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[特集:南北首脳会談(下)] 南北で一足早く「終戦」なるか…米朝非核化交渉に韓国参加も

徐台教ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長
残照の白馬高地。朝鮮戦争最大の激戦地の一つで1万以上の遺骸が今も眠る。筆者撮影。

なぜ軍事的緊張緩和か

文大統領は今回の首脳会談に臨む姿勢として13日、「今の段階で最も重要なのは南北間の軍事的な緊張、または軍事的衝突の可能性、あるいは戦争の脅威といったものを完全に終息させることだと考える」と明かした。

前記事:[特集:南北首脳会談(上)] 文大統領「南北関係発展と非核化促進が目的」…国内には憂慮の声も

https://news.yahoo.co.jp/byline/seodaegyo/20180915-00096965/

今回、南北の軍事的緊張緩和が正面に取り上げられる理由は大きく四つある。

一つ目は、4月27日の南北首脳会談で合意した「板門店宣言」の第2項に「南と北は朝鮮半島で尖鋭な軍事的な緊張状態を緩和し、戦争の危険を実質的に解消するために共同で努力していく」と明記されている点だ。南北は同宣言の実現を目指しているため、当然といえば当然だ。

二つ目に、いくら口約束をしてもそれに伴う措置がない限り意味が無いという事情がある。南北は過去、1972年の「7.4共同宣言」や1991年の「南北基本合意書」などを通じ南北軍事境界線上での相互挑発を禁止し、同線から南北2キロの非武装地帯(DMZ)の平和利用などで合意してきた。

だが、軍事境界線付近や西海(黄海)のNLL(北方限界線)付近での軍事衝突は後を立たず、非武装地帯とは名ばかりの「重武装地帯」になっているのが現実だ。朝鮮戦争を終結させ、新しい南北関係を目指す文在寅政権としては、軍事力を統制・削減する実質的な緊張緩和措置を成し遂げたい。

三つ目に、今もなお北朝鮮に対する国連安保理制裁が続いているという現実がある。金正恩氏は2011年末に最高指導者の座に就いて以降、弾道ミサイル発射実験と核実験を繰り返す過程で多くの制裁を受けてきた。新規に課された安保理制裁は2016年、17年だけでも6度にのぼる。

この制裁が一部でも解除されない限り、韓国ができることは多くない。特に、北朝鮮側に現金や物資が渡るプロジェクトはほぼ不可能となっている。そればかりか、なんとかその「穴」をかいくぐろうとする韓国側の突出を抑えようとする動きすらある。

一例を挙げると、8月22日から27日にかけ、韓国が「板門店宣言」で合意した鉄道連結事業の一環として、ソウルから北朝鮮の朝中国境の都市・新義州(シニジュ)まで列車を走らせようとしたが、直前になって国連軍司令部に制止され実現しなかった事が挙げられる。

韓国の統一部は「制裁違反が理由ではない」としたが、米朝対話が膠着状態に陥る中、米国側から(在韓米軍司令官は国連軍司令官を兼ねる)ストップがかかったものと見られる。これを踏まえ、南北間で合意するだけで実行に移せる軍事的緊張緩和措置の優先度が増した。

そして最後に、米国との信頼醸成がある。米朝間では7月以降、非核化に向けた会話がストップしているが、これは相互の信頼が不足しているからというのが韓国政府の立場だ。北朝鮮側は「次は米国の番」とし、米側は「まだ足りない」とする堂々巡りが続いている。

韓国としては、南北関係を一歩進めることで北朝鮮側の信頼を担保し、それをもって米側に譲歩する余地を提供する「信頼の仲介」を行いたいところだ。

「南北の終戦宣言」も

軍事的緊張緩和の内容は「板門店宣言」以降の南北軍事当局間の会話で輪郭が見えている。

6月14日に板門店北側の「統一閣」で約11年ぶりに行われた「第8次南北将官級会談」で南北は、西海での軍事的衝突を防止するため軍通信線を完全に復旧する点で合意した。

さらに以下の内容について「十分な意見を交換した」とした。

・(南北間の)一切の敵対行為を中止する問題

・西海北方限界線(NLL)一帯を平和水域として造成する問題

・南北交流協力と往来および接触における軍事的保障を樹立する問題

・板門店の共同警備区域(JSA)を試験的に非武装化する問題

続く7月31日には板門店南側の「平和の家」で、「第9次南北将官級会談」が開かれた。

この会談で南北が新たに合意した内容は無く、前回のように共同報道文を発表することもなかった。だが、韓国国防部は以下の内容について「大枠で見解の一致を見て、具体的な履行時期については議論を続ける」と明かした。

