子どもの事故はどう減らす? 小児科医・坂本昌彦さんがこだわり続ける二つの「やさしい」情報発信とは
インターネットの普及により手軽に医療情報にアクセスできる現代。玉石混交の情報が流れる子育てや子どもの健康・安全分野において、子どもの事故予防について発信し続けた小児科専門医の坂本昌彦さんにYahoo!ニュース 個人「オーサーアワード2022」が贈られました。
坂本さんは佐久総合病院佐久医療センターで小児科医長兼国際保健医療科医員として勤務しながら、さまざまな媒体で発信活動を精力的に行っています。子どもの病気や事故に関する保護者のホームケア知識向上を目的としたアプリ「教えて!ドクター」ではプロジェクトの責任者を務め、Yahoo!ニュース 個人でも発信を続ける多忙な日々。その合間を縫って、現在は大学院に通い公衆衛生分野の中でも行動科学についての研究を行っているといいます。
その驚くべきバイタリティーの源流をたどると、多くの人たちとの出会いから自ら道を切り開いていったユニークな半生が見えてきました。
人との出会い、経験がさまざまな活動へとつながった
――医師を志したきっかけを教えてください。
高校2年生の時に川原啓美先生の講演を聞いたことです。ネパールで外科の経験がある方で、発展途上国での医療支援について、「医療支援は魚を取って与えることと思っている人も多いかもしれないけど、そうではなく魚の釣り方を教えることなんだ」とお話しされていました。当時の自分は貧しい国の方々へは不足している物資を提供することが善意だと思っていたので、目から鱗でしたね。もともとはジャーナリストになりたかったのですが、「川原先生のような人になりたい」と、医師を志すようになりました。
――医大生時代からさまざまな国や場所で経験を積まれてきたそうですね。
はい。大学6年生の時に、交換留学制度でポーランドに行きました。ドイツやアメリカなどの選択肢もあったのですが、将来学会などであまり行く機会がなさそうな国がいいなと思い選びました。留学中は、日中は医学部の授業を受けて、夕方からは隣の音大のオーケストラ部に潜り込みバイオリンの練習をする日々。真面目に練習していたら指揮者の先生に評価していただき、気づいたらヨーロッパの演奏旅行にも参加していました。
研修医時代、働いていた病院では自分で自由に内容を決められる「創造的研修」という期間が1週間ありベトナムへ。その際JICAの職員に「途上国で働きたい」という思いを伝えたところ、「日本で経験を積んで、実力をつけてから現地に来たほうがいい」とアドバイスをもらったので、まずは日本で実務経験を積むことにしたんです。
医者になって7年目ぐらいの時、やはり開発途上国で働きたいと思い、まずは熱帯医学を学ぶためにバンコクの大学への留学を決意しました。しかし2011年の3月に東日本大震災が起こり、「今は海外に行くタイミングではないな」と東北で支援をすることに。3週間ほど岩手で緊急医療支援に関わったあと福島に移り、1年間の勤務を経て、バンコクへの留学と、その後ネパールの病院で勤務しました。
▼参考
「津波ごっこ」で震災を受け止める子ども アンパンマンに救われたあのとき #あれから私は(Yahoo!ニュース 個人)
――発信活動を始めたきっかけは何だったのでしょうか?
海外に出る前、震災後に福島の県立南会津病院で勤務していた時の出来事が最初のきっかけです。12月に深夜ひとりで当直をしていた際、お母さんが生後10カ月の赤ちゃんを連れてきたことがありました。赤ちゃんは38度ほど熱があったのですが、元気でミルクも飲めていて救急受診は必要なく、自宅で寝ていれば回復する状態でした。しかしカルテを見てみると、その赤ちゃんとお母さんは病院から車で1時間半ほどかかる地域に住んでいたのです。会津は豪雪地帯で、お越しになった時も大雪が降っていました。車での移動のほうがリスクになる状況だったんですよね。そのアンバランスさに衝撃を受けました。受診の目安を事前に、的確に伝えることこそが大事だと思い、まずは地域で出前講座をやろうと考えました。
出前講座というと公民館などでの開催が一般的かもしれません。でも、そこに来られるのは医療に対して高い意識を持っている人が多いです。しかし私としてはむしろそういう場に行く余裕のない人にこそ聞いてほしかったので、地域に13カ所あった保育園すべてに直接出向き、保育参観の日に合わせて出前講座を行いました。聞きたい人だけではなく、全員に聞いてもらう場を作ってもらったんですね。実際やってみると、保護者の方々に「今までこういう機会はなかった」と喜んでいただきました。
これはニーズがあると手応えを感じたので、その後海外から戻り佐久医療センターで勤務を始めたあともこのような活動を行いたいと思っていました。そうしたところ、ちょうど市や医師会の先生方のご尽力で地方創生事業の補助金が下りて予算がついたんです。運良くイラストレーターやプログラマーの人が地域のつながりで見つかり、「教えて!ドクター」の出前講座や冊子、アプリを作ることができました。
――2022年、ロシアがウクライナに侵攻した際は、被災地の子どものケアについてウクライナ語に翻訳して発信していましたね。
2016年の熊本地震の際に、災害時の子どもの医療について調べていたら、分野を横断したまとまった資料がないことに気づきました。それをきっかけに、災害時の子どもの支援について「ここを見ればわかる」資料を作りたいと思い、情報を集約してwebで見られるコンテンツを制作していたんです。
2022年の2月にロシアのウクライナ侵攻があり、留学していたポーランドの都市にウクライナ人のお母さんや子どもが避難してきているのをニュースで見て、「自分にも何かできないか」と、その防災コンテンツを翻訳することを思いつきました。
最初はウクライナ人のつてがなかったので、ポーランド語に翻訳して支援者向けの資料にしようと思っていたのですが、留学時代のポーランド人の友人がウクライナ語に翻訳してくれる人を紹介してくれて、ウクライナ語・ポーランド語・英語に翻訳することができました。実際に現地でどれほど活用されたかはわからないのですが、発信を行うことで「日本からも応援しています」というスタンスを表明することはできたと思っています。
▼参考
危機的な状況下で子どもたちを守るために~小児科医の視点から国際協力を考える~(Yahoo!ニュース 個人)
不安を抱えながらの子育てに寄り添う「やさしい」発信を心がけて
――インターネットでの発信の際に気をつけていることはありますか?
