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「イスラーム国」はサウジアラビアも大好き

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:ロイター/アフロ)

 イスラーム過激派にとって、マッカとマディーナという二つの聖地を擁するアラビア半島、特にこの2都市を領有するサウジアラビアの体制を打倒してイスラーム発祥の地を「あるべき姿」に戻すことは何よりの悲願…のはずだ。例えば、ウサーマ・ビン・ラーディンがアル=カーイダのネットワークを主導して現在まで続くイスラーム過激派の害悪を世にもたらした直接的なきっかけは、サウジの体制がムスリムの同胞の国であるクウェイトはもちろん、自国を防衛する力すらなく、異教徒の集団である「多国籍軍」の大軍をサウジ領内に呼び込んだ湾岸危機・湾岸戦争(1990年~91年)だ。

 それでは、イスラーム過激派がサウジとその権益を攻撃しようと、いつでも、いかなる労苦も厭わずにつけ狙っているのかと言えば、ことはそんなに簡単ではない。最初に意識すべきことは、かつてのアル=カーイダ、現在ならば「イスラーム国」に代表されるイスラーム過激派は、少なくとも組織を経営するテロリストと呼ぶべき幹部たちにとっては現世的成功を追求するための存在であり、それにつながらない面倒くさいことはしないということだ。実際、2004年頃~2005年頃にサウジ各所で日本人も含む外国権益への攻撃やサウジの官憲との戦闘を激しく展開した「アラビア半島のアル=カーイダ(当時)」の活動は、同時期のイラクで燃え上がったアメリカをはじめとする占領軍へのイスラーム過激派の闘争に向けるべき資源を「分散させた」との非難が浴びせられたし、イラクでの闘争のための兵站拠点とすべきサウジの環境をぶち壊しにしたとの現実的な結果から、イスラーム過激派の誰にとってもいい結果ではなかった。また、「イスラーム国」が増長を極めた2015年頃には、「イスラーム国」の「ナジュド州」や「バハレーン州」を名乗ってサウジ国内で何度か攻撃を実行したが、襲撃の実行者たちは敵方だけでなく、イスラーム過激派のファンや当の「イスラーム国」の内部からも非難されることは承知の上だった節がある。ちなみに、その後の「イスラーム国」の活動を眺めていると、サウジでの作戦行動は同派にとって損失の方が多く、シリア紛争に乗じてイスラーム過激派による資源の調達を放任・奨励していた(はずの)アラビア半島諸国の態度は取り締まり強化に転じ、大局的には「イスラーム国」の衰退につながった。

 こうして、「イスラーム国」をはじめとするイスラーム過激派は、本来イスラームがもたらされた地を「非イスラーム的な」悪政で踏みにじっているはずのサウジの体制に対し、物理的な攻撃はもちろん、広報上の言及もほとんどしなくなった。ところが、「イスラーム国」の収監の機関誌の最新号で、サウジ領内での攻撃や決起を扇動していると解することもできる論説が「珍しく」掲載された。しかも、サウジの王家に対し、「サルール家」という蔑称を連呼する攻撃的な内容だ。「サルール家」とは、預言者ムハンマドと敵対した勢力にちなんだサウジ王家に対する蔑称で、筆者が毎週眺めている「イスラーム国」の機関誌では、1年以上見かけなかった表現だ。論説は、過去数年のサウジでの「娯楽の推進」政策の一環で最近開催されたコンサートなどの催事を非難した上で、これらは単に非イスラーム的な催事ではなく、イスラームに対する組織的な戦争だと位置づけた。また、イスラームは他の思想潮流から隔絶したアラビア半島にもたらされたのであり、イスラームは「文化交流」や「文明の多様性」によってもたらされたのではないし、「サルール家」のイスラームに反する政策は「娯楽の推進」以前から続いてきたものだと主張する。そして、サウジでの「娯楽の推進」に怒っている者たちの非難の声や矢は、本来それをぶつけるべき対象には届いていないと指摘し、「アラビア半島の国」は真実と無効なものとを分かち、不信仰の唱道者たちが殺される武装闘争を緊急に必要としていると扇動した。そして、この論説は「イスラーム国」の「諸州」や諸拠点にいるカリフの兵士たちは、全員が預言者ムハンマドの生誕の地を見捨てないことで一致していると結ぶ。

 サウジを含むアラビア半島に、本邦を含む世界各地で一般的なスポーツや娯楽を持ち込むことは、イスラーム過激派が大好きな話題のタネだ。例えば、2022年のサッカーのワールドカップカタール大会の折には、「アラビア半島のアル=カーイダ」が「サッカーは諸人民のアヘンである」と主張する、共産主義者も真っ青のステキな論説を発表した。「イスラーム国」も、同大会を「アラビア半島から異教徒を追い出せ」との、イスラーム過激派として最も教条主義的な主張を展開するネタとして利用した。アラビア半島には、本邦の権益を含め世界のエネルギー供給を揺るがしかねない施設や活動がたくさんあるため、同地でのイスラーム過激派の活動や攻撃扇動には敏感であるべきだ。その一方で、アラビア半島諸国でイスラーム過激派が実際に行動を起こすことは、諸派にとって資源の調達地である場所の環境をぶち壊しにする愚行に他ならない。以上のような事情により、今般の機関誌の論説についても、「イスラーム国」が本当にアラビア半島で誰かに決起してほしいと期待しているのか、それともサウジの当局との「馴れ合い」であるかのような口先だけのものなのか、ビミョーなデキのようにみえる。「イスラーム国」の経営陣から見れば、機関誌の論説執筆者が経営陣の苦労や事情も知らずに気ままにサウジのネタを転がした迷惑行為に違いない。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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