・板門店の共同警備区域(JSA)を試験的に非武装化

・非武装地帯内のGP(前方哨戒所)の相互試験的撤収

・非武装地帯内に残された朝鮮戦争当時の遺骸の共同発掘

・西海上での敵対行為の禁止(8次のNLL平和水域化と同様)

続いて、9月13日から14日の午前3時まで、17時間にわたり「南北軍事実務会談」が行われた。この時もまた、南北共同の合意文は発表されなかった。

韓国国防部は代わりに「今回の会談ではその間、南北将官級会談で議論された事案を中心に、事案別の履行時期と方法などを含めた『板門店宣言履行のための軍事分野合意書』締結に関する問題を協議した」と明かした。

さらに、「今回の平壌首脳会談を契機に南北軍事当局間で軍事分野の協議書が締結される場合、両首脳が『板門店宣言』で合意した軍事的緊張解消および信頼構築のための実質的な措置が具体的に履行される契機となると期待する」とした。

このような動きについて、海軍出身で南北の軍事事情に詳しい慶南大極東問題研究所の金東葉(キム・ドンヨプ)助教授は、自身のフェイスブック上で「結局、平壌に行って首脳会談以前に別途の南北軍事当局間協議書を締結し、これを元に首脳会談で、軍事的衝突可能性と戦争の脅威が完全に終息するという事実上の終戦宣言に準じる状況を南北が作ろうとするように読める」と分析した。

同教授はまた、14日に出演したニュース番組の中で、「これまで南北軍事当局が話してきた内容を首脳会談で繰り返すこということは無い。一歩進んだ、南北の終戦宣言や軍備統制、軍事的緊張緩和措置といった内容が合意文に入ると考えられる」と重ねて述べた。

今回の首脳会談は2泊3日の日程で行われる。金助教授の指摘に沿う場合、軍事当局間の決着が付いてから南北首脳の合意という、タフな交渉になる。

米朝非核化との兼ね合いは? 韓国は「チーフ・ネゴシエイター」

以前の記事でも言及したことがあるが、現時点で米朝の非核化交渉が膠着状態に陥っている理由は「終戦宣言」にある。

朝鮮戦争「終戦宣言」の年内実現なるか…カギはやはり文在寅

https://news.yahoo.co.jp/byline/seodaegyo/20180831-00095174/

簡単に説明すると、北朝鮮側は米国に対し現段階で終戦宣言を要求する一方、米国は非核化リストの提出(核弾頭の6割の申告を含む)を先に求めている状態だ。

北朝鮮側の立場は「非核化の意志に対する国際社会の疑問にもどかしさ」(5日、金正恩国務委員長)というもので、米側の立場は「時期尚早」(15日、北朝鮮政策特別代表スティーブン・ビーガン氏)という言葉に集約される。

韓国政府が今回の南北首脳会談のもう一つの目的を「米朝非核化交渉の促進」としていることは、既に述べた。つまりは、米朝間の認識のギャップを埋めることになる。

だが、それは小手先の言葉で成し遂げられるものではない。だからこそ、前述したように、韓国は北朝鮮との間に事実上の終戦状態を作り上げる「荒療治」を行うことで、トランプ大統領に対し韓国側のある種の「覚悟」を見せるのではないのかというのが筆者の見立てだ。

荒療治というのは理由がある。韓国では現在、経済政策への不信などから文在寅大統領への支持が50%台前半と下降を続けている。

さらに韓国の週刊誌・週刊東亜が16日発表した記事によると、64%の韓国市民が「米韓同盟と歩調を合わせるため、南北関係に速度調節が必要」と答えている。「今年中に不可逆的に進めるべき」と答えたのは30.7%に過ぎない。

なお今月6日、韓国の青瓦台(大統領府)が明かしたところによると、4日の米韓首脳の電話会談の中でトランプ大統領は文在寅大統領に対し、「文大統領が北朝鮮と米国の両方を代表する交渉人、チーフ・ネゴシエイター(chief negotiator)となって、その役割を果たして欲しい」と要請したという。

韓国政府は「攻め」の姿勢を崩していないが、プレッシャーは並々ならぬものがあるだろう。

南北終戦宣言→米朝終戦宣言に持ち込めるか

もう一度、終戦宣言に話を戻す。これもやはり以前の記事で述べたが、韓国側は終戦宣言のハードルを下げている。

文大統領の外交安保特別補佐を務める文正仁(ムン・ジョンイン)延世大特任教授は7日、国会で行った講演の中で「ワシントンで終戦宣言は、それを行う場合に北朝鮮が在韓米軍の撤収を要求するものと受け止められている」としつつ、「韓国政府の考える終戦宣言は政治的で象徴的なもの」との見方を示した。

