コーチ歴2年で教え子2人をプロ野球選手に育てた長谷川潤(元読売ジャイアンツ)の指導法とは
■まずは“体”だ
指導者になって2年が経過したこの秋、教え子が大きな喜びをもたらしてくれた。自身もかつていたプロ野球の世界に、2人の教え子が進むことになったのだ。(詳細記事⇒松井、長谷川をプロへ)
金沢学院大学硬式野球部・長谷川潤コーチ(元読売ジャイアンツ)は、東北楽天ゴールデンイーグルスに松井友飛(まついともたか)投手をドラフト5位で、北海道日本ハムファイターズに長谷川威展(はせがわたけひろ)投手をドラフト6位でそれぞれ送り出すこととなり、この2年間で取り組んできたことに手応えを感じるとともに、3年目を迎えようとする今、さらなるブラッシュアップに努めている。
金沢学院大から独立リーグ(BCリーグ)の石川ミリオンスターズを経て、2015年育成ドラフト8位でジャイアンツに指名され、開幕直後には支配下登録されて1軍デビューを果たした。故障により2年で退団を余儀なくされ、打撃投手を務めたあと再びミリオンスターズで活躍し、NPBトライアウトを受けた。そこでやりきった充実感とともに引退を決意し、母校で投手コーチに就いた。
就任後、選手たちにまず伝えたのは、「体を作ること」だ。体ができていなければ、習得したい技術も体現できないし、思うようなパフォーマンスも出せない。適切な質と量のトレーニングとともに、自分の体を正しく知り、ケアをするたいせつさも説いた。
「僕自身は体のことも全然知識もない状態でプロに入って、ただ結果を残さなきゃ上に上がれないってガムシャラにやって、結局ケガしちゃった。体があってこそ技術の練習ができるし試合でも投げられる。体がダメな状態でいくら一生懸命に頑張ったところで、絶対にうまくはならない。まずは体だっていうことだけは言い続けている」。
「心・技・体」とはいうが、実質的に最初にくるのは「体」だという。体ができていなければ、何も始まらない。
自身の苦い経験を踏まえて、能力を伸ばすためのエッセンスを伝え、そのトレーニング法を伝授する。これまでやってきたものだけでなく、自ら研究し、このシーズンオフ期間の強化メニューを作成した。
「これまでの大まかなメニューじゃなく、今は3つをメインにメニューに入れて毎日取り組ませている。まず筋力を上げること。パワー。そして身体操作。動物本来の動きというか、自分の体を理解して動かすということ。あとは出力。力を外に出す能力」。
ただウェイトトレーニングで体を大きくし筋力を上げるのではなく、野球の動きに繋がるようにすることが重要なのだ。この3つを伸ばすことで相互に作用し合う。
可動域が広がって体が使えるようになり、そのための筋力がつく。そしてそれをボールに伝える。つまり、ピッチングの向上に繋がっていくということだ。もちろん選手たちには、どういう目的かを具体的に説明している。
■自分の体に敏感であれ
また、ケガ防止のためストレッチには時間をかけている。5種類以上のメニューを1セットとし、朝練のとき、授業後の練習前、すべての練習後にと1日3セットは必ず課す。
「やっぱりケガしないのが一番。僕自身、自分のパフォーマンスがうまく出せないのは、体のコンディションに原因があるっていうのに気づけたのが大きい。だから選手には口酸っぱく言っている。とにかく体があっての技術だから、自分の体のケアができない選手はパフォーマンスも落ちるよって」。
そして常に自身の体と向き合い、体から発せられる“警告”に敏感であるよう意識づけしている。痛くなる前の、「あれ?ちょっとおかしいかも」という段階で気づけば回復も早いからだ。
「痛みが出てからでは遅い。1週間のノースローで済むところが、我慢して続けて大ケガになったら3ヶ月、半年…手術することになれば1年以上かかることになる。『もどかしい1週間と、ほんとにしんどい1年を過ごすの、どっちがいいと思う?』って訊いて、早い段階で気づいてケアするようにしている」。
とはいうものの、まだまだ自分の体に対して敏感ではない選手もいる。そこで登板後には必ずどこが張っているのか、しつこく“事情聴取”をして対処する。そしてまた、自分で感じ取れるようにも促す。
「『肩の後ろと背中と、あと腰のこのへんもちょっときてますね』って言えるくらいまでなってきてるやつは、体も使えるようになってるし、体に意識持ってるんだなっていうのがわかる」。
選手の言葉や動きから体の状態を把握し、起用にも気を配る。リーグ戦になると日程が過密になることもあり、連投させざるを得なくなることもあるが、故障させないようトレーナーとも連携を取りながら、無茶な起用は避けるようにしている。
■ラプソードの導入
さらに今年6月にはラプソードを導入した。長谷川コーチ自身もジャイアンツ時代にはトラックマンの数値を参考にしていたという。いずれも投球や打球のさまざまな要素を数値化してくれる、レーダーを用いた弾道計測器だ。ミリオンスターズでもラプソードを活用してきた。
「球速や回転数、変化量とか、自分がどんな球を投げるのかが数値としてわかる。ジャイアンツでは自分のボールのシュート成分がけっこうな量だとわかったので、それを頭に入れて有効に使えるように投げていた」。
自身の持つボールの活かし方もわかる。
さて導入はしたが、それを指導に活かせなければ意味がない。独自に勉強し、今なお途上ではある。さまざまな本を読み、ネットで調べ、さらにはインスタグラムのラプソードジャパン社員公式アカウントにダイレクトメッセージを送って、質問をぶつけるなどもしている。
