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松本人志の採点でも裁量しきれなかった「キングオブコント2021」の熾烈さ 「空気階段」優勝の背景

堀井憲一郎コラムニスト
(写真:Splash/アフロ)

2021年キングオブコントは空気階段が優勝した。

熾烈な戦いであった。

お笑いコンテストは、出場順に左右されるものだと痛感した大会でもあった。

あまりに優劣がつけがたく、出てくる順番が変わればおそらく結果が違っていたのだろうとおもわせる展開がみられた。

キングオブコントは1回目から全力でやりきる

最初に出てきたのが蛙亭で、出てきただけでおもしろみを感じさせるコンビは「女科学者と人造人間」のコントを展開した。とてもおもしろい。

蛙亭が最終ステージに進んでも不思議ではないとおもわせるできあがりであった。

キングオブコントでは10組が登場し、そのうち採点によって3組が「ファイナルステージ」へ進む。

上位3組だけ2回目のパフォーマンスを見せ、1回目と2回目の得点の「合計」で優勝が決まる。

1回目の採点がそのまま生かされるところが「M−1」の採点とは違う。

1回目に全力を出し切っていいんである。ネタを温存しなくていい。

だから1回目のステージに熱が入る。

採点がむずかしくなっていく。

5組が出ても優劣がつかない

結果から見れば、蛙亭は最初に出たというのが、損だったのかもしれない。

ただ、後から出れば必ず最終3組に残れたかというと、それもわからない。

つづいて出てきたのがジェラードン。放課後の教室に現れたうざいカップルのコント。

3組目が男性ブランコのボトルメールで知り合った大阪の女コント。

4組目はうるとらブギーズで、迷子センターに駆け込んできたお父さんのコント。

5組目はニッポンの社長。バッティングセンターの謎の男のコント。

実際のところ、ここまで見て、ほぼお腹いっぱいになっていった。

どれもレベルが高い。甲乙つけがたい。丁寧に書くなら甲乙丙丁戊つけがたい。

審査員席で困った気配がする

審査委員長でもある松本人志の採点でみれば、92→93→91→90→89である。

89から93点で何とか差異をつけている。

あとから出たほう、4番目うるとらブギーズ、5番ニッポンの社長は90点と89点で、前3組より下ではないか、という判断だったようだ。

差がつけられず、審査員席で困っている気配がしていた。

新審査員は気の毒なくらいに緊張

今年は審査員が一変した。

かまいたちの山内健司。ロバートの秋山竜次。バイきんぐの小峠英二。東京03の飯塚悟志。

彼らと松本人志の5人で採点する。

新審査員の4人は気の毒なくらい緊張しているのがわかった。

小峠は前半ほとんど差をつけていない。

(順に93→92→94→93→94)

山内は男性ブランコとニッポンの社長を評価した。

(93→90→96→90→95)

秋山が評価したのは、ジェラードンと男性ブランコ、そしてニッポンの社長だ。

(90→96→96→93→95)

飯塚は男性ブランコとうるとらブギーズに高い点をつけた。

(93→91→95→94→90)

