危機的な状況下で子どもたちを守るために~小児科医の視点から国際協力を考える~
ロシアによる侵略で、ウクライナでは人々がこれまでにないほど苦しんでいます。そして多くの子どもたちが隣国のポーランドをはじめとする周辺国に避難しています。
私は医学生時代の一時期、ポーランドに留学していたことがありました。今回のニュースを聞いて、何かできないかと考えていた時に、私達の保護者向け医療支援プロジェクト「教えて!ドクター」で、長年大規模災害時の支援資料をまとめてきたことを思い出しました。
多職種チームでウクライナ語と日本語のウェブサイト立ち上げ
日本では近年、毎年のように大きな災害が起こっています。それだけに大規模災害についてのノウハウはある程度積み重なっています。もちろん大規模災害に対して子どもが直面する困難は、戦乱の時と同じではありません。国も違います。ただ、避難生活における国際的な約束事など、転用できる点も少なくないと考え、資料の整理を始めました。
同時にポーランド時代の友人を辿り、ポーランド人の友人を通じてウクライナ支援をしているポーランド人の翻訳者の方に、そしてウクライナ人のコミュニティに繋がりました。資料を提示して相談したところ、その日のうちに2名のウクライナ人翻訳者の方が手を挙げてくださいました。と同時に、より医学的な側面から万全を期すために災害医療の専門家の医師や新生児科医、防災アドバイザーの先生にも入ってもらい、イラストデザイナーやウェブデザイナーなどのクリエイターも加わって、思い立った翌日にはチームが動き出しました。
そのようにして多くのプロフェッショナルの力を結集して出来上がったのがこのウェブサイトです。メンバー全員が全力で取り組んだ結果、思い立ってから完成までわずか4日間という短期間で完成しました。日本人だけでなくポーランド人、ウクライナ人の多国籍チームです。言葉や文化の問題もあり、苦労した点もありましたが、それでもこの短期間で完成させられたのはチームメンバーの皆さんの熱意によるところが大きく、メンバーの皆さんには心から感謝とお礼を申し上げたいと思います。
ウェブサイト:
このサイトはウクライナ語、ポーランド語、日本語のページがあります。現在英語のページも制作中です。今回の記事では、この内容について少し解説を加えたいと思います。
避難所では子どもは性犯罪や誘拐のリスクも
「危機的状況下での子どもの安全管理」では、避難所での子どもの安全管理についてまとめています。子どもは危険をうまく認識できないため性犯罪や誘拐に巻き込まれるリスクが常にあるため、特別な対策が必要なのです(1)。そのための対策として「子ども部屋」の存在が強調されています。なお、子ども部屋の存在は子どもたちが日常を取り戻すためにも重要とされています。つまり子どものメンタルヘルスの回復にとっても、子ども部屋は非常に重要なのです(2)。
また運動不足や食生活の乱れから便秘や虫歯のリスクも高まることも分かっています(1)。命を守るという大きな問題を前にすると見過ごされがちなことかもしれません。しかし見過ごされがちな部分に声を上げることこそ、「子どもの代弁者であるべき」小児科医の役割ではないかとも考えています。
少量のお湯で体をきれいにする方法とは
また、日本新生児成育医学会や新生児医療連絡会が以前制作した資料(3)なども参考に「少量のお湯で体をきれいにする方法」などをまとめました。
特に赤ちゃんの皮膚は弱く、清潔環境が整っていないとオムツかぶれのリスクも高くなります。こういったノウハウの共有は重要です。
なお、今回、新生児医療連絡会も資料をウクライナ語版に翻訳し、公開しています。こちらも素晴らしい資料です。
被災地の避難所等で生活をする赤ちゃんのためのQ & A(ウクライナ語版)
他にも感染対策の基本、ORS(経口補水液)の作り方、子どものメンタルヘルスについてもまとめました。
アレルギー対策は一段階上の対策を
アレルギーのあるお子さんの避難所での対応などもまとめています(4)。ホコリの舞う環境では喘息の症状は悪くなりますし、体を清潔にできなければアトピー性皮膚炎の状態も悪くなりやすいです。「1段階上の対策」が有効なことを強調しました。
危機的状況下で授乳を続けるために
そして授乳に関しては、このような危機的状況下では、母乳をあげ続けることが可能になるよう、寄り添う支援が強調されます。清潔な水や燃料が手に入りにくい状況ではミルクの調乳がリスクとなり得ます。母乳栄養を継続するためのコツなどを紹介しています。
Do No Harmの原則を忘れずに
実は当初から「資料作成の際には、現実に役に立たない可能性を心に留め置く謙虚さが必要だ」「連帯の気持ちを示すために使うべき」というご助言をいただきました。これはとても重要なアドバイスです。国際協力の現場では「Do No Harm」という原則があるからです。
これは、支援を考える際には、支援がかえって現場の人たちに害を及ぼす可能性を常に考えなさい、という意味です。自分たちの活動が役に立つはずと考えて行動すると、時に独りよがりの押し付けの行動になる可能性があります。
また、実際の現場ごとにニーズは異なります。私たちは謙虚にこの活動を振り返り、引き続き情報の更新に努める必要があります。
ウクライナ日本大使館からもメッセージが
実際にこの活動を始めたところ、さざ波のように共感してくださる方が増えていきました。国内だけでなく欧州に住む日本人の皆さんや、支援を申し出てくれた複数のポーランド人やウクライナ人と出会うことができました。ウクライナにある日本大使館やブルガリア日本大使館などもこの資料を活用していくと広報してくださいました。
これらの活動を通じて、多くの方がウクライナの人たちのためにできることを考えたい、と思っていることをひしひしと感じました。
SNS時代だからこそできること
私たちは今回の活動を通して、何よりウクライナの人々への連帯、そして共感の気持ちを示したいと考えています。まだまだ私たちにできることはないかと考えています。
今回お手伝いしてくださった翻訳者のウクライナ人の一人はウクライナ国内におり、日本国内の建物がウクライナの国旗にライトアップされた様子を見て、喜んでメッセージを送ってくれました。欧州にいる知人からは、ウクライナの人たちがSNSを通して励まされている話も聞きました。
今はSNSとともに生きる時代です。だからこそ私たちはSNSを通じて、離れていても応援の気持ちを届けることができます。そんな時代だからこそ、遠い国であっても、現場に行けなくても、まだまだ私たちにできることはあるはずと考えています。
参考文献
1)岬美穂.実践!小児・周産期医療現場の災害対策テキスト
2)ユニセフ.子どもにやさしい空間ガイドブック
3)日本新生児成育医学会・新生児医療連絡会ほか.「被災地の避難所等で生活する赤ちゃんのためのQ&A」
4)日本小児アレルギー学会.災害時のこどものアレルギー疾患対応パンフレット