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サルはイヌを「家畜」にできるか

石田雅彦科学ジャーナリスト
(写真:Shutterstock/アフロ)

 イヌがヒトの家畜になった経緯には議論があり、その時期についても諸説ある。これについて、エチオピアのゲラダヒヒ(Theropithecus gelada)の群にアビシニアジャッカル(Canis simensis)がつかず離れずの関係で共生し、これがイヌの家畜化の萌芽ではないかという観察研究を紹介する。

ヒヒに紛れ込むジャッカル

 イヌがいつからイヌになったのかについては、遺伝子の研究で最後の氷河期の後である約1万8000年前にオオカミからイヌに分かれたという説、旧石器時代後期の最後の氷河期が終わる前の約4万年前という説がある(※1)。

 北米イヌの遺伝子研究によれば、ベーリング海峡がまだ地峡だった約1万6000年前に北米イヌとシベリアイヌの共通祖先がいたという(※2)。イヌが家畜化された場所については、中国などの東アジア起源と現在のフランスやドイツなどの西ユーラシア起源の大きく二つの地域とする説(※3)、アジアで家畜化された後にヨーロッパへたどり着いたという説がある(※4)。

 イヌの家畜化の時期や場所については結論が出ていないが、どうやって家畜になったのかについても議論がある。ヒトがイヌの祖先の子を連れてきて家畜にしたという説やイヌの祖先がヒトの周辺で暮らす間に自然に共生したという説があるが、これについて約100年の歴史を持つ米国の哺乳類学雑誌『Journal of Mammalogy』に興味深い研究論文(※5)が出た。

 米国のダートマス大学などの研究グループによるもので、アフリカのエチオピアでイヌ科のアビシニアジャッカルの観察フィールド研究を行った際、霊長類の仲間であるゲラダヒヒの群に紛れ込んでいたという。エチオピアでは、アビシニアジャッカルによって家畜のヒツジやヤギなどが襲われる被害があって害獣視され(※6)、絶滅危惧種でもあるアビシニアジャッカルの保護を目的にした生態研究が行われている。

 2006〜2011年にかけて研究グループが観察したところ、ゲラダヒヒはほぼ草食、アビシニアジャッカルはほぼ肉食だが、アビシニアジャッカルがゲラダヒヒや子ザルを襲うことはほとんどなかった。

 アビシニアジャッカルは、ゲラダヒヒの群の中をまるで遊弋するように悠然と歩き回り、ゲラダヒヒのほうもほとんどアビシニアジャッカルを無視しているようだったらしい。一方、ゲラダヒヒはヒトの飼うイヌに対して非常に警戒心旺盛で、まさに犬猿の仲だったことが観察されている。

 この関係性ではアビシニアジャッカルのほうに利益があるようで、2011年7〜8月にかけてアビシニアジャッカルの捕食行動を観察した結果、ゲラダヒヒの群と一緒にいる場合と比べ、一緒にいない場合で彼らの獲物であるネズミなどのげっ歯類を捕らえる成功例が減っていた。ゲラダヒヒと一緒にいる場合、61回の試行回数で46回の成功(75%)だったが、一緒にいない場合では24回のうち8回(33.3%)しか成功しなかった。

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エチオピアの草原でゲラダヒヒの群に紛れ込むアビシニアジャッカル。A:げっ歯類(手前)が草原から顔を出している。Via:Vivek V. Venkataraman, et al., "Solitary Ethiopian wolves increase predation success on rodents when among grazing gelada monkey herds." Journal of Mammalogy, 2015

ヒヒはジャッカルを家畜化するか

 なぜこうしたことが起きているかはっきりしたことはわからないが、おそらくゲラダヒヒの存在により、げっ歯類が巣穴から追い出されたり巣穴へ戻りにくくなっていて、そのせいでアビシニアジャッカルの捕食の成功率が上がっている可能性もある。研究グループによれば、草食性のゲラダヒヒはげっ歯類の隠れ場所である植物を食べているので、その影響があるのかもしれないという。

 また、エチオピアでは人間の生活圏が急激に広がっているため、ゲラダヒヒもアビシニアジャッカルも標高の高い山間地へ居住地を変えざるを得なくなっているが(※7)、それがこうした関係を生んでいるのではないかという推測も成り立つ。特にアビシニアジャッカルはその個体数を減らしつつあり、研究グループは保護の必要性を訴えている。

 オオカミがヒトの捨てた残飯をあさっているうち、ヒトの近くで暮らし始め、やがてヒトがオオカミに狩りの手伝いをさせるようになってイヌになったという仮説がある(※8)。この説ではオオカミのほうにメリットがあるが、ゲラダヒヒとアビシニアジャッカルの関係でもアビシニアジャッカルのほうに最初のメリットがあるのは同じだ。

 だが、ゲラダヒヒのほうにはヒトと違い、アビシニアジャッカルを利用するメリットはない。ひょっとすると、何か隠れた理由があるのかもしれないが、もしそうならイヌの家畜化に関してこの観察研究は興味深いヒントになっている。

※1:Laura R. Botigue, et al., "Ancient European dog genomes reveal continuity since the Early Neolithic." nature COMMUNICATIONS, Doi: 10.1038/ncomms16082, 2017

※2:「ネイティブな『北米イヌ』はどうやってベーリング海峡を渡ったか」Yahoo!ニュース:2018/07/07

※3:Laurent A. Frantz, et al., "Genomic and archaeological evidence suggest a dual origin of domestic dogs." Science, Vol.352, Issue6290, 2016

※4:Malgorzata Pilot, et al., "On the origin of mongrels: evolutionary history of free-breeding dogs in Eurasia." Proceedings of the Rolyal Society B, Vol.282, Issue1820, 2015

※5:Vivek V. Venkataraman, et al., "Solitary Ethiopian wolves increase predation success on rodents when among grazing gelada monkey herds." Journal of Mammalogy, Vol.96(1), 129-137, 2015

※6:Girma Eshete, et al., "Ethiopian wolves conflict with pastoralists in small Afroalpine relicts." African Journal of Ecology, Vol.56, Issue2, 368-374, 2017

※7:Tariku Mekonnen Gutema, et al., "Competition between sympatric wolf taxa: an example involving African and Ethiopian wolves." ROYAL SOCIETY OPEN SCIENCE, Doi: 10.1098/rsos.172207, 2018

※8:Stephen D. J. Lang, et al., "A multidimensional framework for studying social predation strategies." nature ecology & evolution, Doi: 10.1038/s41559-017-0245-0, 2017

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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