「世界禁煙デー」にタバコ問題の草創期を考える
タバコは大航海時代に新大陸から伝えられた。コロンブスが新大陸に到達したのが1492年。1543年頃と言われる種子島への鉄砲伝来とともに日本へもタバコがもたらされた。わずか50年ほどでタバコが地球を半周回った、というわけだ。
江戸時代には主に奢侈贅沢を禁ずる目的で禁煙令めいたものが出されたが、その健康への害がちらほらと取りざたされるようになるのは、洋の東西を問わず19世紀も後半のことだった。
未成年者喫煙禁止法の父
日本におけるタバコ対策の嚆矢といえば、根本正(ねもとしょう)だろう。
1851(嘉永4)年、水戸藩(現在の茨城県那珂町東木倉)で生まれた根本は、水戸学の学者であった豊田天功の家で下男として働きながら、勉学にはげんだ。維新後、米国に渡って28歳で小学校から始めるなど苦学するが、バーモント州立大学で学んで帰国する。
衆議院議員になってからの根本は、米国での体験から1899(明治32)年に国民教育授業料全廃を建議し、義務教育国庫補助法案を成立させるなど、義務教育の普及と充実に努力した。さらに、米国で飲酒や喫煙から子どもたちが不健康な生活をしていたことを知っていたため、1900(明治33)年に未成年喫煙禁止法を、1922(大正11)年に未成年者飲酒禁止法を成立させた(※1)。
根本や日本キリスト教婦人矯風会などが協力して制定させた未成年者喫煙禁止法では、未成年の者が喫煙することを禁止した。また、販売した者や親権者に対する罰則を定め、戦後もその基本的な内容は引き継がれている。現行法の罰則は、未成年者への販売は50万円以下の罰金、親権者らの監督者責任は1万円未満となっている。
「タバコ顔」の母
根本が米国で勉学に励んでいた頃、ルーシー・ガストン(Lucy Payne Gaston)という女性が、米国のシカゴで禁煙連盟(Anti-Cigarette League)を設立する。彼女はキリスト者として禁煙運動に邁進し、アンドリュー・カーネギーやトーマス・エジソン、ヘンリー・フォードなど、彼女の賛同者は次第に増えていった。
そのまま、彼女の禁煙連盟は大きなうねりになるかと思われた。
だが、第一次世界大戦が勃発すると戦費調達のために政府はタバコを推奨し、ガストンは愛国者ではないという烙印を押されることになる。第一次世界大戦後も不遇は続き、その過激な言動から禁煙連盟の組織幹部と衝突を繰り返す。彼女は1924年、路面電車にひかれて死んだ。だが、彼女に批判的だったマスメディアでさえ、その死を悼んだという。
ちなみに、米国第29代大統領のウォーレン・ハーディング(Warren Harding)が1921年に共和党から立候補した際、ガストンはハーディングを「タバコ顔(Cigarette face)」と呼んだ。これが今では喫煙者の「老け顔」を「スモーカーフェイス(Smokerface)」と呼ぶようになった始まりと言われている(※2)。
世界で初めて喫煙と肺がんの関係を示唆したのは、米国ニューヨーク病院で医師をしていたアイザック・アドラー(Issac Adler)という人物だ。彼は1912年にその著書の中で、肺がんを引き起こすと断言するのは拙速かもしれないとしつつ、タバコとアルコールの乱用の可能性を肺がんの原因に挙げている(※3)。
発がん性の検証
世界で初めてタールを塗布することによってウサギの耳に人工的に発がんさせた(1915年)のは日本の山極勝三郎(やまぎわかつさぶろう)だが(※4)、タバコのタールと発がん性の関係について実証したのはアルゼンチンの研究者、アンジェル・ロフォ(Angel Roffo)だ。
ロフォもウサギを使い、1931年にタバコからタールを抽出してウサギの耳になすりつけ、発がんさせることに成功する。
それまでタバコの発がん性物質は、ニコチンかタールか、それとも添加物かわからなかったが、彼は発がんに関してはタールが「主犯」であることを確かめた(※5)。こうしたロフォの業績は、ブエノスアイレス大学のアンジェル・ロフォ腫瘍学研究所として今に引き継がれている。
※1:郷土に学ぶ─那珂町の偉人「根本正」─茨城県教育委員会
※2:Gene Borio, "The Tobacco Timeline", 2007
※3:上田市マルチメディア情報センター「意気昂然と二歩三歩〜山極勝三郎博士の生涯とその業績」
※4:Robert N Proctor, "The history of the discovery of the cigaretteelung cancer link: evidentiary traditions, corporate denial, global toll." Tobacco Control, 21, 2012
※5:Robert N Proctor, "Angel H Roffo: the forgotten father of experimental tobacco carcinogenesis." Bull World Health Organ, vol.84 n.6 Genebra Jun. 2006