「揺さぶられっ子症候群に科学的根拠なし」日弁連シンポで外国人医師らが警鐘
■「虐待なんてしていない!」無罪を訴える切実な親たち
2月16日、東京の弁護士会館で、『揺さぶられっこ症候群(SBS)を知っていますか』と題した国際シンポジウムが、5時間にわたって開催されました。
「乳幼児揺さぶられ症候群」は、その名の通り、乳幼児を強く揺さぶったことによって起こるとされている傷病名です。
赤ちゃんの頭部にこの症状が確認された場合は、一緒にいた大人による虐待を疑われ、これまで多くの保護者が傷害や傷害致死の罪で逮捕、起訴され、有罪判決を受けてきました。
しかし一方で、被告人とされた保護者たちが一貫して虐待を否認するケースも少なくありません。
その供述の大半は、
「子どもはつかまり立ちから転んだだけ……」
「ベビーベッドから落ちてしまったんです」
「お昼寝をしていたら急に意識がなくなってしまいました」
というもので、もし、それが事実なら、彼らは冤罪の被害者ということになるのです。
この日のシンポジウムでは、実際に子どもへの揺さぶり虐待を疑われ、親子分離の末に逮捕された経験を持つ2組の夫婦が、ビデオメッセージというかたちで出演しました。
紹介されたのは、いずれも生後7~8カ月の男の子がつかまり立ちから転倒し、急性硬膜下血腫を負ったケースです。
突然の転倒で頭に大けがを負った我が子への心配、自責の念、パニック状況の中で突然、子どもと引き離される辛さ……。
さらに、逮捕されてから警察で受けた理不尽な取り調べ時の体験談には、言葉を失いました。
「オマエは母親失格、ケモノや!」
「どうやって口裏合わせたんや?」
「オマエの息子の脳はスカスカや」
「天下の警察に嘘つくんか!」
会場には、刑事から浴びせられたという信じられない言葉の数々が、2人の母親から語られました。
2組の家族は、逮捕されたものの、その後不起訴となりました。
しかし、今も勾留されている方、有罪判決を受けて高裁で係争中の方々など、無実を訴えながらも過酷な体験をされている方は数多くおられるのです。
■転倒事故やけいれん、低酸素などでも3徴候は起こる
この問題について私は2年前から取材をはじめ、虐待を疑われた複数の当事者や専門家に話を聞きながら、『事故か、虐待か?「乳幼児揺さぶられ症候群」めぐり、分かれる医師の見解』(Yahoo!ニュース、2018年3月)などを執筆してきました。
この記事でも解説していますが、「乳幼児揺さぶられ症候群」は、英語で「Shaken Baby Syndrome」と言い、その頭文字をとって「SBS」と呼ばれています。
最近では、「虐待性頭部外傷(Abusive Head Trauma)」を略して、「AHT」と表記されることもあります。
医学的には赤ちゃんの身体に目立った外傷がないのに、頭にだけ、
1) 硬膜下血腫/頭蓋骨の内側にある硬膜内で出血し、血の固まりが脳を圧迫している状態
2) 眼底出血(網膜出血)/網膜の血管が破れて出血している状態
3) 脳浮腫/頭部外傷や腫瘍によって、脳の組織内に水分が異常にたまった状態
という3つの症状(医学の世界では3徴候と呼ばれています)があれば「SBS」、つまり「虐待の可能性が高い」と、ほぼ機械的に診断されています。
しかし、今回の国際シンポジウムでは、外国でSBS問題に対峙してきた専門家らが、自身の経験と研究に基づく具体的な理由を述べながら、
「3徴候が見られる乳児が『揺さぶられた』という推定に、科学的根拠はない」
とはっきり言い切ったのです。
厚生労働省のウェブサイトには、「乳幼児揺さぶられ症候群」を解説するため、下の画像を用いて動画もアップされていますが、国内の脳神経外科医や、今回のシンポジウムに登壇した海外の医師からは、「厚労省の動画は、実際の脳出血のイメージとは異なっている」という具体的な反論が出されています。
■通常分娩で生まれた新生児でも、約半数に硬膜下血腫が
シンポジウムに登壇したイギリスのウェイニー・スクワイア医師(小児神経病理学)は、過去に自身がSBS仮説を信用していたことを振り返り、
「私は無実の母親を有罪(3年の拘禁刑)にしてしまったことがあるのです……」
という体験を、沈痛な面持ちで告白しました。
しかし、スクワイア医師はこの裁判の途中に、SBS理論に科学的な裏付けがないことに気づき、証言を変えたというのです。
このことをきっかけに、裁判所や医師会から強烈な批判を受けることになった彼女は、一時、医師免許もはく奪されてしまいました(現在は原状回復しています)。
こうした過酷な経験を経ながら、スクワイア医師はそれでも信念をもって発言し続けてきました。
この日の講演で特に印象に残ったのは、
「通常分娩で生まれた健康な新生児でも、その30%に網膜出血が見られ、吸引分娩の場合は75%である」
「通常分娩で生まれた健康な新生児でも46%に硬膜下血腫が見られた」
というデータです。
SBSと診断された赤ちゃんの中には生後1~2か月の赤ちゃんもいるのですが、こうした結果を見ると、果たして3徴候の中に含まれる、網膜出血や硬膜下血腫があるからといって、自動的に虐待だと言い切れるのか? 大きな疑問を感じます。
スクワイア医師はこのほかにも、低い場所から落ちて頭を打ったケースや、病気による痙攣、誤嚥などによる低酸素症などでも似た症状が現れること、また、脳の出血や損傷は、放射線画像だけで見分けるのが難しいことを説明したうえで、
「3つの症状は、揺さぶりではなく、さまざまな原因で起こりうる」
「SBS仮説は科学的検証に堪えない」
と、現状の判断を厳しく批判したのです。
■無罪が相次ぐ日本の「乳幼児揺さぶられ症候群」裁判
日本では2年ほど前から、「乳幼児揺さぶられ症候群(SBS)」の診断に対する疑問の声が大きくなり始め、2017年の秋には、弁護士や法学者を中心に「SBS検証プロジェクト」が立ち上がりました。
その後、無罪を訴える親たちの側に立って刑事裁判に協力する脳神経外科医が現れ始めたことで、逮捕されながらも不起訴となったり、無罪となるケースが相次いでいます。
ちなみに、2018年にはSBS事件が大阪で3件、静岡で1件が不起訴に。また、起訴されて刑事裁判にかけられたケースでも、2018年の3月から2019年の1月までの間に、大阪地裁だけで無罪判決が3件下されています。
有罪率99.8%という刑事裁判の実態からみれば、この数字がいかに特別なものであるかがわかります。
SBS検証プロジェクトの共同代表である秋田真志弁護士は、国際シンポジウム後半のパネルディスカッションに登壇し、こう訴えました。
「虐待を見逃すことはゆるされません。しかし、えん罪も絶対に防がなければなりません。虐待をしていない親から子供を分離するのは、国家による虐待です。今、日本は、SBS理論に関して思考停止しているといえるでしょう。それを超え、立ち止まって考えなおす時期に来ているのではないでしょうか。建設的な議論をしていきたいと思います」
日本には今も、はっきりした根拠のないまま「揺さぶり」による虐待を疑われ、一方的に親子分離されている家族が存在します。
母子健康手帳にも「乳幼児揺さぶられ症候群」について記載されています。しかし、その記述は本当に正しいのでしょうか?
今も私のもとには、苦しむママやパパたちからの過酷なSOSの声が届き続けています。
厚生労働省はいち早く、「乳幼児揺さぶられ症候群(SBS)」の問題について、再検証するべきではないでしょうか。