イスラーム過激派の食卓(「イスラーム国 ソマリア州」の敗北)
2014年6月に「イスラーム国」がカリフ制の復活を僭称して以来、世界各地でこれに忠誠を誓い、「イスラーム国 ○○州」を名乗る集団が続出した。ソマリアもその例外ではなく、2015年11月にソマリアのムジャーヒドゥーンが「イスラーム国」のカリフに忠誠を表明した。ソマリアでは、「イスラーム国」の出現の前からシャバーブ運動というアル=カーイダの仲間のイスラーム過激派が活動していたが、「イスラーム国 ソマリア州」の活動は、このシャバーブ運動を割り、同派の者に「イスラーム国」につくように呼び掛けることも含まれていた。
シャバーブ運動は、幾多もの国際的な介入・国際部隊の展開を伴う討伐を受けたにも拘らず、ソマリアの一角に確固たる勢力圏を維持している。それだけでなく、しばしば隣国ケニアで欧米諸国の権益を対象とするものも含む大規模な攻撃を実行し、それをアル=カーイダのメッセージの一環として広報することもある。となると、「イスラーム国」がシャバーブ運動の者たちの離反を誘うということは、少人数の離反というよりは地域や部隊ぐるみでの離反と「イスラーム国」への合流を発生させ、その勢力圏の一部なり全部なりを「イスラーム国」の州としてしまうことを期待する(或いは自明視する)ことであった。しかし、昨期や今期に「イスラーム国 ソマリア州」が発表したラマダーンの食事風景を見る限り、彼らがソマリアのどこかを占拠し、そこで「イスラーム国」本来の目的であるはずの「イスラーム統治」を実践する可能性は極めて低そうだ。
写真1は、2020年5月にラマダーン中の日々として発表されたものだ。それなりに大勢の者たちが、肉や野菜、果物を囲む模様が映し出されている。一方、調理風景と言えば、写真2に示されているように焚火で揚げ物を調理するという「高度な」調理をしている。このことは、当時の「イスラーム国 ソマリア州」の者たちが、ガスや電気、薪よりも高度な燃料、そして近代的な調理器具を備えた拠点を持ち、そこから構成員らに食事を供給する体制になかったことを示唆している。
そのような状況は、彼らが今期に発表した食事風景の画像群でもほとんど変化がない。写真3は彼らの今期のラマダーンのごちそうだが、食事の内容やそれを囲む者たちの人数は、昨期とそれほど変わりなさそうだ。今期の調理風景には、さすがに焚火で揚げ物という「高度な」調理は登場しなかったが、それでも写真4の通り焚火でかなり素朴な機材を用いて調理していることがわかる。
つまり、「イスラーム国 ソマリア州」の者たちは、例えば固定的な建築物や地下壕のような施設や、多数の戦闘部隊を支える食事の供給施設のようなものを備えた拠点や集落で活動しているのではなく、人里離れた山地や林地で、しかもたいした装備を持たずに野営しつつ活動しているということになる。となると、「イスラーム国 ソマリア州」は、一般人が住む領域を占拠し、そこを「統治」するような状態には至っていないということになる。
これに対し、「イスラーム国 ソマリア州」の当座の敵・競争相手のはずのシャバーブ運動は、傘下の通信社「シャハーダ通信」を通じ、クルアーン朗誦大会の開催や食品の配布のような、一般大衆を派手に動員する活動を頻繁に報じている。「シャハーダ通信」は、シャバーブ運動のプロパガンダだけでなく、ソマリアとその周辺を中心とする国際情勢についての「分析」や「論評」の記事も掲載するなど、「イスラーム国」の自称「通信社」や機関誌などと比べるとかなり高度な活動をしている。「イスラーム国」は、ソマリア人民を動員できるような活動ができていないのだ。こうした状況は、「イスラーム国」がソマリアにおいて軍事的な成功を収めたり、シャバーブ運動を切り崩したりできるほどの資源を投入できていないことを示している。イラクやシリアにおける「イスラーム国」の増長は、「シリア革命の担い手」のふりをしていれば行き先が「イスラーム国」だったとしても兵站支援が国際的に放任されていたことが一因である。ソマリアについては、かつてシリアで営まれていたような「イスラーム国」の兵站支援はなしえないだろう。
また、「イスラーム国」の宗教解釈・実践、政治的な方針や論理は、アラビア半島やイラク・シリアのアラブ人のものであり、これがソマリアでは「ウケない」ということも十分考えられる。「イスラーム国」は、アラブ地域においても地域住民の愛国心・愛郷心のような心情に対して否定的な思考・行動様式を持っており、この点からも同派が支持を呼びかける対象であるはずのソマリア人民と、ろくに意思疎通ができていないとも考えられる。