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教員「定額働かせ放題」をうむ給特法・「よくある誤解」をQ&Aで解説

嶋崎量弁護士(日本労働弁護団常任幹事)
(提供:イメージマート)

給特法の枠組みは現状維持のママ

公立学校教員(*1)の深刻な長時間労働・教員不足が問題となっています。

それを踏まえ、令和6年4月19日に、教員の処遇などを議論する中教審の特別部会で示された「素案」(「令和の日本型学校教育」を担う質の高い教師の確保のための環境整備に関する 総合的な方策について(審議のまとめ)」)で、給特法の枠組みを維持する方向性が示されたことが報じられ、多くの批判的な反応があり注目を集めています。

そして、令和6年5月13日(月)に開催される第13回の部会では、その「素案」が確定した部会の方策として、まとめられると予測されます。

しかし、既に先日公開したYahoo!記事に執筆したとおり(「公立教員から労基法を奪う給特法の廃止を!」)、素案は労基法が定める労働時間の規制が及んでいない現状を放置するものでした。

むしろ、素案で示された調整額増額は、長時間労働削減には悪影響です。

残業代の代わりに払われる教職調整額を引き上げるようにとすることで、「何かやった感」を社会にも植え付け、「給料をアップしたから文句言わずに働くべき」という意識が労使に芽生え、変わりつつある働き方への現場の意識も奪われてしまうでしょう。

端的に、給特法を廃止して、教員が奪われた残業を減らす労基法(*2)という武器(労基法の残業上限規制&残業代の仕組み、厳格な時間把握)を、教員にも与えることがなぜできないのでしょうか。。。

とはいえ、既に50年以上(給特法施行は1972年)、教員職場に馴染んでしまっている給特法が廃止された後の職場のイメージがわかないのも、無理はないでしょう。

この記事では、ちまたに広がる給特法を廃止したらココが困るというよくある誤解について、QA方式で解説してみようと思います。

Q1 給特法を廃止したらどうなるのか?廃止だけでは対案がないのでは?

A1 給特法を廃止すると労基法が適用されるだけで、法的空白は生まれません

労基法は、教員を含む全ての「労働者」に適用される憲法27条2項に基づく最低基準です。

むしろ、給特法が本来適用されるべき労基法の適用を排除しているだけで、原則形態に戻すものです。

Q2 残業代を払う財源がないので実現できないのでは?

A2 現状の長時間労働を放置して多額の残業代を払うことを想定していません。

むしろ、予算が有限だからこそ生じる、残業代支払いによる残業時間削減効果により、残業のない働き方を実現しようとしているのです。

Q3 給特法が廃止されたら、残業代が払われて満足して、時短の取り組みがすすまないのでは?

A3 逆でしょう。残業代制度の趣旨は、長時間労働の抑制です。

給特法を廃止して、(実質的に、定額働かせ放題の現状から)使用者が残業代を払わねばならない状態を生み出すからこそ、労働時間削減に対して国・地方自治体・学校が連携し、本気にならなければならない状態がうまれるのです。

Q4 給特法廃止より教員増や業務削減が先ではないでしょうか?

A4 両方必要です。給特法廃止で適用される労基法の労働時間規制は、時短という目的との関係では、具体的な対策(教員増・業務削減)を実効化するための手段です。労基法をつかって、教員増・業務削減を実現していくのです。

むしろ、労基法の適用による手段(武器)を活用せず、教員の長時間労働が是正できなかったことは、この間の殆ど成果がみられない取り組みで明らかです。

Q5 長時間労働を受け入れる職場風土こそ変えるべきではないでしょうか?

A5 むしろ、給特法により職務の特殊性(給特法1条)が強調され、教員から労働時間に対する意識を奪い、職場風土を生み出す要因になっています。給特法を廃止して当たり前の労基法適用の職場にしなければ、職場風土を変えることもできないでしょう。

Q6 教員の職務は特殊性があり、労基法の適用はなじまないのでは?