さらに具体的には「第1条は停戦協定(1953年)以降、非正常的に続いてきた戦争状態を終息させ、第2条は南北、米朝間の敵対関係終息、第3条は平和協定もしく平和条約が締結されるまでは既存の停戦協定と軍事境界線を維持し、国連軍事務所、中立国監視委員会を維持する」と説明した。

つまり、韓国の言う終戦宣言は文字通り「宣言」に過ぎず、相互の信頼を重ね非核化を促進するための「エンジン」であるという位置づけだ。

なお、金正恩氏も5日、訪朝した韓国の特使団に対し「終戦宣言を行うことは米韓同盟の弱体化や在韓米軍撤収とは全く関係がないという立場を伝えた」と韓国政府は発表している。

文正仁教授はまた、韓国政府のねらいとして「終戦宣言と(北朝鮮の非核化リスト)申告視察の同時交換」であるとしている。

このために米朝を説得できる動力を、南北の軍事的緊張緩和を終息させる「事実上の終戦宣言」(それに伴う措置やインセンティブ)から作り出せるのかが、今回の首脳会談のポイントと言える。

「非核化共同事業」に進むことができるか

こうした、南北→米朝への広がりの基盤を作る点と共に、韓国が今回の南北首脳会談で成し遂げたい大切な点は、米朝の非核化についてより直接的な関わりを持つことだ。

前述したように、トランプ大統領が認める「チーフ・ネゴシエイター」となった今、韓国としては「南北米の非核化対話」という過去に前例のない展開も可能になった。

これは過去の「米朝枠組み合意(94年)」や「9.19合意(05年)」など非核化合意が結ばれたのにも関わらず、その検証過程において米朝間で意見差が縮まらない場合、交渉自体が破綻してしまう前例を防ぐ役割がある。韓国が間に入ることでクッションとして調整できるようになったことを意味する。

韓国としてはこの立場を最大限に活かし、14日に北朝鮮の開城(ケソン)に開所した「南北連絡事務所」において定期的な「南北非核化対話」などを行う点で北朝鮮側と合意したいところだ。その上で、申告・査察にまで結びつけたい。

まとめ:未来への大きな一歩となるか

大きく見てきたが、今回の首脳会談で扱われるべき「南北の軍事的緊張緩和」と「米朝非核化交渉の促進」が、互いに関わりを持っている点が理解いただけたと思う。

これと同時に、今回の首脳会談が成功裏に終わる場合には様々な実質的な変化が起きることになる。

韓国の日刊紙・東亜日報は今月8日、「南北が白馬高地での遺骸共同発掘に合意した」と伝えた。

江原道鉄原(チョルウォン)郡にある白馬高地をめぐっては、朝鮮戦争さなかの1952年10月に中国・北朝鮮軍と韓国・国連軍が大激戦を繰り広げ、13000人以上の死者が出たが、遺骸のほとんどは回収されていないという。

同紙によると、南北は今後、白馬高地を抱く大馬里(テマリ)で地雷除去や調査を共同で進めていくという。実現すれば朝鮮戦争最大の激戦地が南北和解の一番地に変わることになる。

筆者が16日、大馬里のキム・ジンス里長(村長)に電話インタビューを行ったところ「民間人にはこれといった通知はないが、現地の軍部隊にはすでに関連した動きがあるようだ」と現地の様子を伝えてくれた。

他にも前述した通り、西海(黄海)上の平和水域の設定など、南北が最も対峙する場所から緊張緩和が行われることになる。

9月下旬にニューヨークで予定されている米韓首脳会談で、文大統領がトランプ大統領を説得するに足る成果を残せるのか。

そしてその後に予定される2度目の米朝首脳会談(筆者は南北米会談になる可能性もあると見る)、さらに年内の終戦宣言締結を見通す合意をもたらすことができるか。

いずれにせよ、今回の首脳会談により、南北の緊張緩和がより進むことになるのは間違いなさそうだ。

ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長

群馬県生まれの在日コリアン3世。1999年からソウルに住み人権NGO代表や日本メディアの記者として朝鮮半島問題に関わる。2015年韓国に「永住帰国」すると同時に独立。16年10月から半年以上「ろうそくデモ」と朴槿恵大統領弾劾に伴う大統領選挙を密着取材。17年5月に韓国政治、南北関係など朝鮮半島情勢を扱う『コリアン・ポリティクス』を創刊。20年2月に朝鮮半島と日本の社会問題を解決するメディア『ニュースタンス』への転換を経て、23年9月から再び朝鮮半島情勢に焦点を当てる『コリア・フォーカス』にリニューアル。ソウル外国人特派員協会(SFCC)正会員。22年「第7回鶴峰賞言論部門優秀賞」受賞。

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