とうとう火薬庫に火がつくのか。ロシアの飛び地カリーニングラードとスヴァウキ回廊、リトアニアの列車問題
ロシアとリトアニアの間の緊張が高まっている。
欧州には、カリーニングラードというロシアの飛び地がある。リトアニアとポーランドに挟まれて、バルト海沿岸にある(以下の地図参照)。
ベルリンからは527キロしか離れていない。大まかに言うなら、東京から西なら京都、北なら花巻あたりの距離である。
ロシア本土と飛び地カリーニングラードの間には、列車が走っている。ベラルーシとリトアニアを通るものだ。旅客も貨物もある。
欧州連合(EU)がロシアに対して行う第4次制裁では、石炭、金属、建設資材、化学物質、コンピューター、携帯電話などに適用される。7月にはセメントとアルコールにも拡大される予定だ。
これらの物資は、列車でカリーニングラードに運ばれている。リトアニアは、制裁によって前述の物資は、同国を通過させないと6月17日に発表した。これはカリーニングラードにとって輸入品の4割から5割に影響を及ぼすという。
この措置は、ロシアの逆鱗に触れた。リトアニアのロシア代理大使セルゲイ・リャボコン氏は、「通過禁止は、もはや単なる制裁措置の問題ではない」と断言した。「我々の地域に対してこのような形で実施しているのは、貨物の一部封鎖である」と述べた。
仏紙『ル・モンド』は、この言葉は非常に重みがあると述べている。この貨物封鎖の実行は戦争行為に等しいと言える、と。つまり、リトアニアがロシアに戦争をしかけた行為だと解釈できる余地があるということだ。
クレムリンのペスコフ報道官は、ロシアは「今後数日のうちに」行われる報復措置について対応を検討していると述べた。「この決定は本当に前代未聞である。絶対的にすべて違反だ」と厳しく非難した。そしてこの禁止の即時解除を求めた。
なぜ「核の砦」のロシアの飛び地があるのか
この路線は、戦争が始まってから、大きなニュースにはならなかったが(特に何も起きていなかったので)、ずーーっと問題視されていた。
多くのヨーロッパ人が「ああ、とうとう」という思いを感じたことだろう。この火薬庫に火が付こうとするのは、時間の問題だったのだ。
この列車の通過は、リトアニアがEUに加盟する際の条件でもあった。国際条約によって保護されている。毎年約40万人が利用してきた。
カリーニングラードには、約100万人のロシア人が居住する(50万人とも言われる)。そして核装備されている。
ロシアの飛び地が核の砦に変貌するのは、2014年のクリミア併合からである。
ポーランドやバルト3国は、NATOに警備の強化を要請して受け入れられた。そのようなNATO軍増派に対応するため、ロシアは2016年に戦術弾道ミサイル「トーチカ」に代わる核搭載ミサイル「イスカンデル」を配備したのだった。射程距離400〜500キロの新兵器は、近隣諸国を全て脅かすことになった。
なぜ、このような飛び地が存在しているのだろう。
カリーニングラードは、ケーニヒスベルクというプロイセン(ついでドイツ帝国)の都市であった。起源はドイツ騎士団が13世紀に築いた、バルト海の貿易都市だ。ハンザ同盟に属して、海上貿易で繁栄した。
第一次世界大戦の結果、ドイツは敗北し、ポーランドが再独立を果たした。ケーニヒスベルクの地域は、ドイツ領のまま残されたが、この際にドイツ本土から離れた飛び地になった。北はリトアニアと国境を接し、それ以外はポーランドに囲まれた。
第二次世界大戦では、ナチス・ドイツがポーランドを占領、「飛び地」は解消された。1945年にソ連がナチス・ドイツを破りこの地域を征服、ソ連領となる。この時名前がロシア語名カリーニングラードになった。
冷戦が終了した1991年に、ソ連からバルト三国が独立した。この土地はもともとリトアニアには含まれていなかったので、同国は飛び地は含まずに独立。飛び地はそのままロシア領となって残されたのだった。
