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「誠実な変態」を生み出すコクヨの経営改革 人間の可能性を伸ばすために

遠藤司皇學館大学特別招聘教授 SPEC&Company パートナー
(写真:イメージマート)

 依然として、仕事のやりがいを求めて転職する若い人は多い。

 9月24日に学情が発表した調査によれば、社会人経験3年未満の第二新卒の転職理由は、「もっとやりがい・達成感のある仕事がしたい」が35.0%で一位となった。二位には「給与・年収をアップさせたい」が続き(32.9%)、「より会社の風土や考え方が合う企業で働きたい」が三位となっている(30.0%)。

 いってみれば給料を上げたいのは議論の余地がないことだが、仕事は人生における大半の時間を占めるものであるから、そこにやりがいや達成感を感じられないのは不幸である。また、自分の考え方や価値観と合わない企業で働き続けることは、自分に嘘をつき続けることと同義であるから、自己喪失の状態にも置かれることになる。

 若い人たちが仕事に「やりがい」をもつには、成長実感が必要といわれる。リクルートマネジメントソリューションズの調査によれば、2023年時の新入社員が「不安・苦手意識があるけど大事だな」「意識的に取り組みたい」と思うスタンスは、試行(28.0%)と自発(26.6%)であった。成長とは、目指すものに向けて能力を伸ばすことであり、達成とは、目標に到達することを意味する。若い人に仕事のやりがいや達成感をもたらすには、試行に向けて自発的に動けるような環境を用意し、苦手意識をなくして将来への不安を解消することが求められる。

 多くの企業で、せっかく採用した若手を逃してしまう事態に陥るのは、組織が旧来の仕事観や価値観から脱却できていないことが理由である。組織を、同質性を保つべく設計された全体として捉えるのではなく、多様な志向性をもちつつも目的を共有する個人の集合として捉えることが、いま求められる改革の方向である。

コクヨの20%チャレンジ

 有名な話だが、コクヨには「誠実な変態」であることを推奨する価値観がある。俗に変態というと、主に性的倒錯があり、それに伴う行動が異常な人のことを指すが、正しくは形態を変えることであり、ようするにトランスフォーメーションである。ここでいう「誠実な変態」は後者の意味に近く、誠実さ、すなわちひたむきに真心をもって人や物事に接する態度をもち、事業の形態を変える人であることを推奨するのである。

 コクヨは文房具やオフィス家具のメーカーであるが、それらは仕事の必需品として人びとの間に行きわたっており、また自然と受け入れられているがゆえ、なくて困るという状態に陥ることは少ない。一方で、リモートワークなどの新しい働き方やデジタル化が進展するなか、旧来の商品やサービスのあり方では、必ずしも適切に満足を届けられていない可能性がある。

 そのため社員には、社会ないし働く人びとの変化を機敏に捉え、新たな商品やサービスを創出することで世の中に価値を提示し続ける必要があるが、老舗の大企業では、どうしても特定業務にばかり傾注する人が現れるものである。そのため近年の日本では、広い視野と経験をもつ人材を育てるべく、副業を推進する傾向がみられるが、問題は人材の能力が社外で発揮されてしまうことだ。また事実、現状の仕事に不満を抱えている人などは、副業の方にやりがいを感じるあまり、本業を疎かにする傾向さえみられる。

 できれば社内の仕事にやりがいを見出し、価値を発揮してもらえれば、直ちに企業の成長にも貢献できよう。その解決策として、コクヨには「20%チャレンジ」という人事制度があり、仕事時間の20%を使って他部署の仕事や他のプロジェクトに参画することを認めている。これにより、副業や転職をすることなく、あるいは希望部署への異動を待ち望むこともなく、いまなすべき行動を起こすことが可能となる。

 とかく日本企業では、人材採用の際にはやりたい仕事や将来成し遂げたいことなどを聞くものだが、実際の配属に際してそれらは考慮されず、会社の都合を押しつける傾向が強い。むろん新卒社員は、出来る仕事を増やすことが仕事上の総合的な能力の長期育成にもつながるが、配属の理由と将来のキャリアとの連関を説明されることはほとんどない。そのため新卒社員は、当面の仕事にやりがいを感じず、将来のキャリアも見えてこないために、早期の転職を望むようになる。

