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「世界禁煙デー」に思う〜20世紀の遺物「タバコはオワコン」である

石田雅彦科学ジャーナリスト
(写真:ロイター/アフロ)

 5月31日は毎年、世界禁煙デー(World No-Tobacco Day)になっている。WHO(世界保健機関)が1988年から続けている記念日だが、日本では5月31日から6月6日までの1週間は禁煙週間だ。21世紀に入る頃から先進諸国でタバコの消費量が漸減しつつあるが、タバコ産業は依然として高収益を上げ続けている。

紙巻きタバコと大量生産大量消費

 筆者は先日、世界禁煙デーの記念イベントで講演させていただいた。講演タイトルは「タバコ産業の新戦略と明らかになる『加熱式タバコ』の本性」。講演前半では、タバコ産業と紙巻きタバコがすでにオワコンであることを述べ、後半ではアイコス(IQOS)の開発過程と市場投入の背景にフォーカスを当てつつタバコ産業の企みについて考えた。

 今のような紙巻きタバコ(Cigarette)が「発明」されたのは19世紀の半ば頃だ。当初は家内制手工業的に小規模ロットでの生産量だったが、タバコ葉生産(乾燥)から紙巻きタバコ製造機による生産まで、下流から上流までの機械化によって紙巻きタバコの市場への大量供給が可能となった。

 生産量が飛躍的に増えたこの商品をどこで誰に売るのか。19世紀という帝国主義の時代は、大衆化とともに消費文化の萌芽が見えてきた時代でもある。

 紙巻きタバコは、次第にニコチン依存症の消費者を増やしつつ大衆に浸透していく。日本でも明治期にタバコ業者同士が激しい販売合戦を繰り広げたように、派手な広告宣伝とほとんど皆無の行政の規制によってタバコ消費量は次第に増えていった。

 タバコと戦争は切っても切り離せない関係にある。20世紀は戦争の世紀だ。タバコ税の脱税回避とタバコ税収による日清日露戦争の戦費調達のため、日本でタバコの専売法が成立したのが1898年。米国では第一次世界大戦や第二次世界大戦で紙巻きタバコが兵士に配給され、タバコ税収による戦費調達に一役買った(※1)。

 戦場における兵士へのタバコ配給は、洋の東西を問わず政府によって行われてきた。兵役で喫煙習慣を身につけた男性は、平時の生活に戻ってもニコチン依存から抜け出せず、タバコを吸い続けた。米国の投資家、ウォーレン・バフェット(Warren Buffett)はタバコという商品について「作るのにわずか1セントしかかからないのに売るときは100倍の1ドルになる。しかも依存性が高く、消費者のブランドに対する忠誠心は驚くほど強い」といっている。

健康への悪影響が明らかに

 タバコと発がんの関係が次第に明らかになってきたのは20世紀に入ってからだ。1920年代に入るとタバコの害に疑念を抱いた研究者が疫学的な調査を始め、1950年代になるとその因果関係は疑いようのないエビデンスとなる。喫煙によるタバコ関連疾患の発症には数十年単位の時間がかかることが多いが、19世紀に発明されて大量生産大量消費で大衆に広まった紙巻きタバコの害が出てくるのに半世紀以上かかったというわけだ。

 20世紀後半になると、日本を含めた先進諸国では消費社会が熟成し、大衆の権利意識も高まると同時に健康志向や環境保全の考え方も出てくる。タバコ産業はこうした社会と消費者の意識の変化に対し、映画産業やマスメディアを動員し、あるときは男性のマチズモやフロンティアスピリットを喚起し、あるときは女性の社会進出と喫煙習慣をリンクさせ、どうにかして影響力を残そうとする。

 タバコ産業がタバコが健康に良くないことは知ったのがいつだったか不明だが、タバコ産業は長く医師や研究者によるエビデンスを否定し続けた。世界中のタバコ会社が白旗を揚げる中、今でも日本たばこ産業(JT)だけは依然として受動喫煙と健康被害の間の因果関係を認めていない。

 その一方、タバコ産業は20世紀の半ば頃から盛んに健康被害軽減をうたった製品を開発し始める。これは研究者による疫学的な調査研究が発表され、タバコの害が明らかになってきた時期と軌を一にするが、こうした製品開発に邁進したのは喫煙者の恐怖や危惧、社会からの疑惑の視線を否定しきれなくなってきたからだ。

