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「タバコ規制」はどれくらい「病気を減らす」のか:日本の研究者が評価

石田雅彦科学ジャーナリスト
(写真:イメージマート)

 日本でもタバコ規制が厳しくなり、特に受動喫煙の被害の防止については他国並みに追いついた部分もある。日本の一橋大学の研究グループが、タバコ規制がどれくらい病気や死亡を減らすのかについて複数の研究を比較評価する方法でまとめた論文を米国医師会が刊行する医学雑誌に発表した。

タバコ規制とは

 厚生労働省の研究班がまとめた「たばこ対策の推進に役立つファクトシート(2021年版)」によれば、日本でのタバコによる超過死亡数(2019年)は年間21万2000人となる。また、タバコ関連疾患による超過医療費(介護費などを含む)などの経済損失は総額で約1兆8000億円だ。

 世界的にもタバコにより年間約870万人が亡くなっているが(※1)、受動喫煙の被害を含むタバコによる被害は人類にとって脅威の一つと考えられている。そのため、WHOをはじめ各国政府はタバコによる死者や患者を減らすために政策にタバコ規制を取り入れ、日本も加盟するタバコ規制の国際条約も整備されてきた。

 タバコ規制は主に、喫煙エリアの制限と禁煙エリアの拡大(受動喫煙の被害の軽減を含む)、タバコ増税、喫煙最低年齢の引き上げ、タバコ会社の活動制限と広告規制、禁煙サポート、タバコの害の知識の普及、タバコパッケージへの警告写真の記載などがある。そして、これまでの研究によれば、こうしたタバコ対策は例えば心血管疾患、脳血管疾患、呼吸器疾患のリスクを下げ、新生児や乳幼児の死亡減と関係があるとされてきた(※2)。

 ただ、個々のタバコ規制を評価し、これらがそれぞれの病気をどれくらい減らし、亡くなる人をどれくらい減らすのかについて総合的な研究(システマティックレビューやメタ分析など)はこれまでなかった。今回、日本の一橋大学の研究グループが、国や地域など行政単位での大規模なタバコ規制政策とタバコ関連疾患との関係をシステマティックレビューとメタ分析によって調べ、米国医師会が刊行する医学雑誌に発表した(※3)。

心血管疾患、呼吸器疾患、出生時の有害事象のリスク低減

 同研究グループは、タバコ規制と健康への影響に関する144論文(2022年3月1日まで)を分析し、それらの論文の結果を比較し、統合的な手法で評価した。その結果、喫煙の法的規制、タバコ増税、多方面からのタバコ規制、タバコ購入年齢の引き上げに関する論文が抽出され、喫煙の法的規制は心血管疾患(急性心筋梗塞、虚血性心疾患など、オッズ比0.90)と呼吸器疾患(喘息、慢性閉塞性肺疾患、肺炎、気管支炎、肺がんなど、オッズ比0.83)にかかるリスクを下げ、これらの病気による入院リスクを下げ(オッズ比0.91)、有害な出生事象(低体重児出産、早産、死産など、オッズ比0.94)リスクを下げることに関係することがわかった。

 同研究グループは、特に喫煙に関する法的な規制は、心血管疾患、呼吸器疾患、出産時の有害事象を減らす効果が期待できるとし、国民の生命と健康を守るために各国政府は禁煙政策を加速させる必要があるとしている。ちなみに、出版バイアス(結果の出た研究だけが出版される傾向にあることによるバイアス)による影響はなかった。

 この論文の結果について、筆者の一人である一橋大学大学院経済学研究科教授、中村良太(なかむら・りょうた)氏にメールでコメントをいただいた。

──日本では改正健康増進法が2020年4月1日から施行されていますが、今回抽出された論文に日本のものはないようです。これはなぜでしょうか。

中村「2020年の改正健康増進法が健康に与えた影響については、該当する論文がありませんでした。これはおそらく検索期間(2022年3月1日まで)が原因だと思います」