評価がバラバラである。

気楽に採点するとすべて同点にしてしまう

今年は、私は生放送をライブで見ながら同時に審査員の得点をエクセルに打ち込んでいた。

採点は、一人ずつ開いていくので、打ち込みやすい。進行の失敗で一挙に開けられるということでもないかぎり、ふつうに打ち込める。

ついでに、じゃ、自分が審査員だったら何点をつけるかをやってみた。

遊びなのだけれど「同時進行で採点する難しさ」の体験でもある。

蛙亭のパフォーマンスを見ただけで、このおもしろかったパフォーマンスに点数をつけなければいけない。その体験をしてみた。

気楽に家でつけているだけなのに、それだけでもおもった以上にむずかしい。

最初、蛙亭に93点つけた。

次のジェラードンが終わったらやっぱり93点しかないとおもって93点とした。

でもこれだと採点にならないとわかる。

その「点数に差がつかないことを何も気にせず気楽につける点数」ではなく、ちゃんと審査員席にいるつもりになって「できるかぎり全組に違う点数をつける」もやってみた。

「松本人志方式」採点のかっこよさ

「できるかぎり全組に違う点数をつける」というのは松本人志方式である。

松本人志は、M−1でもキングオブコントでも、いつもそうしている。

完全に全組が違う点にならないときもあるが、でも、できる限り同じ点はつけないようにしている。連続で同点をつけることは、まず、ない。

基本姿勢として「審査員であるかぎりは、全10組の順位を決めるべきだ」という態度を保持している。

松ちゃんがかっこいいのはこういう姿勢にある。

それを真似てみた。

やってみると、これがめちゃくちゃむずかしい。

3組めに高得点をつけるのに必要なのは勇気

私は最初の2組とも93としていたが、あらためて蛙亭を94として、ジェラードンを92にした(実際の審査員席ではできないことである)。

次の男性ブランコを93。

男性ブランコもめちゃおもしろかったが、まだ3組めだと95点をつける勇気が持てない。

本当につけたい点は、93―93−93なので、そうなってしまう。

おそろしくむずかしい。

つづいてうるとらブギーズの「迷子センター」。まためちゃおもしろい。

さて95か91か。

このコントでは聞き取れない言葉が何カ所かあったので(お父さんが焦りすぎて何を言ってるか一部判然としない)そのポイントで91点にしてしまった。

テレビ前の勝手な審査ながら、理由づけが必要になってくる。疲れる。

「松本人志方式」採点を貫く難しさ

5番手のニッポンの社長。

バッティングセンターでの指導者がおもしろく、でも95点をつける勇気もなく、90点でもないので、迷って迷ってメモに「むり」と書いてしまった。

「松本人志方式」(全部に違う点)はここで無理、とギブアップしてしまったのだ。

自分でつけるなら94か93だろう。

松本人志方式を続ける勇気とむずかしさを、つくづく感じてしまった。

実際の採点は、山内95、秋山95、小峠94、飯塚90、松本89だった。

松ちゃんが89としたのはなんかわかる。

もう、ほかにいいところの点数がないのだ。

審査員の表情は、このあたりからこわばりだした。

「もうあんまり受けんなとおもてしもてんねん」

6番、そいつどいつ。

フェイスパック中にホラーな動きをする妻のコント。

これは最後の仕掛けでちょっと鳥肌が立ってしまった。

審査員の採点。

山内92、秋山89、小峠92、飯塚89、松本95。

低い人が多かった。

松本人志は92から始まって、93、91、90、89、と傾斜方式でつけていたら、ここは95をつけるかしかなかったのだろう。

このあたりで松ちゃんの苦しみがヴィヴィッドに伝わってきた。

「もうあんまり受けんなとおもてしもてんねん」という発言が出たのはこのときである。

ニューヨークの二人を見ると安心する

ついでニューヨーク。

申し訳ないが、ちょっとホッとしてしまった。

審査員的な心情もそういう部分があったのではないか。

いままでの6組はテレビで見るのはネタ番組で、今日の順位が人生に大きく影響してきそうな人たちばかりだ。

でもニューヨークは、もうそこそこ売れている芸人である。タレントとしていろんなバラエティで見かける。

もし、ここで点数が低くても、彼らの芸能人生にはさほど影響はないだろう。

それだけでホッとするのだ。

もちろん、それが審査に影響しないだろう。

きちんと客観的に審査している。

めちゃすごいパフォーマンスだったら高い点をつける用意はしている。

でも、それほどでもなかったときには低い点を入れるのに躊躇がなくなる。

そういう差である。

ネタがすごくベタ

ニューヨークは、披露宴打合せのコント。「式典での笑い」というのはたぶん五百年以上は続くお笑いの基本ネタである。ベタな選択で、すごくおもしろかったが鋭さは感じられない。点数はやや抑えられる。しかたがないだろう。