陸だけではなく、カリーニングラードの港は、ロシアのバルト艦隊の要衝である。戦争が始まってからロシアのバルト艦隊の活動が活発になったことは、フィンランドやスウェーデンがNATO加盟を要請することを決めた大きな要因の一つである。
線路沿いの大判写真で戦争を非難
それでは戦争が始まってから今まで、この列車はどういう状態だったのだろうか。
まず、2016年からは、兵員や装備を運ぶ軍事列車はストップしている。武器の輸送は決して許されていない。
『ル・モンド』が、戦争が始まった後の5月始めに、リトアニアの首都ヴィリニュス駅で、この列車のルポを発表していた。
カリーニングラードからヴィリニュス駅に到着した列車は、機関車と客車7両、それに窓を塞いだ客車2両で構成されていた。乗客は降りないし、誰も乗らない。リトアニアを3時間もかけて横断し、ヴィリニュス駅以外は止まらなかった。これからベラルーシを通り、モスクワまで行く。
逆方向のモスクワからカリーニングラードへの列車は、アクセスは監視されており、一般人は厳重に禁止されている。
3月25日から、線路の両側に大判の写真が24枚掲示されている。
ウクライナの荒涼とした風景、壊滅した建物、顎を引き裂かれた負傷者、集団墓地に投げ込まれた遺体などの写真である。
そしてアナウンスが拡声器から、列車に乗っているロシア人向けに流れる。「ウクライナで撮影した写真を集めたギャラリーを設置しました。コンパートメントの窓から見ることができます。今日、プーチンはウクライナで民間人を殺害しています。あなたはこれに同意しますか?」
戦争が始まる前は、列車は止まらずに通過していたという。この展示をじっくり見せるために、列車は停止しているようだ。
リトアニアでの出入国がある場合、もちろん搭乗者検査がある。ロシアの2都市間の国内線とみなされるため、手続きは簡略化されているが、厳密なものだったという。リトアニアの鉄道会社LTGのコミュニケーション・ディレクターであるマンタス・ドゥバウスカス氏は、「国境警備隊は、事前に乗客のリストを受け取っている」と説明した。
NATOの弱点「スヴァウキ回廊」
モスクワでは、「リトアニアがこの鉄道をブロックするだろうから、スヴァウキ回廊をロシア軍は力づくで奪わなければならないだろう」と公然とプロパガンダを唱えてきた人たちが大勢いるのだという。
スヴァウキ回廊とは、上記地図にあるように、ポーランドとリトアニアの国境線地域である。たった65キロしかない。国境近くのポーランドの町の名前をとって名付けられた。
この回廊は、北大西洋条約機構(NATO)の弱点と見る分析もある。これを押さえることで、ロシアは自国の領土をベラルーシと直結させることになる。
この「軸」がロシアに阻まれれば、NATOはポーランドからリトアニアへ陸路で兵力を輸送できなくなり、バルト諸国は、地上においてNATOやEUの同盟国から孤立することになるというのだ。
ベラルーシにはロシア軍が駐留し、ポーランドやバルト三国というNATO加盟国の兵力増強に対応するため、定期的に軍事演習を行っている。
NATO側もリスクを十分に理解している。カリーニングラードから遠くないポーランドのエルブロンクという町には、NATOの北東多国籍師団 (MNDNE) 司令部が置かれていて、ポーランドとリトアニアの旅団が駐屯している。
戦争が始まってから、この地域の緊張状態は高まっている。リトアニアは、わずかな事故が引き起こすリスクを十分に承知している。
「このため、リトアニア領土を通過する旅客列車や貨物列車には、わずかな挑発にも屈しないような管理・保安措置がとられている」と同国外務副大臣は述べた。
首都ビリニュスでは、通過警備の強化のため、特にキバルタイとケーナの国境付近のルートにおけるカメラの設置や、列車の進行状況を監視するヘリコプターの購入など、2400万ユーロの追加援助をEUに求めてきた。