一つ目は「気をつけてください」とだけ伝えるのではなく、具体的な行動案や予防策を書くように気をつけています。なぜなら具体的にイメージが浮かぶ説明が行動へのハードルを下げ、実際の行動変容につながるんですよね。例えば、「ベランダからの転落に気をつけましょう」とだけ言うのではなく、「ベランダの室外機を手すりから60センチ必ず離しましょう」「室外機の上にはベニヤ板を斜めに立てかけて子どもが登らないようにしましょう」というように。
二つ目は、医療従事者として「やさしい」発信を心がけています。これには二つの意味があって、まず一つは「優しい」ですね。インターネットでの発信はやはりどうしても強い口調や攻撃的な意見が目を引く傾向にあると思うのですが、一方でしんどくなって離れていってしまう人もいると思います。特に子どもの医療に関しては、子育てで疲れていて、でも何か役に立つ情報はないかと思っている人たちが必要としてくれていると思うので、強く否定するような発信をしないようにしています。もうひとつは「易しい」です。やはりわかりやすい発信のほうが、行動変容にもつながりやすいと考えています。
三つ目は、繰り返すこと。情報発信をしていると、医療者の視点からは「別の先生が発信していたから自分はしなくてもいいや」と思ってしまいがちなのですが、受け取り手にとってはむしろ何度も同じ情報を目にすることでより信頼できる情報になるのですね。
――Yahoo!ニュースで発信する意義はどこにあるとお考えですか?
発信できる範囲が広いことです。SNSの発信の対象はフォロワーさんだし、「教えて!ドクター」の対象は興味を持って検索してくれた人なので、その枠を超えて発信できることは大きなメリットだと感じています。
そして即時性です。人は当事者意識を持った際にもっとも行動変容を起こしやすいと言われています。何か事故が起きている時はみんなアンテナが立っている状態なので、その時に情報を出すことができるのはYahoo!ニュースの大きな武器だと思います。情報提供のタイミングがうまく合うと、それがわっと広がってムーブメントになるんですよね。
保護者とかかりつけ医をつなげたい
――『「いいね」の多さが正しさとは限らない 感情で子どもの医療情報を判断する怖さとは? #日本のモヤモヤ』という記事も書かれていましたが、正しい情報を見分けるコツを改めて教えてください。
まずは断言するような情報を信用しないことです。医療なので「絶対」とか「100パーセント」ということはまずありません。医療にそぐわないワードなので、まずそれを避けることが大事だと思います。
そして公的機関の情報を信頼すること。公的機関には複数人の医師がいるので、個人の発信よりも信頼できると考えます。
あとは情報の出典を確認すること。個人のブログやSNSではなく、査読付きの論文でちゃんと裏付けられた情報なのか。もっとも論文なら信頼できるかというと必ずしもそうでもないので、そこは専門家の出番ですね。「こういう情報であれば安心してもらって大丈夫ですよ」と伝えるのはとても大事で、情報発信をする意義というのはそこにあるのかなと思います。
▼参考
『「いいね」の多さが正しさとは限らない 感情で子どもの医療情報を判断する怖さとは? #日本のモヤモヤ』(Yahoo!ニュース 個人)
――最後に、子育て中の方にメッセージをお願いします。
子育てをしている方は皆さん自分なりの成功体験を持っているので、「うちはこうしたから大丈夫」など、さまざまな情報が飛び交っているんですよね。どの情報が正しいのかも判断するのが難しいし、とにかく子育ては不安の連続だと思います。
もし何かわからないことがあったら、かかりつけのお医者さんに相談してみてください。何か聞いて怒られるということはないと思うので、遠慮なく頼ってください。僕たちのような発信を続けている医師としては、皆さんがかかりつけの医師にどんなことでも相談できるように、保護者の不安を取り除くような役割をこれからも果たしていけたらと思っています。
坂本昌彦(さかもとまさひこ)佐久医療センター小児科医長/日本小児科学会指導医
2004年名古屋大学医学部卒業。現在佐久医療センター小児科医長。専門は小児救急と渡航医学。日本小児救急医学会代議員および広報委員。日本国際保健医療学会理事。現在日常診療の傍ら保護者の啓発と救急外来負担軽減を目的とした「教えて!ドクター」プロジェクト責任者を務める。同プロジェクトの無料アプリは約35万件ダウンロードされ、18年度キッズデザイン賞、グッドデザイン賞を受賞。
▼これまで坂本昌彦さんが提供した「Yahoo!ニュース 個人」記事一覧
https://news.yahoo.co.jp/byline/sakamotomasahiko
【この記事は、Yahoo!ニュース 個人「オーサーアワード2022」受賞記念として、編集部がオーサーにインタビューし制作したものです】