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ドラマ『民王R』が無敵におもしろいわけ

堀井憲一郎コラムニスト
(写真:つのだよしお/アフロ)

『民王R』は笑える無敵のドラマ

『民王R』はおもしろい。

期待のドラマどおりの出来上がりであった。

何といっても笑える。

少し心動かされる。

エンタメとしてそれだけあれば十分である。

政治エンターテインメントドラマだとされているが、べつだん、政治理念が大きなテーマとなっていない。

そこがいい。

前作『民王』は2015年ドラマ

前作は9年前。2015年のドラマだった。

主演が総理大臣の遠藤憲一と、その息子の菅田将暉。

わかい二十代前半の菅田将暉だった。

この二人が入れ替わる。

『民王』のおもしろさはこの「入れ替わり」に尽きる。

入れ替わりというのは、映画やドラマではときどき扱われる題材であるが、『民王』のおもしろさは徹底してコメディとして描いているところだろう。

「入れ替わりもの」なのに立場を隠さない

入れ替わりものの展開の基本は、それぞれ入れ替わった立場で、バレないように苦労するところを丁寧に描いて、そこで見てる人を巻き込んでいくところにあるようにおもうが、『民王R』にはそれがない。

入れ替わりを隠そうという行動が、けっこう雑である。

そこをとりつくろってもしかたない、という開き直りにも見える。

だから楽しい。

コメディに徹した『民王R』

今回の『民王R』は徹底して軽い。

コメディに徹している。

「書生の田中丸」という秘書役で出ているのが大橋和也(なにわ男子)で、軽くて、明るくて、物知らずで、バランスのいい若者という役どころである。

彼がバランスを取る役どころのようで、けっこう大きい存在に見える。

ドラマの基本トーンを引っ張っていきそうだ。大橋和也はたぶんそういうのがとてもうまい。

効いてくる小ネタ

『民王R』は次々と小ネタを入れてくる。

どうでもいいネタなのだが、コメディトーンと合って、けっこうおもしろい。

第1話で気に入った小ネタを二つあげてみると

冒頭のナレーション

「日本にみぞうゆう、いや、未曾有のテロをもたらすことを」

(この総理の言い間違いは永遠に使われるのだろうなとおもってしまう)

「誰もキャットと呼んでないので猫田で大丈夫です」

(地下四階にいる公安刑事の自己紹介を否定する上司のセリフ)

ここまで徹底したコメディタッチのドラマは、最近、あまり見ていない気がする。

ただ楽しい。

達者なコメディ役者の勢揃い

コメディを形成するのは達者な役者たちである。

満島真之介、山内圭哉、溝端淳平、金田明夫、みんなまじめに演じていて、めちゃおもしろい。

1話から、山内圭哉と溝端淳平が飛ばしていた。

溝端淳平のキャラはどっかから苦情がこないのだろうかと心配になる。

遠藤憲一のあのちゃん喋りがずるすぎる

第1話では、遠藤憲一の総理(になる予定の男)と、あのちゃんが演じる秘書が入れ替わった。

遠藤憲一を真似て、あのちゃんが眉間に皺を寄せてガニマタで歩く。

あのちゃんを真似た遠藤憲一があのちゃん喋りをする。

バラエティで見たらたぶん笑えないこの入れ替えが、政界を舞台にしたドラマだとめちゃおもしろい。

そもそも遠藤憲一が、どれだけ真似ようと、あのちゃんには見えない。

あのちゃんの口調は似せようとしているようだが、一秒もあのちゃんに見えない。

それがずるい。

ただ笑ってしまう。

あのちゃんのおじさん喋りが無敵におもしろい

あのちゃんも、登場したときの「優秀な政治家秘書」はこなれてない感じもあったが、中身が遠藤憲一に代わってからは、ずっとおもしろかった。

無敵におもしろい。

ここがこのドラマの魅力のすべてだろう。

ドラマのセリフとは何だろうと考えさせられる瞬間

あのちゃんの遠藤憲一喋りと、遠藤憲一のあのちゃん喋りを見ていると、芝居をするということ、ドラマのセリフを言うということ、それをリアルに感じること、セリフが人に届くということ、それはいったいどういうことなのかと一瞬考えてしまう。考えてもしかたないことだけど。

何を見せられているのだろうと何度もおもっているうちに、ドラマは終わってしまった。退屈させないドラマである。

遠藤憲一のあのちゃんのマネは必死だから姑息に見える

政治秘書(あのちゃん)が法事で親元に帰ったとき、彼女の姉が妹の口調を真似ると、つまりあのちゃん喋りをマネすると、そっくりで驚く。

そこで遠藤憲一はそのように似せているのだなとも気づくが、でも似ていない。

その姿が姑息にさえ見えてしまう。

たぶん遠藤憲一は全力投球なのだろうけど、でも、遠藤憲一のあのちゃんの口マネは小手先でごまかそうとしているようにも見えてくるのだ。

よくわからない。

姑息っぽい。ずるい。

でもとにかくおもしろい。

何度も笑ってしまった。

ここまで私がはまるということは、たぶん、一秒たりとも笑わない人もいるのだろうなと想像するが、でもどうしようもない。おもしろい。だからずるい。

コメディではおもしろいものが王である。

徹底的に話し合って話し合って話し合うのが民主主義

クライマックスは、政治秘書あのちゃんが、遠藤憲一の姿で謝罪会見を開き、そこで叫ぶ。

「きれいごとを、どうすれば少しでも現実にできるんだろうね、って、徹底的に話し合って話し合って話し合うのが民主主義だろうっ!」

少し心に迫ってくる。

ちょうどいまは、既成政党の主張を聞く機会があるのだが、そこでは聞かないセリフである。

だから『民王R』は政治ドラマではないようだ。

次回は、危ない犯罪に関わっていそうな男と総理が入れ替わるようである。

次が楽しみである。

コラムニスト

1958年生まれ。京都市出身。1984年早稲田大学卒業後より文筆業に入る。落語、ディズニーランド、テレビ番組などのポップカルチャーから社会現象の分析を行う。著書に、1970年代の世相と現代のつながりを解く『1971年の悪霊』(2019年)、日本のクリスマスの詳細な歴史『愛と狂瀾のメリークリスマス』(2017年)、落語や江戸風俗について『落語の国からのぞいてみれば』(2009年)、『落語論』(2009年)、いろんな疑問を徹底的に調べた『ホリイのずんずん調査 誰も調べなかった100の謎』(2013年)、ディズニーランドカルチャーに関して『恋するディズニー、別れるディズニー』(2017年)など。

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