A6 同じ「教員」である私学や国立大学附属の教員にも、大学教員にも労基法が適用されていますので、職務の特殊性は労基法の適用を排除し続ける理由とはならないでしょう。

「職務の特殊性」は多くの仕事に存在し、たとえば医師も大学教員も、それぞれ特殊性はあるけれど、労基法の労働時間規制は基本的に適用されています。

給特法が定める職務の特殊性が、公立学校教員にだけ、都合良く人件費(教育予算)削減のために使われ、他の労働者と同じ労働時間管理はなじまないとされ、長時間労働が放置されてきた要因になっていることを直視すべきでしょう。

Q7 給特法を廃止したら、持ち帰り残業を強制されたり、記録せずに隠れて働くように強いられてしまうだけで意味が無いのでは?

A7 違法な運用であっても、労基法の労働時間規制が適用される職場でも、持ち帰り残業を強制されたり、タイムカードを打刻してから働かされたりする(または労働者が自発的に働く)実態は、あふれかえっています。

教員と他の労働者との違いは、そのような違法な実態を少しずつ変えていく法的な武器がないことです。

なお、持ち帰り残業は立派な労働時間(テレワークの労働時間管理が、労使の課題として取り組まれています)ですから、持ち帰り残業=労働時間ではないというのは、給特法の世界にどっぷり漬かってしまった方にありがちな誤解です。

Q8 給特法下では4項目以外の残業を命じられないとなっているのだから、給特法を廃止しない方がよいのでは?

A8 給特法の建前はその通りですが、現場の運用実態とは大きく乖離し、4項目以外の残業(部活動などが典型)が自主的活動であるとして労働時間とすら扱われず放置されているのが実状です。

そして、重要なのは、自主的活動であるされてしまう法的な根拠は、教員の職務の特殊性を規定する給特法にあることが裁判例でも示されていることです。給特法を廃止しないと残業を自主的活動としてしまう現在の歪んだ現場の運用を是正することはできないでしょう。

Q9 現在、給特法を活用して残業を拒否しています。給特法が廃止されてしまったら残業を拒否する根拠を失うので困ってしまいます。

A9 労基法の世界に入ると、使用者が自由に残業を命じられるというのが誤解です。

労基法は、1日8時間・週40時間を超えて使用者が労働者に労働をさせてはいけないのが原則です。例外的に残業させるには、労働者代表との間で、対象労働者の範囲・期間・時間数等を定める労使協定(36協定)締結が必要です。

労働者側の代表が36協定の締結を拒否すれば、使用者は1分たりとも残業をさせることはできません(4項目含む)。

36協定を締結しても、その上限時間は厳格に定められていますので、無尽蔵な残業は許されません(原則月45時間の残業が限度。通常予見できない臨時的な業務以外、月45時間を超える残業は許されません)。

36協定締結時に、学校単位でその実情に即して労使で話し合い、職場の実態に即し残業時間の上限を画していく運用となります。

個人での孤立した取り組みから、職場の労働者集団での取り組みに移行していくことになるといえるでしょう。

Q10 給特法廃止だけで、長時間労働削減が実現するとは思えないのですか?

A10 残念ですが、その通りです。給特法廃止「だけ」で劇的に労働時間が減るとは思いません。一般の労基法適用の職場でも、長時間労働の職場は残存し、日々、労使での削減努力がなされています。

給特法は、長時間労働を生み出す法的な阻害要因の一つですが、給特法廃止が唯一の対策ではありませんので、労基法を「武器」に、さらに教員増・業務削減等の取り組みが必要です。給特法廃止は、労基法という他の職場が持つ長時間労働削減の「武器」を教員職場にも取り戻すという意味があるのです。

*1 断りの無い限り、本記事で示す「教員」は公立学校教員のみをさすことにします。

*2 公立学校教員は、今でも全ての労基法の適用が排除されている訳ではありませんが、分かりにくくなるのを避けるため、本文中は単純化して「労基法の適用が排除」との書いている箇所があります。

弁護士(日本労働弁護団常任幹事)

1975年生まれ。神奈川総合法律事務所所属、ブラック企業対策プロジェクト事務局長、ブラック企業被害対策弁護団副事務局長、反貧困ネットワーク神奈川幹事など。主に働く人や労働組合の権利を守るために活動している。著書に「5年たったら正社員!?-無期転換のためのワークルール」(旬報社)、共著に「#教師のバトン とはなんだったのか-教師の発信と学校の未来」「迷走する教員の働き方改革」「裁量労働制はなぜ危険か-『働き方改革』の闇」「ブラック企業のない社会へ」(いずれも岩波ブックレット)、「ドキュメント ブラック企業」(ちくま文庫)など。

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