それぞれのプロ野球トライアウト―横山貴明(元楽天)、長谷川潤(元巨人)、寺田光輝(横浜DeNA)
■プロ野球12球団合同トライアウト
今年もプロ野球の「12球団合同トライアウト」が開催された。12球団が持ち回りで主催する形をとっており、今年はオリックス・バファローズがホスト球団となり、大阪市の大阪シティ信用金庫スタジアムで行われた。
11月12日。風もなく暖かい日差しが降り注ぐ、選手にとっては動きやすい気候だった。
受験者は43名。今秋、NPB球団から戦力外を告げられた選手だけでなく、独立リーグなどでプレーしていた選手もいる。今年から受験は2回までという制限が設けられたため、これがラストチャンスという選手も何人かいた。
カウント1―1から始めるシート打撃形式で、投手は打者3人と対戦、野手は4打席(四球などで5打席の場合も)立った。
この中から日本の独立リーグであるBCリーグでプレー経験のある3人の投手を、登板順にピックアップする。奇しくも3人とも右投げのサイドスローだ。
◆横山貴明
《東北楽天ゴールデンイーグルス―メキシコシティレッドデビルズ―福島レッドホープス》
*トライアウトの結果
【森越(右)…投直、山田(左)…中前打、山川(右)…空三振】
6番目に登板した横山貴明投手は、マウンドを降りると心地よさそうに汗をぬぐった。その表情には充実感があふれていた。
「今、一番調子がいいんですよね」。そう言って、笑顔を弾けさせた。
イーグルスから戦力外を告げられたのは昨年のシーズン終了後だ。トライアウトも受けたがNPB球団からの声はかからず、紆余曲折あってメキシコのプロリーグでプレーした。
しかし6月にリリースされ、帰国後は地元・福島にある福島レッドホープスで投手兼任コーチとして登録され、先発ローテーションで10試合(計11試合)に投げた。
イーグルスを退団後にサイドスローに変え、プレートも一塁側を踏んでボールを動かす。右キラーとしてのポジション確立を狙ってのことだ。
BCリーグでは対左打者の被打率が.261に対して、対右打者のそれは.185だ。“右殺し”としての面目躍如たる成績である。(詳細記事⇒右キラー)
この日は「ちょっとコントロールはよくなかった。スライダーも抜けている球が何球かあった」とはいうものの、「最後、右バッターから思ったとおりのスライダーで三振が取れた」と、手応えはよかったようだ。
「シーズン中もちょっと無理してでも、ここに合わせるようにトレーニングしてきた。ある程度、筋力をつけるようにやってきて、今ちょうどその内容をスピードに変えることができている。自分でも思っているとおりの調子の上がり具合かなと思う」。
先日、ブルペンで150キロを計測したという。アメリカの硬いマウンドで151キロを出したことはあったが、日本では初めてである。確実に進化している。
サイドに転向して1年だ。
「シーズン終わってからのほうが、なんかこう腕の位置がしっくりきてるっていうか。シーズン中の試合だと以前のクセでちょっと腕が上がっちゃったりとかあったけど、今はもう全然。ちゃんと落ち着いて腕の位置が出てきてるのかなと思う」。
“適正ポジション”を掴めたことが、安定感につながっている。
現在、横手投げ150キロ右腕にはメジャー数球団ほか、アジアの球団も強い興味を示している。月末には自らワールドトライアウトも受ける予定だ。
NPB球団から声がかかるに越したことはないが、横山投手本人は国内に限定しているわけではない。視野を広く、輝ける場を求めていく。
◆長谷川 潤
《石川ミリオンスターズ―読売ジャイアンツ―石川ミリオンスターズ》
*トライアウトの結果
【亀澤(左)…空三振、島井(右)…見三振、杉山(右)…投ゴロ】
降板後、ハァハァと息が切れたまま、なかなか収まらなかった。シーズン中には見られなかったことだ。相当テンションが上がっていたのだろう。
「やっぱ緊張していたのもあるし、大勢の前で投げるっていうのもあって」。
興奮冷めやらない中、長谷川潤投手は“1イニング”を振り返った。
こんなに大勢の観客の前で投げるのはいつぶりだろう。ジャイアンツの1軍で投げたとき以来か。一気に緊張感が高まった。
1人目の打者に対しては「NPBに戻るためにはこういう球を投げなきゃいけないとか考えて、いろいろシミュレーションしながら入った」ことで、マウンドで「ふわふわしてしまった」という。
フルカウントになったとき、武田勝監督(現 北海道日本ハムファイターズ投手コーチ)の顔が浮かび、開幕戦の五回の場面がフラッシュバックした。
そこでふと、我に帰った。(詳細記事⇒開幕戦)
今年やってきた野球、ミリスタの野球、勝さんの野球はこうじゃない、と。
これまでやってきたのは「その場を楽しむ野球」だ。
自分のスタイルを思い出すと、2人の打者を連続三振に斬った。1人目は今年練習してきたツーシームで空振りを奪い、2人目は「何で打ち取ったか覚えてない(笑)。スライダーかな」と無我夢中ながら、バットも振らせなかった。
そして最後の打者の最後の一球。
「もうほんとにこれで野球人生最後になるかもしれないと思ったら、悔いのないように楽しんで投げられた。気持ち的に、ミリスタでの野球が一番出た」。
渾身のストレートは、石川で1年間やってきたことがギュッと凝縮した一球になった。
