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実妹vs娘…金正恩氏をめぐる明確な役割分担

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
金総書記(中央)と娘(左隣)。後列向かって左端が金与正氏(朝鮮中央通信HPより)

 北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)総書記の実妹、金与正(キム・ヨジョン)党副部長がミサイル発射に絡んで相次いで談話を発表し、存在感を示している。最近、金総書記の娘が話題になることが多く、妹の影が薄くなったと指摘されている。だが、ここ数日の北朝鮮の動きを見れば、対米・対南政策における金与正氏の談話と、ミサイル発射という実際の行動が明確に結びついており、金与正氏が金総書記の最側近として引き続き、中心的役割を担っている様子が浮かび上がる。

◇金総書記と密接に連携

 金与正氏の談話は19、20両日に出された。19日付談話は前日発射の大陸間弾道ミサイル(ICBM)「火星15」に言及し「(韓国側が)愚か者であるので悟らせてやるが、ICBMでソウルを狙うことはない」と強調しつつ、米国に「わが国の安全を脅かす行動を中止すべきだ」と述べ、挑発の度合いを高めることなく、措置を求めた。

 一方、20日付談話では、金与正氏は韓国に対する批判のトーンを高めた。

 朝鮮中央通信は19日の報道で、金総書記の命令によって「火星15」発射が奇襲発射できる点をアピールしようとしたが、韓国メディアは「発射命令から実際の発射まで9時間22分かかった」「北朝鮮は発射時刻を公表できなかった」などと伝えた。また、日本のテレビカメラがとらえたICBMのものとみられる火の玉の映像について、韓国の専門家が「ミサイルが大気圏に再突入の際に、二つに分かれて焼けた」「再突入に失敗した可能性が高い」と指摘した。

 金与正氏は20日付談話で、これらの点に言及して「われわれのミサイル能力の準備態勢に対する評価を低くしてやろうとやっきになっている」と批判している。

 金総書記の命令書について、金与正氏は「午前中に発射場の周辺を封鎖し、人員とその他の装備を退避させる」「午後の適当な瞬間に奇襲的に発射する」という内容だったと明かした。そのうえで「気候条件や、敵の偵察機7機がすべて着陸した午後3時30分から同7時45分までの時間を選んで軍事行動を取った」と主張した。

 また「再突入に失敗」についても「常識に欠ける連中が写真を見ても、弾頭と分離した2段飛翔体も見分けられず、高角発射時に弾頭と分離した2段飛翔体の距離が当然、近くなる理も知らないようである」などと批判した。

 金与正氏は以前にも韓国側からの情報発信に不満があると、その情報を上書きするような談話を出してきた。

 金与正氏が20日早朝に談話を発表すると、北朝鮮側はその直後に短距離弾道ミサイルを発射し、その内容を1時間後に朝鮮中央通信に報じさせるなど、異例の対応を取っている。

 ふたつの談話から言えるのは、金与正氏が引き続き、金総書記と密接に連携し、その指示を公表している点だ。

◇「娘の後継論議」は時期尚早

 北朝鮮の公式報道で最近、金総書記の娘が登場することが増えた。金総書記の妻、李雪主(リ・ソルジュ)氏のコピーのような服装や表情を印象づけ、登場のたびにそれが「進化」している。

 国防相や朝鮮人民軍総政治局長、総参謀長、次帥という最高実力者を屏風のようにおいて、その真ん中に座るという北朝鮮の歴史ではあり得ない構図をみせた。軍事パレードでは主席団の中央に座った。金総書記の顔をなでる姿も、驚きをもって受け止められている。

 金総書記と娘の密着ぶりは、明らかに演出だ。そこには、李雪主氏でも金与正氏でもなく金総書記本人でもなく、娘を浮かび上がらせる政治的マーケティングの意図がはっきりしている。

 こうした演出が金総書記の指示によるものであるのは間違いない。想像するに、軍事パレードに際しても、金総書記が宣伝扇動部の玄松月(ヒョン・ソンウォル)副部長に「娘のために、特別な形でパレードを盛り上げてほしい」と求め、それによって▽主席団の中央に座る▽愛馬を映像で見せる――などの多数の演出があったのではないか。

 一連の動きを見ながら思うのは、「娘を大切にする父親」像を前面に押し出すことによって、金総書記が自身の好戦的イメージからの転換を図ろうとしているのではないか、ということだ。また娘を北朝鮮の「未来世代を象徴する存在」として掲げることで、北朝鮮の4代目も「白頭血統」が引き継ぐという雰囲気づくりも進めるという効果も狙っているのではないか。

 もちろん、娘を「後継者」と呼ぶのは早すぎる。金総書記は現在39歳で、今後30年、40年と統治を続ける可能性がある。現時点で少しでも「後継者」らしき人物を出せば、権力の重心がそこに傾き、一種の“挑戦勢力”になり得る。強権的な手法で体制を固めてきた中国の習近平(Xi Jinping)国家主席やロシアのプーチン大統領が後継者を明示しないのと同様に、金総書記も「後継者のお披露目」には慎重な態度を続けるだろう。

 このように娘が「融和イメージの象徴」とされる一方で、金与正氏は「お世継ぎ」の中心となる兄の家族とは距離を置き、北朝鮮の政治を担う者として忠実に兄を補佐・支持する役割に徹しているという印象を受ける。

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

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