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日本人の「新型コロナ後遺症」に関する大規模調査

石田雅彦科学ジャーナリスト
(写真:アフロ)

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19、以下、新型コロナ)にかかった後、一部の患者さんで症状が長引く後遺症(罹患後症状、遅延症状)が問題になっている。重症者ほど後遺症が出て症状も重いようだが、感染者が増えればそれだけ後遺症の患者も増える。第五類移行後、夏休みに入って再び感染者が増えていることがうかがえるが、日本人の後遺症についての大規模調査の結果が出た(この記事は2023/07/30時点の情報に基づいています)。

新型コロナの後遺症とは

 新型コロナが第五類へ移行し、患者数は定点当たりでカウントされるようになったが、6月以降、全国的に患者発生状況が急増している。横浜市衛生研究所による報告数集計では、定点当たりの患者報告数(人)は、2023年6月26日から7月2日(第26週)で5.84人だったのが7月17日から7月23日(第29週)では8.80人となっている。

定点当たりの患者報告数の推移。横浜市:新型コロナウイルス感染症の感染状況より。
定点当たりの患者報告数の推移。横浜市:新型コロナウイルス感染症の感染状況より。

 依然として新型コロナには注意が必要な状況だが、怪我や病状が改善されて治療を終えてからも何らかの症状が続く、いわゆる後遺症に悩む人は多い。厚生労働省の「新型コロナウイルス感染症の罹患後症状(いわゆる後遺症)について」によれば、後遺症では疲労感・倦怠感、関節痛、筋肉痛、咳、喀痰、息切れ、胸痛、脱毛、記憶障害、集中力低下、頭痛、抑うつ、嗅覚障害、味覚障害、動悸、下痢、腹痛、睡眠障害、筋力低下といった症状が出るとされる。

 日本呼吸器学会などの研究グループが、2020年9月から2021年9月まで全国約1000人(50歳代から70歳代が約75%、男性72%)の新型コロナ中等症以上の患者さんを対象として行った調査研究によれば、筋力低下、呼吸困難、倦怠感、睡眠障害、思考力低下、筋肉痛の順で後遺症が多く、新型コロナの重症度に応じて筋力低下、呼吸困難の後遺症の患者さんが増えた。また、新型コロナにかかって3カ月後の時点で約半数に後遺症がみられ、12カ月後でも後遺症の患者さんが13%いたという。

 新型コロナの後遺症は、その後の生活に悪影響を及ぼし、仕事や家事にも支障が出るなど大きな社会問題になっているが、その実態はなかなかわからない。英国ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンの研究グループが新型コロナに過去一回だけ感染した英国の成人1581人(無作為抽出ではない)を対象にした調査研究(※1)によれば、対象者の20.48%が後遺症を自己申告し、後遺症の患者の症状では認知困難が最も多く(62.58%)、次に移動困難(55.49%)となった。

 また、睡眠の質が悪いと後遺症リスクが約3.5倍(オッズ比:3.53、95%CI:2.01-6.21)に、発症前の1ヶ月にタバコを吸っていた喫煙者では日常生活に支障が出るセルフケア項目の後遺症が8倍以上(オッズ比:8.39、95%CI:1.86-37.91、P<0.01)だった(オッズ比はかかりやすさ、オッズ比が1だとかかりやすさは変わらない)。

 喫煙者の後遺症の症状としては、行動困難のリスクは低く(ハザード比:1.07)、認知困難のリスクは高かった(ハザード比:2.46)。また、この研究でセルフケアについては「洗濯したり入浴したりして自分自身を身ぎれいに清潔に保つこと」としているが、セルフケアの概念は漠然としており、正しい評価指標による後遺症の影響を調べる必要がある。

日本人を対象にした大規模調査

 今回、福島県立医科大学などの研究グループが、インターネットの大規模データベースを利用し、新型コロナの後遺症によるQOL(クォリティ・オブ・ライフ)と身体的な症状について調べた調査研究を米国の医学雑誌に発表した(※2)。