投げ終えると、満足感があふれ出た。
「トライアウトを受けるって決めてからは、充実した毎日を送れていたし、早く来ないかなとこの日を待ちわびていた」と、前向きな気持ちで迎えた日だった。(詳細記事⇒トライアウトに挑戦)
「いい結果が出ればいいけど、もしオファーがなくても、自分の野球人生の最後にしっかり悔いのないような投球ができればいい」と、意気込んで臨んだ。
それだけに「出せるものは出せた。ほんと、やりきった。ほんとに出しきった。悔いもないですもん」と、充実感を漂わせる。
すっかり“出がらし状態”になった長谷川投手は、「あとは吉報を待つのみ」と言い残して、球場をあとにした。
◆寺田光輝
《石川ミリオンスターズ―横浜DeNAベイスターズ》
*トライアウトの結果
【塚田(右)…四球、友永(左)…左飛、森山(左)…右前打】
はじめから終わりまで、寺田光輝投手(横浜DeNAベイスターズ)らしかった。
出番は午後イチだった。キャッチボールは歳内宏明投手(阪神タイガース)と行い、「すごいボール!なんで歳内が(戦力外)…」と目を丸くしていた。こんな場なのに、ほかの選手を素直に讃えるところが、“らしい”。
「寺田光輝」の名前がコールされると、スタンドから多くの声援が飛んだ。関東のチームに所属している選手なのに、そのボリュームはひときわ大きかった。
横浜からも大勢のファンが駆けつけていたようだ。夜行バスで0泊という弾丸で来たファンもいた。「寺田光輝タオル」も数多くはためいていた。
午後の部が始まってまだ場が温まってない中での登板に、「緊張しすぎて…。まさか自分でも緊張すると思ってなかったんで」と、自分自身に少し面食らった。
カウントが1-1からスタートすることも、頭から飛んでいた。1人目をストレートの四球で歩かせたところで、やっと気づいた。
対右打者へのアピールをしたかったのに、そのあとに続いたのは左打者が2人だった。
1人は差し込んでファウルを打たせてカウントを作り、詰まったレフトフライに仕留めた。もう1人は初球をライト前に運ばれはしたが、完全にタイミングを崩したポテン打であった。
「結果はヒットになったけど、とらえられてはいなかった。タイミングを崩して泳がせるという狙いどおりに投げられた。それが出せたのはよかった」。
途中、一度だけ首を振った。
「まっすぐが続いたんで、スライダーを投げたいなと思って」。
自らの意思はしっかり表現し、「自分の中ではやりきれた。全力でやれたんで、すっきりはした」と思えたから、ベンチ裏でも清々しい表情を見せた。
今季途中からアンダースローに転向した。手応えを掴み、ファームでは結果が出始めていた。後半戦は失点しても最小限で、最後は連投で無失点を重ねた。(詳細記事⇒“プロ初勝利”)
腕の位置は当初の下手よりはやや上がり、アンダーとサイドの中間くらいになった。「自分から上げたつもりはなく、体がいい位置を判断して」と、自然に振れる位置に収まった。それでも変速には変わりなく、バッターの反応もよかった。
しかし腰に負担がきたのか、シーズン終盤から腰痛を発症していた。スクワットなど、したくてもできないトレーニングメニューもあった。
だが今年に懸けていた。なんとしても結果がほしかった。
先輩からは「腰を壊してでもやるのもありじゃない?」と助言され、痛みを抱えつつも訴えず、多少の無理をしてでも投げ続けることにした。そして結果も残した。
けれどシーズン終了後、待っていたのは厳しい現実だった。
トライアウトを受けると決めたが、腰痛の影響で満足な練習ができたとはいい難い。実際にこの日の結果は納得できるものではなかった。
だが、それでも今、自分ができることはやりきれた。そういう意味では「満足はしています」と語る。
終了してベンチに下がるとき、帽子を取って深々と頭を下げた。
「最後になるであろうマウンドなので、まぁ自分の中で『ありがとうございました』っていう気持ちで」。
万感の思いを込めた一礼だった。やはり“らしさ”が出ていた。
そして、ひときわ大きかった声援を振り返った。
「いやぁ、嬉しかった。ひさしぶりにそういう機会を与えてもらって、そういう経験をさせてもらって…」。
何度も噛み締め、白い歯をこぼした。駐車場でも、はるばる駆けつけてくれたファンに丁寧に対応していた。
いつでも、どこでも、どんな状況でも、寺田光輝は寺田光輝だ。だからファンは応援したくなるのだろう。
ウォーミングアップのときに「もうこれでベイスターズのユニフォームを着てやるのは最後やな…」と、ちょっぴり感傷的な気持ちに襲われたという。
この先、どこかのユニフォームを着ることになるのだろうか。今はただ、待つだけである。
■オファーを待つ日々
いずれかの球団からオファーがあれば、選手自身に直接電話がかかる。その期限は、これまでは1週間以内だったが、今年は短縮して5日以内ということになった。つまり5日経って電話が鳴らなければ…。
また、オファーはNPB球団からだけではない。独立リーグや社会人野球チームの可能性もある。
現在、トライアウト受験者は心落ち着かない日々を過ごしている。それぞれにとって、どうかいい道が開けますようにと祈るばかりである。
(表記のない写真の撮影はすべて筆者)