そしてそれらをかみ砕き、わかりやすく選手に伝える。マイル表示や英語表記もkm換算や和訳するなど、地道な作業も欠かせない。
「数値で出るんで、かなり伝わりやすい。感覚でしゃべる指導って選手たちにもピンとこなかったりするから。『俺のときはこうだった』とか『俺のイメージで言うと』みたいな話より、よっぽど入ってくる。スピードだけじゃなく回転数や手首の角度とかも全部出る。数値で出るから目標も立てやすい」。
プロ入りが決まった松井、長谷川両投手のデータももちろんある。実際、2人のそれは現役のプロ選手にも引けを取らない数値だという。つまり「プロに行けるレベル」という指標ができたことで、後輩たちが目標設定をしやすくなったのだ。
また、現在行っている強化メニューの取り組みも今後、数値向上に反映されるだろうとの期待も大きい。
■指導者になっての変化
2年経って自身も変化してきたという。
「最初はけっこう自分の知ってるものを全部教えてあげなきゃっていう気持ちで、気になったことは全部言っていた。それが褒めることでも叱ることでも。とにかく思ったことを言ってたけど、響く子と響かない子がいる。あんまり教えすぎてもよくないと気づいて、自分たちで考えさせるようになってきた。言いたいことがあっても、ぐっとこらえるようにしている」。
何か言うにしてもタイミングが大事であるし、「言葉一つで急にやる気になったりもあるし、考えて言うようにしている」と、選ぶ言葉も熟考する。
現役時代は「目立ちたい」「注目されたい」を自認していた長谷川コーチだが、指導者はいわば黒子の役割でもある。性に合うのだろうか。
「どうなんですかね(笑)。僕自身は教えることについては、やっててやりがいを感じてるけど、学生がどう思ってるのかな」。
たしかに相手のあることで、自己満足では済まない仕事だ。しかし選手たちを見ていると、信頼してついていっているのが窺える。
「やっぱり結果残してくれると嬉しい。どんな形でも、形になったなと思うと。『まだ試合で投げるようなレベルじゃないかな、大丈夫かな』と思いながら(試合に)出して、イニングを終えて帰ってきてくれたりとか、マウンドでの姿が喜びとして自分に還ってくる」。
指導者として愉悦を味わう一方、もどかしさもある。
「選手によっては、なかなか言葉や思いが伝わらないというのがある。そういうときは、ある程度距離を置いて言いたいことを我慢して、自分で考えさせて、頃合いを見て声をかける。よくなってきたところを褒めるようにして、『じゃあ、次はこうしよう』というようにもっていく。野球だけ教えてればいいわけじゃないから」。
選手個々に性格も違えば受け止め方も違う。個を把握し、個に合わせた接し方を模索している。そのために、常に選手たちの観察を怠らない。
■学生部の業務と寮監の任務
コーチ業だけではなく、「学生部」に籍を置いて大学の業務にも就いている。6時45分から1時間半の朝練のあと、8時半から検温器の準備をすることから始まり、拾得物のチェックや通学証明書の発行、アルバイトの斡旋など、さまざまな学生対応の仕事をしている。
午後1時過ぎに業務を終えると、練習に向かう。部員の数が約180人(うち投手は50人)という大所帯なので、練習も4班ほどに分けて2~3時間ずつ行う。コーチはそれらすべてを見るので、終了は夜9時を回る。
さらには寮監も務め、野球部と相撲部の1、2年生が暮らす寮に住み込んで寮生約100人を管理している。
「点呼をとったり、寮の美化…玄関をきれいにしているか、廊下に物を出してないか、とか。僕が来たころは『よくこんなとこに住んでるな』ってくらい汚かったけど、徹底的に掃除させた」。
最初のころは度々注意し、するとそのときだけきれいになるが続かなかった。そこで「自分らで率先して寮生活をよくするために、寮内で班長を決めて、役割を持たせるようにした」ところ、美化が維持されるようになったという。
グラウンドでの指導と同じく言いすぎず、距離を詰めすぎないように留意しているが、生活をともにすることで、学生それぞれの人となりも見えてくる。
■ダイヤの原石を発掘し、磨き上げる
練習中の長谷川コーチは、選手の動きをつぶさに観察しながら、ときおり声をかける。なるべく自分で考えてやらせるのだが、気づいたことや間違った動きなどがあったときはすぐに注意する。
「弱い学校だったり、レギュラーじゃなかったりで、高校時代に日の目を見なかったという子が多い。経験値がない、自信がない。投げる以外のフィールディングや牽制、サインプレーの練習もしてきていないので、そういうところから教えている。でもいい素材がたくさんいる」。
こう話す間も、選手の動きから目を離さない。
「松井だって地元の公立の穴水高出身で、公式戦で勝ち星なかったらしいし、長谷川も花咲徳栄高とはいえ、甲子園で優勝したときはベンチ外だった」。
彼らは大学に入って大きく開花し、ドラフト指名されたのだ。つまり、まだまだ原石が埋もれているということだ。可能性を見い出し、野手から投手に転向させた選手もいる。
そんな選手たちの体を作り、意識を高め、“野球”を教え込む。
「教えてもらいたがってるやつに教えるほうが、そりゃやりがいはある。でも、指導者ってそんなもんじゃない。違う方を向いてる子たちもこっちに向けてあげなきゃいけない」。
どこで、何がきっかけで変わるかわからない。さまざまな選手たちを相手に、少しでも上達するよう、工夫を凝らして指導に熱を注ぐ。
そして勝てる投手陣を構築するのはもちろんのこと、今後もまたドラフト指名されるような選手を育てていく。
(表記のない写真の撮影は筆者)