──メタ分析では、タバコ増税や価格が健康に明確な影響がなかったとあり、またナラティブ文献レビュー(narrative synthesis)ではタバコ税収増と健康イベントの減少に関係があったとありますが、これらについて詳しく説明していただけませんでしょうか。

中村「今回の研究では、タバコ税や価格政策が健康アウトカムに与えた影響について、メタアナリシスが可能になるだけの数のエビデンスが見つかりませんでした。メタアナリシスはできませんでしたが、それぞれの研究について結果をまとめたのがナラティブレビューの結果です。これは余談ですが、タバコ税が喫煙行動(禁煙や喫煙本数などの行動アウトカム)に与えた効果を分析した論文はたくさんあります。今回の研究は健康アウトカムへの効果を分析した論文に絞って分析しました」

──今回の論文の結果から、タバコ規制の特にどんな要件が疾病のリスク減の影響をおよぼしていると考えられますか。

中村「今回の研究では、公共の場での喫煙の規制に関しては規制の『強さ』にかかわらず効果が見られたことがわかりました。ただ、分析対象となった個別の政策について、なぜ効果があったのかについては調べていません」

 禁煙政策は例えば受動喫煙の被害の防止についてエリアや条件を区切って施行されることがあり、それぞれの政策を比較することは難しい。ただ、同研究グループは全面的な禁煙政策と部分的な禁煙政策に分けて分析したところ、大きな違いはなかったという。

 こうした研究は、積極的に禁煙政策が実施されている欧米先進国を対象としたものが多い。同研究グループは、中低所得国でも同じような結果が出るのではないかと述べている。

 以上をまとめると、タバコの法的な規制は、特に心血管疾患、呼吸器疾患、出生時の有害事象のリスク低減に関係していることがわかった。日本の改正健康増進法は、主に受動喫煙の被害を防ぐためのものだが、結果的に喫煙者を減らし、国民の生命や健康を守るための政策だ。今後より一層、規制を厳しくしていく必要があるだろう。

※1:GBD 2019 Risk Factors Collaborators, "Global burden of 87 risk factors in 204 countries and territories, 1990–2019: a systematic analysis for the Global Burden of Disease Study 2019" THE LANCET, Vol.396, Issue10258, 1223-1249, 17, October, 2020

※2-1:J V. Been, et al., "Effect of smoke-free legislation on perinatal and child health: a systematic review and meta-analysis" THE LANCET, Vol.383, Issue9928, 1549-1560, 2014

※2-2:K Frazer, et al., "Legislative smoking bans for reducing harms from secondhand smoke exposure, smoking prevalence and tobacco consumption" Cochrane Database Systematic Review, Vol.2(2), CD005992, 2016

※2-3:T Faber, et al., "Effect of tobacco control policies on perinatal and child health: a systematic review and meta-analysis" THE LANCET Public Health, Vol.2(9), e420-e437, 2017

※2-4:Y Rando-Matos, et al., "Smokefree legislation effects on respiratory and sensory disorders: a systematic review and meta-analysis", PLoS One, Vol.12(7), e0181035, 2017

※2-5:T Faber, et al., "Tobacco control policies and perinatal and child health: a systematic review and meta-analysis", Tobacco Induce Disease, Vol.16(1), 157, 2018

※2-6:M Gao, et al., "The effect of smoke-free legislation on the mortality rate of acute myocardial infarction: a meta-analysis", BMC Public Health, Vol.19(1), 1269, 2019

※2-7:M K. Radó, et al., "Cigarette taxation and neonatal and infant mortality: a longitudinal analysis of 159 countries", PLOS Glob Public Health, Vol.2(3), e0000042, 2022

※3:Shamima Akter, et al., "Evaluation of Population-Level Tobacco Control Interventions and Health Outcomes A Systematic Review and Meta-Analysis" JAMA Network Open, Vol.6(7), e2322341, 7, July, 2023

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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