 同研究グループが使用したのは、JASTISというインターネット・データベースに2022年2月1日から2月28日までに集められたアンケート調査で、日本全国から3万130人(年齢中央値47.8歳、男性48.8%、87.9%がワクチン接種を少なくとも1回受けていた)が参加した。このうち、酸素吸入などの治療を受けた新型コロナの患者さんが539人、酸素吸入などの治療を受けなかった患者さんが805人いた。

 アンケートでは、QOLについて5項目(移動の程度、身の回りの管理、ふだんの活動、痛み/不快感、不安/ふさぎ込み、各項目5段階のスコア)を質問する日本語版EQ-5D-5Lという調査指標、身体症状について8項目(胃腸の不調、背中または腰の痛み、腕と脚または関節の痛み、頭痛、胸の痛みまたは息切れ、めまい、疲れているまたは元気が出ない、睡眠に支障がある、各項目5段階のスコア)を質問する日本語版SSS(Somatic Symptom Scale)-8を用いた。

 その結果、新型コロナにかかったことのある参加者群とそうでない参加者群を比べたところ、かかったことのある群で、QOLスコアが低く、身体症状のスコアが高かった、つまり身体症状が出る人が多かったという。また、新型コロナにかかったことのある人の59%が少なくとも1項目のQOL低下を回答し、30%が少なくとも1項目の身体症状を回答し、約半数に後遺症の症状がみられた。

 新型コロナの症状が重かった人ほど、それぞれのスコアが悪かった。そして、女性、基礎疾患のある人で複数の後遺症が出ることがわかった。また、新型コロナのワクチン接種は、後遺症の軽減と関係していることが示唆されたという。

 新型コロナの患者さんが増えれば、倦怠感や疲労感、頭痛など、新型コロナの後遺症に苦しむ患者さんも増える。化学物質過敏症など原因不明の多くの病気や後遺症がそうだが、何らかの原因で生活の質が低下し、回復後も病欠や早退、退職などで社会生活を続けられない人に対し、気のせいやズル休みなどという非難めいた発言をしたり態度をとったりする人も少なくない(※3)。

 原因不明の病気や後遺症に対する偏見をなくし、社会全体で患者がもとの生活に復帰できるサポートをすると同時に、後遺症の相談窓口や治療できる受診先を増やすことも重要だろう。また、これまで通り、医療従事者、基礎疾患のある人、高齢者に対するワクチン接種、マスクの着用、手指衛生といった感染予防対策を継続していく必要がある。

コロナ後遺症の行政の相談窓口など(2023/07/30アクセス)

総務省「新型コロナウイルス感染症に関する47都道府県別の相談窓口のご案内

厚生労働省「新型コロナウイルスに関する相談・医療の情報や受診・相談センターの連絡先

※1:Elise Paul, Daisy Fancourt, "Health behaviours the month prior to COVID-19 infection and the development of self-reported long COVID and specific long COVID symptoms: a longitudinal analysis of 1581 UK adults" BMC Public Health, Vol.22, 1716, 9, September, 2022

※2:Kazuhiro Kamata, et al., "Post-COVID health-related quality of life and somatic symptoms: A national survey in Japan" The American Journal of the medical Science, Vol.366, No.2, August, 2023

※3-1:Ayman lqbal, et al., "The COVID-19 Sequelae: A Cross-Sectional Evaluation of Post-recovery Symptoms and the Need for Rehabilitation of COVID-19 Survivors" Cureus, Vol.13(2), e13080, 2021

※3-2:Michael J. Peluso, et al., "Persistence, Magnitude, and Patterns of Postacute Symptoms and Quality of Life Following Onset of SARS-CoV-2 Infection: Cohort Description and Approaches for Measurement" Open Forum Infectious Diseases, Vol.9, Issue2, December, 21, 2021

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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