 そうした製品開発の代表が、フィルター付き紙巻きタバコだ。現在では紙巻きタバコのフィルターは喫煙者の健康へ及ぼす悪影響を軽減せず、深く吸い込むことで肺の奥まで主流煙が入り、それまでとは別の種類の肺がんになりやすくなることがわかっているが、フィルターによって害が少なくなったと思い込んだ当時の喫煙者は安心してタバコを吸ったことだろう。

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1950年代、20世紀半ば頃にフィルター付き紙巻きタバコが登場する。喫煙者に健康懸念があったため、両切りタバコから急速に消費が入れ替わる様子がわかるが、喫煙率の減少とパラレルに売上げも減っていく。Via:US National Cancer Monograph, No.13, 2001

 フィルター付き紙巻きタバコは、どうしても味わいが軽くなるため消費量を増やす傾向がある。また健康への害が軽減しているように錯覚するため、シェアと喫煙率を上げる役割を果たすのだが、タバコ産業が提案する製品の目的は喫煙者や受動喫煙にさらされる人の健康を気遣うことより自らの利益を最優先にしたものになる。

ミソジニーと21世紀型フィルター付きタバコ

 戦争の世紀だった20世紀は、戦場では男性が戦うから「婦女子」は銃後を守れというミソジニー(Misogyny、女性蔑視)的な価値観の時代でもあった。日本では依然として30代40代50代の男性喫煙率が30%後半だが、自民党たばこ議連の代議士のメンタリティにも「オンナコドモは黙っとれ」という上意下達意識が強く表れているようだ(※2)。

 だが、20世紀型の価値観の多くは、21世紀に入る頃から続々と「オワコン」になる。最近のいわゆる「#me too」運動で象徴的なように、欧米でもミソジニーが横行してきたが、もうそんな価値観はまっぴらだという女性の主張にほかならない。

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紙巻きタバコの生産量の推移。戦後、急激に伸びているが、21世紀に入るとガクンと減っていることがわかる。Via:Packaged Pleasure How Technology and Marketing Revolutionized Desire, University of Chicago Press, 2014から筆者が引用改編

 タバコ問題も同じだ。すでに大量生産大量消費のビジネスモデルは廃れ、周囲の迷惑を顧みず紙巻きタバコをチェーンスモークする時代も終わった。飲食店でタバコ煙を気にせず、酒や料理を楽しみたいという人は圧倒的に多い。

 タバコ産業は、加熱式タバコという名の新たな健康懸念軽減製品を投入し、21世紀に延命を図ろうとしている。だが、加熱式タバコは「21世紀型フィルター付きタバコ」に過ぎない。

 これまでも依存性と習慣性を高めるため、タバコ産業は商品に多種多様な添加物を使用してきた。その中には健康に悪影響を与えることが明白である物質も多い。

 タバコ産業にしてみれば、依存性と習慣性を高めるためなら顧客の健康など二の次だ。社会にとって、顧客というステークホルダーをニコチン依存症にし続けることを目的にしたタバコ産業のCSRなど噴飯物といえる。

 世界の趨勢は21世紀指向だが、残念ながら日本だけは依然として20世紀にいる。いや、デフレ脱却を掲げて大量生産大量消費型経済構造へ戻そうという政策もある上、為政者が「美しい国」というように戦前回帰を主張する勢力さえ力を得つつある状況だ。日本で受動喫煙防止の議論がなかなか盛り上がらないのは、日本大学アメリカンフットボール部の問題にみるように日本社会の様々な曲面で依然として20世紀型の価値観が横行していることも大きいだろう。

 JTがすでに1980年代後半、事業量の説明変数から1998年をピークに国内市場は右肩下がりと分析したように、タバコはすでにオワコンだ。生産年齢人口は減り続け、名目GDP(日本は世界24位、2018年IMF予測)は伸び悩んでいる。30代40代50代男性の1/3以上を占める喫煙者もそろそろ観念し、世界禁煙デーを契機に21世紀の価値観に目覚めたほうがいい。

※1:「『世界禁煙デー』にタバコ問題の草創期を考える」Yahoo!ニュース:2017/05/30

※2:「受動喫煙への無理解に潜む『マチズモ』」Yahoo!ニュース:2017/05/22

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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