電通過労自死事件から、私たちが学ぶべきものは何か~政府の「働き方改革」を問う~
刑事事件になったことの意味
電通の新人の女性社員が過労自死された事件について、刑事事件においても電通の責任が問われて裁判が開かれ、大きく報道されました。
電通裁判 社長が違法残業認める 罰金50万円を求刑(NHK NEWS WEB)
そもそも、残業代不払いなど労働時間に関する労働基準法違反は、刑事罰をも科される立派な犯罪行為です。とはいえ、数多く起きている労働基準法違反について、実際に刑事事件として処罰されるケースは極めて少ないのが実態です。
しかも、刑事罰が科されるケースでも、ほとんどのケースは簡易な刑事事件で行われる「略式手続き」が選択されます。この略式手続きでは、手続きが公開されず進行してしまうので、公開の法廷に被告人が出頭して審理されることはなく、公開の法廷で被告人態度等が世間の眼に触れることもありません。
ですが、今回は、労働基準法違反が、公開の法廷で審理される極めてレアケースです。裁判の様子を関する報道を通じても、刑事事件として多くの人目に触れることになりました。
こうやって、刑事事件として公開の法廷で審理がなされることは、世の中の方に、長時間労働に関する労働基準法違反はきちんと刑事罰だって科されるのだということを知っていただく意味で、大きな意義があったと思います。きちんと捜査し起訴した労働基準監督署や検察官の捜査機関、略式手続きでは無く正式公判を選択した裁判所(今回は裁判所の判断で正式公判となりました)の決断には、敬意を表したいと思います。
そして、私たち一人一人が、電通過労自死事件から何を学ぶのか、真剣に考えることが求められているだろうと思います。
電通の働かせ方だけが問題なのか?
電通過労自死事件を考える上で重要なのは、過労死・過労自死で命が奪われるケースはこれが氷山の一角に過ぎないということです。
平成28年度の脳・心臓疾患に関する労災の請求件数は825件(死亡は261件)・認定件数260件(うち死亡は107件)、精神障害についての請求件数は1586件(うち、自死は198件)・認定件数498件(うち、自死は84件)です。電通過労自死事件以外にも、数多くの命が職場で奪われているという実態があるのです。
電通過労自死の問題は、単に日本を代表する大企業・電通という一企業の問題として終わらせず、社会全体でなぜ過労死・過労自死を生む長時間労働が無くならないのか、長時間労働を本当に防ぐためには何が社会には求められているのか、企業・労働者一人一人・労働組合・地域は何をすべきか、他人事ではなく向き合うことが必要でしょう。
私たち一人一人も、そして何よりも問われているのは、働き方に関する法律整備を行う政治の厳しい監視でしょう。
「働き方改革」は電通過労自死事件を教訓にしているのか
安倍政権は、「働き方改革」として長時間労働是正を掲げています。
電通過労自死事件が報じられた後の2017年1月の安倍総理の施政方針演説をみてみましょう。
ここでは、社名こそ出されていませんが、明らかに電通過労自死事件を念頭に、「長時間労働の是正に取り組みます」と決意が述べられています。
重要なのは、施政方針演説で述べられる「言葉だけのパフォーマンスではなく、しっかりと結果を生み出す働き方改革」を、安倍政権が実現しようとしているのか、ということでしょう。
結論から言えば、全くダメです。
口先だけならともかく、全く逆行する長時間労働を加速させる政策を実行しようとしているのですから、欺瞞的としか言いようがありません。
安倍政権が「働き方改革一括法案」でやろうとしている真実
下記報道にあるとおり、安倍政権は働き方改革に関する7つもの制度を乱暴にまとめ1つの法案にしてしまい、セットで成立を目指しています。
【社会】働き方改革一括法案に 残業代ゼロ/上限規制/同一労働同一賃金
長時間労働是正の関係では、罰則付の労働時間上限規制が提起されています。
