イスラーム過激派の食卓(「イスラーム国 西アフリカ州」が誇示していること)
ナイジェリア、ニジェール、チャド、マリなどを活動地域とする「イスラーム国 西アフリカ州」は、同派の中では比較的「活躍」している方である。とりわけ、ここ1~2年の間で「イスラーム国」の週刊機関誌で「イスラーム国 西アフリカ州」が活動している地域の国名・地名が出現する頻度が上がっている。対象となる国名・地名が機関誌中に出現した回数は、「イスラーム国」のもともとの活動地だったはずのイラクやシリア、活動の影響力とは無関係にやたらと連呼したエジプトを追い抜き、こちらも一時期論説で出てくる回数が多かったアメリカをも追い抜きそうな勢いだ。
機関誌に出てくる頻度が高いということは、少なくとも機関誌の編集者にとって対象となる地域は「言いたいことがある」、「関心がある」場所だということを示している。現に、「イスラーム国」の機関誌に「日本」なんて全くと言っていいほど出てこないし、今や人に言うほどの活動をしなくなった「イエメン」やアジアの諸国も最近まず見かけなくなった。そのように考えると、「イスラーム国」にとって「西アフリカ州」は他所の自慢できるくらいの戦果や実績を上げている所、と認識できる場所ではないだろうか。そのような状態は、2020年の時点で確認できる。写真1、写真2は、昨期のラマダーン明けの祝祭の模様の画像の一部であるが、戦闘員が何処かの集落に出向いて住民を集め、説教を垂れている場面(写真1)、と、「イスラーム国」が発信する画像の中では比較的大勢の戦闘員が食卓を囲む場面である(写真2)。
「西アフリカ州」は今期も多数の画像を発信しているが(大半は殺害した敵兵を写したスプラッター画像なので検索・閲覧は絶対にお勧めしない)、ラマダーン中の活動として、やはり集落の一般住民とみられる人々を集めて教宣活動を行う画像も発信した(写真3)。また、ラマダーン明けの祝祭での礼拝の画像群は、複数の拠点なり活動地なりで割と大勢の戦闘員による礼拝の場面を収めている。
今期のラマダーンについてこれまで紹介してきた「イスラーム国」諸派の食事風景は、いずれも同派の者たちが少数で人里離れたところで野営したり移動したりする、そもそも複数人が野営するような拠点を構えることができなそう、多数の拠点や戦闘員に、組織的に食事を提供する体制ができていない、といった、同派の「しょぼさ」や「衰退ぶり」を示唆するものが多かった。それに対し、「西アフリカ州」は、それなりに大人数が集落に出向いたり(押し入ったり)、集合して礼拝したりしている画像群を発信している。このことは、彼らが多数の戦闘員・構成員を擁していることを示すとともに、大勢で集まり、公然と拠点を構え、活動していても、それが敵対者(活動地域の諸政府や地域に介入する西洋諸国)から攻撃を受けないということを誇示するものである。これは、サヘル地域における「イスラーム国」も含むイスラーム過激派対策が思うような成果を上げていないことの裏返しに他ならない。
その一方で、画像の質の関係で本稿には掲載できないのだが、「イスラーム国 西アフリカ州」の画像群には、同派の構成員が「たいしたものを食べていない」様も映し出されている。また、集落を制圧し、多数の構成員を擁している割には、調理や食事の場面も粗放的なもので、供される肉の量も食卓を囲む人数から見れば少ないようにも見える。今後、「イスラーム国 西アフリカ州」が勢力を伸ばし、活動体制を整備するようならば、構成員らの日常生活や食事の提供も含むいろいろな場面でそれを示す兆候や証拠が発信されることだろう。もっとも、「イスラーム国」の存在は、同派が占拠した地域を荒廃させ、そこの住民を困窮させる以外の影響を与えないことがすでに示されているため、たとえ「イスラーム国 西アフリカ州」の活動体制がそこそこ高度なものに発展したとしても、外部から潤沢に資源が供給され続けない限りそれを長期間にわたって維持するのは難しいのではないかと思われる。