より、そしてどの国よりも多く行っている。検査を多くの人が受ければ受けるほど、陽性結果が増えるのは当然だ」

現在も1人あたりのテスト数は他国より多い。クオモ知事の4月18日の会見より。
現在も1人あたりのテスト数は他国より多い。クオモ知事の4月18日の会見より。

世界中から人々が集まる観光地

またクオモ知事は会見で「あくまでも個人的な見解だが」と前置きし、このようにも述べている。

「世界中から大勢の観光客が集まるというこの街の特性も、感染拡大の要因になっているのではないか」

アメリカが過去2週間中国滞在歴のある外国人の入国を禁止したのは1月31日、そして中国からは2月2日、ヨーロッパからは1ヵ月以上も遅れ3月13日(UKは16日)にそれぞれ入国を禁止した。

特にヨーロッパからは今年1月以降に約220万人が訪れるなど、規制措置まで実に多くの人々が入国した。

  • ニューヨークで拡大したウイルス流行株の多くは2月、ヨーロッパ(主にイタリア)からの流入であることがわかっている。

Most New York Coronavirus Cases Came From Europe, Genomes Show

人口密度がとにかく高い

人口密度の高さも、当初のクオモ知事の「個人的な見解」として述べられたことだ。

州内でも特に5区から成るニューヨーク市内の人口密度は、1平方マイルあたり2万7000人と国内有数の高さだ。

ただし、アジアの多くの都市の人口密度は1平方マイルあたり約4万人。ニューヨークの人口密度は全米で高い方だが、世界的に見ると突出して高いというわけでもなさそう。

ちなみに市内5区のうちもっとも人口密度が高い区はマンハッタンだが、市内で4番目に人口密度が高いクイーンズでの感染者数はマンハッタンの2倍だ。また全米では、人口10万人ごとの死者数はニューヨークよりジョージア州(アルバニー)やニューオリンズが高い。これには別の要素も関わっていそうだ。(後述)

礼拝所、葬儀、老人ホーム、介護施設でのクラスター

ニューヨーク州で初めて感染者が確認されたのが3月1日だが、それからすぐに問題になったのは、郊外のニューロシェル市にあるシナゴーグ(礼拝所)での集団感染だった。

自宅待機が始まってからも、ユダヤ教などの葬儀に参加した大勢の人の間でソーシャルディスタンシング(社会的距離)が保たれていないことが確認されている。

また州内には老人や身体障害者を受け入れている特別介護施設が600以上あり、ここでの集団感染や死者数増加も深刻だ。

満員電車?

最近、マサチューセッツ工科大学のジェフリー・ハリス教授の調査をもとに、混み合った地下鉄が原因ではないかというニュースが報じられた。

記事では、3月中旬まで平日の地下鉄利用は1日500万人だったとある。確かに3月22日に自宅待機令が出るまで、ラッシュアワーの地下鉄車両は混んでいた。

しかし満員電車が要因なら混雑がもっとひどい東京での感染者数が、より早い時期から急増していそうだがそうではない。

初動体制の遅れ?

トランプ大統領は当初「恐れることは何もない」と、新型コロナウイルスの封じ込めに自信を持っていた。イタリアでは2月にすでにウイルスが大流行していたが、中国からの入国ばかりに気を取られていた。ヨーロッパからの入国禁止措置に踏み切ったのは随分遅れ、3月13日のことだ。

またクオモ知事も「重症化するのは高齢者や持病のある感染者全体の20%だ。“具合が悪ければ”自宅にいること」「我が国は医療技術が高いので、致死率はそれほど高くならないはず」と発表していた。記者会見を見ながら、筆者も高を括っていた。

政治家の発言を鵜呑みにした多くの人が自分事と捉えなかったことで油断し、ソーシャルディスタンシングの意識が遅れたのではないだろうか。

実際のところ、人々はつい4週間までリラックスしていた。しかし「このウイルス、本当にヤバイかも」と自分事として誰もが危機感を持つようになったのは、3月半ば以降だ。

道ゆく人々がマスクを着け始め、お互いをあからさまに避けるようになり、1日中救急車の音が聞こえ、崩壊しつつある医療現場の惨状がソーシャルメディアで流れ、「全米で100、200万人規模の死者が出る」可能性を大統領自らが言及したあたりだ。

ちなみに、CDC(アメリカ疾病管理予防センター)の元センター長、トーマス・フリーデン医師(Thomas Frieden)は「ソーシャルディスタンシング対策があと1、2週間早く実行されていたら、死者数を50~80%抑えることができた可能性がある」と、ニューヨークタイムズで話した。

マスクの習慣がないから?

実際のところ、3月末までマスクを着けている人はそれほど多くなかった。

今でこそ政府主導でマスクもしくはバンダナによる顔のカバーが指導されるようになったが、この国ではこれまで「健康であればマスクは不要」と言われてきたのだ。

人々が自宅待機し、避けられない外出時にマスクを着用してソーシャルディスタンシングを保つようになってから、入院患者数を表す曲線が平坦になってきた事実がある。

人口密度の高い街で人々がこれまでマスクを着けていなかったことは、もしかすると感染拡大の要因と結びつくかもしれない。

貧困や移民の多さが関係?

