[特集:南北首脳会談(上)] 文大統領「南北関係発展と非核化促進が目的」…国内には憂慮の声も
会談の目的は2つ
13日にソウル市内で「元老諮問団懇談会」が行われた。これは南北首脳会談に先立ち、大統領が諮問団の意見を聞くために設けられた席だ。
諮問団には「太陽政策(包容政策)」を具体化し実行した林東源(イム・ドンウォン)元統一部長官を座長に、韓国政府の高官として南北対話を行ってきた李鍾ソク(イ・ジョンソク)元統一部長官や、朴智元(パク・チウォン)議員、鄭東泳(チョン・ドンヨン)議員などが名を連ねている。
文在寅大統領は会議の冒頭発言で、南北首脳会談について説明した。よく現状が整理されているので、引用しつつ韓国側の立場を整理する。
まず、会談の目的について「一つは南北関係を改善・発展させるものであり、もう一つは非核化のための米朝対話を仲裁し促進するものと言える」と述べた。では、それぞれ見ていきたい。
(1)南北関係を改善・発展させる
文氏はまず、南北関係について「私たちが思っていたよりも活発に早いスピードで進んでいる。就任後1年4か月の間に三度も会うとは誰も想像していなかったのでは」との認識を示した。
一方で、「国際制裁という枠の中で南北対話を発展させていくしかないため、そうした面では色々なもどかしい部分や惜しい部分がある」と認めつつも、「与えられた条件の範囲で最善を尽くしている」と評価した。
その上で「南北関係はこれ以上新たな宣言が必要な段階を越えたと考える。前回の『4.27共同宣言(板門店宣言)』とそれ以前にあった南北間の合意を、中身のある形で実践していくことが重要」と今後の課題を位置づけた。
板門店宣言とは、今年4月27日に11年ぶりに行われた南北首脳会談で署名されたもの。「朝鮮半島にこれ以上の戦争が無く、新しい平和の時代が開かれたことを8000万のわが同胞と全世界に厳粛に闡明(表明)」し、以下の3つの原則と13の項目について実践するとした。
4.27板門店宣言要旨
(通し番号および文末の達成率%は筆者による)
1.南と北は南北関係の全面的で画期的な改善と発展を成し遂げることにより、途絶えた民族の血脈をつなぎ、共同繁栄と自主統一の未来を引き寄せていく。
(1)過去の南北宣言とあらゆる合意の徹底的な履行(30%)
(2)高位級会談、赤十字会談など当局間協議の再開(60%)
(3)南北共同連絡事務所を北朝鮮の開城(ケソン)に設置(100%)
(4)南北交流、往来の活性化(30%)
(5)民族分断による人道的問題を解決。南北離散家族再会事業の実施(30%)
(6)鉄道、道路連結事業を推進(10%)
2. 南と北は朝鮮半島で尖鋭な軍事的な緊張状態を緩和し、戦争の危険を実質的に解消するために共同で努力していく。
(7)相手方に対する一切の敵対行為を全面的に中止。まずは5月1日から軍事境界線一帯で実施。(80%)
(8)西海(黄海)の北方限界線一帯を平和水域に(10%)
(9)接触が活性化することにより起こる軍事的問題を協議解決するため、軍事当局者会談を頻繁に開催。5月に将官級軍事会談(40%)
3.南と北は朝鮮半島の恒久的で強固な平和体制構築のために積極的に協力していく。
(10)不可侵合意の再確認および遵守(60%)
(11)軍事的緊張解消→軍事的信頼構築→段階的軍縮(30%)
(12)年内に終戦を宣言。停戦協定を平和協定に転換するための南北米、南北米中会談の開催を推進(10%)
(13)完全な非核化を通じ、核のない朝鮮半島を実現する共通の目標を確認。首脳会談、ホットラインを定例化。今週に文在寅大統領が平壌訪問(50%)
宣言全文はこちらから。
[全訳] 「朝鮮半島の平和と繁栄、統一のための板門店宣言」(2018年4月27日)
https://news.yahoo.co.jp/byline/seodaegyo/20180427-00084545/
しかし、この板門店宣言の実施には、「本格的な南北関係の発展は、国際制裁が解けてこそ可能で、それはまた北朝鮮の非核化が完成してこそ可能である」(文大統領)という壁がある。
そこで韓国側としては、今回の南北首脳会談を通じ「制裁下でもできること」+「これまでできなかったこと」を進めるつもりだ。
「軍事的緊張緩和」をメインに
これについて文氏は「今の段階で最も重要なのは南北間の軍事的な緊張、または軍事的衝突の可能性、あるいは戦争の脅威といったものを完全に終息させることだと考える」の見方を示した。
さらに「今回の首脳会談では陸地では休戦ライン、非武装地帯(DMZ)を中心とする一帯、海上では西海(黄海)NLL(北方限界線)を中心にする地域で軍事的衝突の可能性、軍事的緊張、またはそれによる戦争の脅威や恐怖といったものを完全に終息させることに集中して努力する」と、具体的に明かした。
ここで挙げられた地域では今も南北の軍事力が直接対峙し、過去には実際に武力衝突が起きていた。
つい3年前の15年8月には非武装地帯の漣川(ヨンチョン)郡を境に南北が砲弾を打ち合う事態が起きたばかりだし、西海NLL付近では99年、02年、09年に南北の艦船が砲を交えている。10年3月には韓国軍の哨戒艦「天安」が北朝鮮により「爆沈」される事件があり、同10月にはやはり北朝鮮による延坪島(ヨンピョン)島砲撃事件があった。