 ゆえにまた、同様の制度は決して社員の「ガス抜き」として機能させてはならず、企業の可能性の発掘と捉えるべきである。一人ひとりの社員のもつ埋もれた才覚を見出し、それらを伸ばす機会を与えることで、将来的に訪れる変化にも柔軟に対応できる能力的な多様性を獲得することができる。未来の先読みはできないというが、だからこそいかなる事態にも対応できるよう、状況に応じて迅速かつ柔軟に事業を「変態」できるようにと、日ごろから準備しておかなければならない。

よき価値観の醸成に向けて

 枠組みや制度ばかり整えても、推進する活力がなければ、運用は機能しない。人間の構成する組織を動かすには、人の心を動かし、行動へと促す思いやマインドを伝播させることが重要となる。会社が建前ではなく本音、否むしろ本心から推奨していると信じられるとき、社員もまたそれに邁進するようになる。誠実さとは、言行一致を意味するのである。

 ところで筆者は、三重県伊勢市にある皇學館大学の特別招聘教授であるが、当該地域には大企業が少なく、思いを発出して働く人の考えやメッセージに触れる機会も少ない。そこで本年は、株式会社Speeeの協力により寄付講座を開設し、オムニバス形式にて、実際に社会で活躍されている方々を講師としてお招きし、ご講演頂くこととした。受講対象者は全ての学生と社会人一般であり、無料のオンライン講座である。

 講師は、企業などで事業変革や新規事業開発、DXなどに実際に取り組まれている方にお願いしており、各々の取組み事例を紹介して頂くばかりでなく、その活動に至った際の思いや考えなどをお伝え頂くことを望んでいる。学生諸君には、そこから生じる活力を真っ向から受け止めてもらい、新たな行動へと至る契機としたいと願ってのことである。

 第一回は7月11日に、関西電力の理事・IT戦略室長である上田晃穂氏より「ファンとの共創でオンリーワンの存在になろう」とのテーマで開催した。上田氏は関西電力子会社のケイ・オプティコム(現オプテージ)に出向し、mineo事業の責任者を務めた方である。「マイネ王」というファン・コミュニティの運営により、利用者の声を事業運営に取り入れるとともに、顧客満足には機能的価値のみならず情緒的価値も重要であると主張されてきた。

 そして第二回は10月17日、コクヨの執行役員・ヒューマン&カルチャー本部長兼アカデミア学長の越川康成氏をお招きし、「人の成長は環境が決める 有意義な人生を選択するために」とのテーマで開催する。上述の通り、他大学の学生や一般の方にも無料公開しているため、ふるってお申し込み頂きたい。新たな挑戦により自分の人生を切り拓くことの大切さに関して、お話し頂く内容となっている。

 すでに第三回、第四回の講師も決まっているため、随時Yahoo!ニュースの記事で案内していきたい。企業内のみならず、学生にも社会人一般にもよき価値観を伝播させることで、日本の「豊かさ」を育んでいきたいと筆者は考えている。

■お申し込みURL

https://forms.gle/iEoFjKBkNVbUM55V9

■お問い合わせは遠藤司のLinkedIn経由で

https://www.linkedin.com/in/tsukasaendo/

皇學館大学特別招聘教授 SPEC&Company パートナー

1981年、山梨県生まれ。MITテクノロジーレビューのアンバサダー歴任。富士ゼロックス、ガートナー、皇學館大学准教授、経営コンサル会社の執行役員を経て、現在。複数の団体の理事や役員等を務めつつ、実践的な経営手法の開発に勤しむ。また、複数回に渡り政府機関等に政策提言を実施。主な専門は事業創造、経営思想。著書に『正統のドラッカー イノベーションと保守主義』『正統のドラッカー 古来の自由とマネジメント』『創造力はこうやって鍛える』『ビビリ改善ハンドブック』『「日本的経営」の誤解』など。同志社大学大学院法学研究科博士前期課程修了。

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