これは、過労死ラインを超える上限の数値設定では過労死は防げず実効性がないこと、労働時間の記録がなされない現状で上限の規制だけを入れたら隠れ残業が横行するだけ(底の抜けたバケツに水を入れるようなもの)などの問題があります。とても本気の改革とは言えません。ですが、曲がりなりにも長時間労働是正を目指す制度ではありますから、まだいいでしょう。
問題なのは、いわゆる、残業代ゼロ法案・定額¥働かせ放題法案と労働側から強く批判されている、裁量労働制の拡大、高度プロフェッショナル制度創設です。この制度は、どう考えても長時間労働是正では無く、労働時間規制の緩和です(しかも激烈な)。これが、安倍総理が今年の年初に国民に約束した「言葉だけのパフォーマンスではなく、しっかりと結果を生み出す働き方改革」の実現であるというなら、欺瞞以外のなにものでもありません。
安倍政権は、全く制度の狙いが真逆の法案をセットにして、一緒に国会を通してしまおうと抱き合わせ販売を試みているのです。こんな欺瞞的な手法に、騙されてはいけません。
残業代ゼロ法案は電通過労自死事件を踏みにじるもの
電通過労自死事件のご遺族は、2017年2月10日に行われた集会にビデオメッセージを寄せ、こんなコメントをされました。
娘のように命を落としたり、不幸になる人をなくすためには、長時間労働を規制するための法律が、絶対必要だと思います。
36協定の上限は、100時間とか80時間とかではなく、過労死することがないように、もっと少ない残業時間にしてください。
また、日本でも、一日も早く、インターバル規制の制度をつくり、労働者が、睡眠時間を確保できるようにして下さい。
残業隠しや36協定違反などの法令違反には厳しい罰則を定めるのが大事だと思います。
逆に、労働時間の規制をなくす法律は、大変危険だと思います。
高度プロフェッショナル制や裁量労働制など、時間規制の例外を拡大しないでください。
娘は戻りません。娘のいのちの叫びを聞いて下さい。
娘の死から学んで下さい。死んでからでは取り返しがつかないのです。
ぜひ、しっかりと議論をして、働く者のいのちが犠牲になる法律は、絶対につくらないでください。
このご遺族のメッセージを全く無視しているのが、安倍政権が進める「働き方改革」と言えるでしょう。
以下の記事にあるとおり、裁量労働制の適用拡大は、第3の電通事件も招きかねないものです。
法人営業職への裁量労働制の適用拡大は、第3の電通事件を招きかねない(上西充子- Y!ニュース (2017年4月14日) )
この佐々木弁護士の記事も、安倍政権が進める労働時間法制の危険性が分かり易く参考になります。
要するに、安倍政権は、長時間労働を是正すると言いながら、提出している法律では、長時間労働の温床となっている裁量労働制の大幅な規制緩和と、高度プロフェッショナル制度により一定の高年収者の労働時間規制をほぼ全て取り払おうとしています。
本来なら、上記ご遺族のコメントにあるとおり、過労死ラインではなく、実効性ある労働時間の上限規制を導入すること、勤務と勤務との間に一定の休息を義務づける勤務間インターバルを法的義務化すること、厳しい罰則を設けること、やるべきことは沢山あります。
ですが、こういった事には手をつけず、なぜ逆行する長時間労働を加速する法律を成立させようとしているのか、私たち一人一人も、電通事件から学んだ教訓を活かして、政治を監視する必要があります。
来月には解散総選挙が実施されると言われています。
その際に誰に投票するべきか、「働き方改革」における安倍政権の欺瞞的な対応についてきちんと評価をして、投票をしてほしいと思います。
再度、安倍総理の2017年1月の施政方針演説を確認しましょう。
言葉だけのパフォーマンスではなく、しっかりと結果を生み出す働き方改革を、皆さん、 共に、進めていこうではありませんか。
私には、安倍政権の長時間労働に対する「働き方改革」こそ、総理が述べる「言葉だけのパフォーマンス」としか思えません。