NATO&EUとロシアの対立の行方
6月20日、ルクセンブルクでEU外相会議が開かれた。そしてリトアニアのランズベルギス外相は、この決定(特定物資の輸送禁止)を下したのはEUであると述べた。
EUのボレル上級代表(外務大臣に相当)も「リトアニアは欧州委員会が定めたガイドラインを適用しているにすぎない」と述べながら「ロシアのプロパガンダキャンペーン」を批判した。
EUは、鉄道路線を閉鎖したわけではない、禁止品目以外の輸送(例えば食糧品)は可能だし、旅客も許されるとしている。それに、海上輸送は範囲に入れていない。
禁止なのは陸だけである。トラック輸送も制限され、ロシアのテレビの報道によれば、400台のトラックがリトアニアに入国できずに道路で立ち往生していて、あきらめて戻るトラックが出てきているということだ。今後、列車でも道路でも、積荷チェックのシステムをつくらなくてはならないだろう。
ロシアはこの「敵対」行為に対して、報復措置をとるつもりである。
カリーニングラードはロシア軍のシンボルとなって、領土は過剰に武装されている。不凍港をもつ海も重要である。ロシアは、6月9日から19日にかけて、1万人の兵士と約60隻の船を動員した演習を行った。また、ロシア軍はバルト海の訓練目標に向けて対艦ミサイルを発射する様子を撮影したビデオを公開した。
とうとう、その時は来たのだろうか。
リトアニア外交政策研究所のセセルギテ所長は「ウクライナ情勢がエスカレートしたり、リトアニアに対してハイブリッド攻撃が行われたりする可能性があります」としている。
同国は、モスクワからの脅威、ハイブリッド攻撃、ロシアによる多かれ少なかれ騒々しい抗議行動には慣れているという。
リトアニアはロシア当局から照準を当てられていることは間違いなく、ロシア下院のエフゲニー・フョードロフ議員は、6月8日、リトアニアの独立宣言(1990年)を無効とする法案を提出した。
「ロシアには昔からとんでもない政治家がいて、クレムリンはそれから距離を置いています」とセセルギテ所長は指摘する。「これは、私たちの反応を試すための方法です。リトアニアはウクライナの強力な支援国の一つであり、ロシアに処罰を要求している。モスクワ側としては、『我々を刺激するな』ということなのでしょう」と述べたという。
また、戦略研究財団のフイエ研究員がFrance 24に述べた内容によると、バルト3国への侵攻をシミュレーションした結果、ラトビアの首都リガや、エストニアの首都タリンは、60時間以内にロシア軍に包囲される可能性があるとわかったというレポートが、波紋を呼んだことがあったという。
この物騒な内容は、2016年にシンクタンク「ランド・コーポレーション」のレポートのことで、スヴァウキ回廊の問題が再びクローズアップされていた。
このシミュレーションでは、ロシア側にとって理想的なプランは、包囲網によるバルト3国への侵攻であることが示されていたという。
しかし、フイエ研究員は、「ロシアはまだソ連だと考えてはいけない。ソ連がヨーロッパの一部に侵攻してできたことは、今のロシアにはできない。ウクライナでの露軍の困難さを考えると、スヴァウキ回廊を直接脅かしてバルト3国全体に侵攻するとは考えにくい」と説明した。
これは妥当な推測に見える。でも、大きなリスクを負っていることは変わらない。今まで、西側の希望的な観測は、何度も裏切られてきた。ロシア側の反応には注視が必要だ。
そんな情勢の中、カリーニングラードの一般の人々はというと、スーパーに買いだめに走っているという。
最後に一言付け加えたい。ウクライナとモルドバがEUの正式加盟国候補になると聞いて以来、ずっと筆者は、NATO(アメリカ)は、内々に両国をNATO加盟国になることを認めたのではないかと考えてきた。この件でいっそうこの仮説は正しいのではないかと感じている。