山内91、秋山90、小峠90、飯塚92、松本90。

敗退が決まったあとのニューヨーク屋敷の松本を責め立てる言葉が、この大会でもっとも印象に残っている。彼らにとってはそれなりに「もうかった」大会ではないだろうか。

8番と9番にハイレベル組が出てくる怖さ

8番めにザ・マミィ。

アブナイおじさんに道を訊く青年のコント。

つづいて空気階段がSMクラブでの火事のコントをやった。

この二つは頭抜けていた。

こういうのが怖い。

8番めと9番めにこれまでの「高レベル」を凌駕する「スーパー高レベル」コントが登場してくる。これがコンテストの怖さである。

ザ・マミィ 山内96、秋山96、小峠95、飯塚93、松本96

空気階段  山内98、秋山97、小峠97、飯塚97、松本97

空気階段に1番の点数、ザ・マミィに2番の点数をつけた審査員が多い。

(飯塚だけ2番は男性ブランコ、3番うるとらブギーズで、ザ・マミィは蛙亭と並んで4番という評価)

マヂカルラブリーにも安心感

最後はマヂカルラブリー。

史上初の三冠を狙うポジションにいる「怖い存在」である。

何かを起こすかもしれない。

ただ「もう売れてるタレント」という安心感もある。

コントは「こっくりさん」だった。

後半の、こっくりさんだけが動くパフォーマンスはめちゃおもしろかったが、やはり既視感があった。安心感を破壊するほどの衝撃がなかった。

山内92、秋山91、小峠89、飯塚89、松本94

松ちゃんは、この日まだ94点を使ってなかったのでそれを使ったという感じであった。

リアルタイム採点の苦しさ

出順とは関係なく、今年のパフォーマンスの1位は空気階段だっただろう。

何番めに出ても優勝しただろうとおもわれる。

優勝者はあとから振り返るとすごくよくわかるのだ。

ただ、ファイナル進出の残り2組(ザ・マミィと男性ブランコ)が決まったのはいろんな要素によるものだ。

ザ・マミィはちょっと頭抜けた出来だったが、でも出場順しだいでは評価が違っていた可能性がある。

実際に各審査員が3位までにいれたのはほかに、ニッポンの社長、ジェラードン、うるとらブギーズ、そいつどいつ。この4組も入っていた。

誰も3位以内に入れてなかったのは、トップバッターの蛙亭と、あとは、「タレントとしてテレビでよく見かける」ニューヨークとマヂカルラブリーである。

出場全組の実力差がほとんどなかった。

だから、最初に出てきた蛙亭は出番順での損、見慣れているニューヨークとマヂカルラブリーが終わりのほうに出てきたのも損だったとおもわれる。しかたがない。

なぜ「松本人志方式」とリンクしなかったのか

松本人志の採点を、1回目の10組のパフォーマンスの出場順に並べるとこうである。

92→93→91→90→89→95→90→96→97→94

90点が2回出ていたが、残りは違う点をつけていた。

見事にスタイルを守っていて、かっこいい。

ただ最終順位と、彼の採点はことしはあまりリンクしていなかった。

もっとも最終成績に近い採点をしていたのは小峠英二である。

ただ、彼は鋭かったというよりも、かなり常識的な、つまり平均的な判断をする人だったから、そうなったのではないか。

つまりそれほど今年は「2位以下の順位をつける」ことがむずかしい大会だったのだ。

5人の採点の方向性が定まらず、2位以下はみんなの平均で決まった。

あまりないことだ。

松本方式採点が通じないほどのすごい大会だった、ということだろう。

コラムニスト

1958年生まれ。京都市出身。1984年早稲田大学卒業後より文筆業に入る。落語、ディズニーランド、テレビ番組などのポップカルチャーから社会現象の分析を行う。著書に、1970年代の世相と現代のつながりを解く『1971年の悪霊』(2019年)、日本のクリスマスの詳細な歴史『愛と狂瀾のメリークリスマス』(2017年)、落語や江戸風俗について『落語の国からのぞいてみれば』(2009年)、『落語論』(2009年)、いろんな疑問を徹底的に調べた『ホリイのずんずん調査 誰も調べなかった100の謎』(2013年)、ディズニーランドカルチャーに関して『恋するディズニー、別れるディズニー』(2017年)など。

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