今後の目標である朝鮮戦争の終戦宣言や平和協定といった「枠組み」作り以前に、実質的な平和を作り出すのが狙いだ。枠組みができても、それに伴う措置が必要になるため、合理的なアプローチといえる。
(2)非核化のための米朝対話を仲裁し促進する
米朝間での非核化対話の進展について文氏は、「最近、米朝関係と対話が膠着状態に陥っているのではないかという話があるが、私は期待以上にとても速く進んでいると考える」との認識を示した。
米朝の公式な直接対話は7月6日のポンペオ国務長官の訪朝以降、2か月以上にわたり行われていない。しかし9月10日、米国のホワイトハウスは「金正恩氏からトランプ大統領と二度目の首脳会談を要請する親書が到着した」と明かし、会談の準備に入っていると発表した。
文氏はまず、北朝鮮側の努力に言及した。「北朝鮮は今後、核とミサイルをより発展させ高度化させていく能力を放棄したと言える。言わば『未来の核』を廃棄する措置をすでに執ったと考える」との見方を明かしたのだ。
その根拠として「核試験場の廃棄」と「ミサイルエンジン試験場の廃棄」を挙げた。これはそれぞれ、今年5月24日の豊渓里(プンゲリ)核実験場爆破と、7月から8月にかけて米メディアで報じられた平安北道東倉里(トンチャンリ)にある「西海衛星発射場」解体作業を指すものだ。
なお、前者については米韓をはじめとするメディアが立ち入ったものの(その実態はともかく)、後者については6月12日の米朝首脳会談の席で金正恩国務委員長がトランプ大統領に直接その意図を伝えたのみで、北側のメディアを通じ実態が明らかにされた事実はない。
ただ、9月に訪朝した韓国の特使団団長を務めた鄭義溶(チョン・ウィヨン)国家安保室長は韓国に戻った直後の6日に行った会見で、「金正恩委員長が『東倉里のミサイルエンジン試験場は、北朝鮮唯一の実験場であるだけでなく、これは今後、長距離弾道ミサイル実験を完全に中止するということを意味する、とても実質的で意味のある措置』と言及した」と伝えている。
米朝非核化交渉の現状分析「悲観的でない」
文氏はさらに北朝鮮の課題として「現在保有している核兵器、核物質、核施設、核プログラムといったものを廃棄する段階に向かわなければならない」と言及した。
しかしこれが実現しない要因として、北朝鮮側の「想い」を代弁した。
「北朝鮮は米国に対し、これ(豊渓里爆破、東倉里解体)に相応する措置を要求している。『米国は米韓軍事訓練を中断すること以外に何もしていない。北側が行った措置は一つ一つがみな不可逆的な措置であるのに、軍事訓練はいつでも再開できる』とし、追加の措置に進むために、米国に相応する措置を求めているのが膠着の原因である」というのだ。
一方で文氏は「悲観的に見ていない」とする。
「米朝は互いの信頼を重ね重ね確認している。米朝双方ともに『やらない』と言っている訳ではない。北朝鮮は非核化をすると言い、米国も米朝間の敵対関係を終息させ体制を保障する措置をするとしている」と続け、議論は継続中であるとの見方を示した。
その上で、「互いに先に履行せよと止まっているが、十分に接点を探し、提示し、対話を再び促進し、非核化がより速く進むようにすることが、私たちがするべき役割のうち一つだ」と述べた。
韓国内では批判の声も
このような文大統領の認識について、韓国内では批判する声や会談の行方を危惧する声も少なくない。
例えば日刊紙・文化日報は14日の社説「『北が未来の核を放棄した』という文大統領の認識は間違っている」の中で、「北朝鮮は6度の核実験を行ったため追加の核実験が必要なく、技術を進める方法が他にもたくさんある」とする一方、「北朝鮮は核プログラムを追加で開発している」、「どんな核活動中断の兆候も見つからなかった」というIAEA(国際原子力機構)の意見を引用し批判した。
また、李明博政権時代に統一部次官(11年10月〜13年3月)を務めた金千植(キム・チョンシク)氏は12日、筆者のインタビューに対し「北朝鮮の非核化は意志でなく行動で判断するべき。核問題が完全に解決していないのに『解決した』と理解したり主張することはとても危険だ」と主張した。さらに「韓国は非核化問題の明確な当事者として会談に臨む必要がある。完全な非核化について、韓国がどこよりも強い態度を持たなければならない」と述べた。
南北関係についても「急ぎ過ぎ」との意見もある。高麗大学アジア問題研究所の南光圭(ナム・グァンギュ)研究教授(鷹峯統一研究所代表)は13日、筆者とのインタビューで、「一見すると文大統領が主導しているように見えるが、実際に主導しているのは金正恩氏ではないのか。北朝鮮に主導権を渡してはいけない。今は米韓同盟を重視し(米韓で)歩調を合わせるべき」との見方を強調した。
求められるのは「成果」
南北間で今年行われた首脳会談を振り返ると、一度目(4月27日)は11年ぶりの首脳会談として関係回復の第一歩を踏み出すと共に、はじめて「朝鮮半島の非核化」に首脳間で合意する成果を残した。
二度目(5月26日)は史上初となる米朝首脳会談をトランプ大統領が「延期」したこと受け、金正恩氏の非核化意志を確認し伝える「信頼の仲介」を果たすことに成功し、米朝首脳会談実現を引き寄せた。
三度目となる今回の会談に求められているのは「成果」であるという点で、文大統領も世論も共通の認識を持っている。それでは会談ではどんな内容が議論されるのか。その大枠は既に見えている。明日(16日)の記事で言及する。