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受動喫煙への無理解に潜む「マチズモ」

石田雅彦科学ジャーナリスト
(ペイレスイメージズ/アフロ)

国会の自民党労働部会で、勤務先が完全禁煙でない場合、がん患者が働く場所を選べないことを訴えた議員に対し、心ないヤジが飛んだと話題になっている。ヤジを飛ばした議員は発言を謝罪したようだが、がん患者はそんな事業所で無理して働かなくてもいいという主旨だったと釈明し、また炎上している。

1985(昭和60)年、秋本治の人気連載マンガ『こちら葛飾区亀有公園前派出所』(こち亀、単行本第34巻)の中で、それまでヘビースモーカーだった主人公の両さん(両津勘吉)が高らかに「禁煙宣言」をした。その2年後の1987(昭和62)年10月、厚生省(当時)がいわゆる『たばこ白書』を出し、国と政府は喫煙や受動喫煙の健康被害を正式に認める。

30年以上経っても変わらない日本

それ以来、約30年以上経つが、こうした発言を耳にすると、タバコによる健康被害への無理解は当時と比べ、いっこうに解消されていないように思える。

「国民の健康を抵当に入れて、タバコ税収という安易な歳入手段に頼っているから、財政を破滅させるような医療費のつけに追いまくられているのだ」。

これは1983(昭和58)年に刊行された小坂精尊『いま悪魔の煙を断て─集団禁煙法のすすめ─』の中の一文だ。小坂精尊は1955(昭和30)年頃から変人扱いされるのも厭わず長野県で禁煙友愛運動を始めたパイオニア的な人物だが、今の日本は当時とまったく変わっていない。

なぜ、タバコや受動喫煙の健康被害に対する理解が進まないのだろうか。小坂精尊は、日本が喫煙についてこれほど寛容な国になってしまった責任は全て政治家にある、と断言している。

受動喫煙防止対策強化を求める松沢しげふみ参議院議員は「タバコ利権」の存在を指摘し、政治家は財務省の顔色をうかがい、選挙への影響を考えてなかなかタバコ対策に本腰を入れない、と言っている。冒頭のヤジ議員も自民党のたばこ議連に所属しているようだが、これは財務省とつながりのある議員の多い自民党だけでなく、JT(日本たばこ産業)の労組などから選挙支援を得ている民進党も同じだ。

国会議員は国民の政治的な代表だが、彼らの中でタバコの健康被害に対する理解が低い以上、社会に対するその影響は小さくない。また、日本の国会議員の女性比率は国際的にも低く(163位/193カ国中。G7中最下位)、国会におけるマジョリティは男性だ。

タバコは「オンナコドモ問題」

筆者はタバコや受動喫煙について「オンナコドモ問題」、つまり女性や子どもへのハラスメントという側面があると考えているが、受動喫煙について言えば、その被害者の多くは女性や子どもだ。

日本の喫煙率は女性が引き下げているが、国際的にみても日本の男性の喫煙率は高い。女性の喫煙率が平均の喫煙率を押し下げていることがよくわかる。

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OECD各国の喫煙率の比較。日本の男性喫煙率は高く、女性の喫煙率が低い。緑色の水平線が日本の女性喫煙率。20%を切ったと言われる日本の喫煙率は、実は女性が引き下げているのだ。via. HEALTH AT A GLANCE 2015. OECD

男女の喫煙率を年代別にみてみると30〜39歳の男性は40%、40〜49歳の男性が36.4%、50〜59歳の男性が35.5%となっている。30代40代50代の男性の喫煙率は35%を超えているわけで、この年代の男性、3人に1人が喫煙者だ。

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喫煙率を男女年代別でみる。30〜60歳の男性喫煙率が依然として高いことがわかる。女性で最も喫煙率の高いのは50代だ。

また、職業別の喫煙率をみると「管理的職業」で31.3%となっていることがわかる。これは専門的・技術的、事務従業者の約2倍であり、ホワイトカラーの管理職でも喫煙率が高い。つまり、社会の中で中心的に働き、決定権を持ち、組織の中で責任ある仕事に就いている男性の多くが喫煙者であると言え、これはもう「ノイジー・マイノリティ」ではないのだ。

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職業別の喫煙率をみるとホワイトカラーでは「管理的職業」の喫煙率が高いことがわかる。

ヤジ議員にみるとおり、タバコや受動喫煙の健康被害に対する思いは、非喫煙者の視点がないとなかなか理解が進まない。

日本では女性や子ども、弱者に対し、大人の男性が冷淡過ぎる、と感じることがよくあるが、喫煙行動への擁護の背景にはジェンダー的な意味で一種のマチズモ(男性優位主義、machismo)、ネガティブなパターナリズム(家父長主義、paternalism)とも言うべきものがある。「大人の男のタシナミであるタバコについてオンナコドモは黙っとれ」という意識が、喫煙男性のどこかにあるのではないか。これがタバコ問題は「オンナコドモ問題」と筆者が考える理由だ。

日本の働き盛りの男性、社会や組織で影響力を持つ男性の喫煙率を下げることが、受動喫煙防止対策を含め、タバコ対策全体に大きな影響を与えるのは明白だろう。こうした「粘土層的タバコ男子」ならぬ「ニコチンタール層」喫煙おっさんに対し、禁煙サポートするなどして、なんとか彼らを「悪魔の煙」から救済しなければならない。

※:2017/05/23:0:35:かなりニュアンスが違うため、タイトルを「受動喫煙への無理解に潜む『パターナリズム』」を「受動喫煙への無理解に潜む『マチズモ』」に変えた。

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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