高所得者は早くから在宅勤務にシフト、もしくは郊外の別荘へ避難している。

一方いくつかのデータで、感染者は移民や低所得者が多く住むエリアに多いことがわかってきた。またそのような人々はエッセンシャルワーカー(スーパーや薬局の従事者など)が多く、日々の顧客対応や地下鉄出勤により感染の危険に晒される機会が多い。

以上が「なぜニューヨークで感染拡大したか?」について考えられる要因だ。

ニューヨークでは先述の通り、新型コロナに関連した死者も多い。多くは入院先の病院で死亡しているが、介護施設の入居者も多い。

  • データによると、市内の感染者の年齢はばらばらだが、死者の多くは75歳以上

COVID-19症例データ(年齢別)

COVID-19死亡率データ(年齢別)

「なぜニューヨークでコロナ死者が多いのか?」

人種が関係?

アメリカの他州同様、ニューヨーク州でも黒人とヒスパニック系に感染者や死者が多いことがわかっている。これらの人種はエッセンシャルワーカーが多いこと、高血圧や糖尿病など持病持ちの人が多いこと、また肥満や貧困も関連がありそうだ。

「トリアージ*の際、人種差別が起こっているのでは」という日本の記事をたまに見るが、ニューヨークに長年住んでいる視点から思うことは、生死を分ける医療現場で、しかも今は全員で力を合わせて困難を乗り越えようとしている時に絶対にあってはならないことだし、少なくともこの街では起こるはずがないものと筆者は信じている。

  • 医療現場で優先を決める選別。例えば、救急医療で誰を先に診察するかや、人工呼吸器が1器のみで2人の患者が必要とする場合に行われる。

医療崩壊?

医療崩壊は当初から恐れられていたが、最悪の事態は回避できた。

州では常に、CDCやホワイトハウスのタスクフォースが発表した感染者数や死者の予想数値をもとに、大型展示会場を仮設病棟にしたり、連邦政府から海軍の病院船を派遣してもらったりしながら、病床や人工呼吸器を事前に確保し準備を重ねてきた。また州内の全医療機関を提携させ合い、ある病院で足りない医療用具がある場合にほかの病院から調達できるシステムを構築した。

この結果4月半ばになり、入院患者数やICU患者数は予想数値より大きく下回ったため、病床に空きができたり余った人工呼吸器を必要とする他州に提供するなどしている。

これらは医療従事者が防護具が不足する中、身を削る思いで働いてくれているおかげだ。

無保険や医療費が関係?

日本の報道やソーシャルメディアでは「アメリカは健康保険未加入者が多く、医療費が高いから受診できないのでは」という憶測があるが、それについては筆者は疑問だ。

クオモ知事は「健康保険未加入を理由に新型コロナの検査や治療を受けられない事態は避けるべき」と、早くからサポート体制を整えた。

またあまり知られていないが、通称オバマケアでおなじみの収入額に応じて無料もしくは低額で健康保険に加入できるシステムがまだ残っている。

仕事もやることもない人ほど平日の朝から近所の診療所に来て井戸端会議をしているものだ。また数年前、筆者はER(救急センター)を利用したことがあるが、ものすごい混みようで、待合室では明らかに暇つぶしに来た人が立ったままテレビを観ていて憤りを感じたことがある。(その結果、筆者は4時間も待たされた)

もちろん、低所得者が病院で暇つぶしができるのは「健康保険の申請手続きをしていれば」の話である。

以上が在ニューヨーク視点を盛り込んだ、「世界最多の新型コロナ感染都市になった」考えられる要因だ。

なぜこの街で感染が拡大したのかについて、答えはおそらく1つではなく、ニューヨークという大都市ならではのさまざまな要因が重なり合ったものによるのではないかと考えている。死者数の多さについても同様に。

Updated:

クオモ知事は5月に入り、当地で感染拡大した主な要因について、専門家による分析としてこのように発言しています。

  1. 2月の時点でウイルスが中国ではなくヨーロッパからの観光や乗り継ぎで大量に流入していたのに、どの専門家も中国ばかりに気を取られていた。
  2. 無症状者の存在も知られていなかったため人々のマスク着用が遅れた。
  3. これらに、高い人口密度の要因が加わった。

(Text by Kasumi Abe) 無断転載禁止

ニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者

米国務省外国記者組織所属のジャーナリスト。雑誌、ラジオ、テレビ、オンラインメディアを通し、米最新事情やトレンドを「現地発」で届けている。日本の出版社で雑誌編集者、有名アーティストのインタビュアー、ガイドブック編集長を経て、2002年活動拠点をN.Y.に移す。N.Y.の出版社でシニアエディターとして街ネタ、トレンド、環境・社会問題を取材。日米で計13年半の正社員編集者・記者経験を経て、2014年アメリカで独立。著書「NYのクリエイティブ地区ブルックリンへ」イカロス出版。福岡県生まれ

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