法人営業職への裁量労働制の適用拡大は、第3の電通事件を招きかねない

長妻昭議員の2月17日衆議院厚生労働委員会におけるパネル資料に加筆の上、筆者作成

「働き方改革実行計画」に埋め込まれた、高度プロフェッショナル制度の導入と裁量労働制の適用拡大という「地雷」

働き方改革実行計画」が3月28日に決定されたことにより、時間外労働の上限規制の法制化に注目が集まっている。

一方で、既に法案として2015年4月3日に国会に提出され継続審議となっている労働基準法改正案では、労働時間規制の適用を除外する高度プロフェッショナル制度の導入とともに、法人営業職などへの裁量労働制の適用拡大がねらわれており、この法案の扱いが今後どうなるのかが懸念される。

というのも、この法案には連合をはじめとする労働界が強く反対してきたにも関わらず、上記の「働き方改革実行計画」の中には、同法の国会での早期成立を図る旨が書き込まれており、あたかもその法制化に労働側も同意しているかのような書きぶりになってしまっているからだ(下記の記事を参照)。

「働かせ方改革」ならぬ「働き方改革」のためには、「残業代ゼロ法案」の撤廃と「休息時間確保権」の保障を(上西充子)- Y!ニュース (2017年4月2日)

この国会提出中の労働基準法改正案がもし審議に入り、可決・成立することがあれば、仮に今後、時間外労働の上限規制が法制化されたとしても、その対象外の労働者が拡大することになる。

それはまさに産業界がねらっていることなのだが、下記の東京新聞の記事などを除き、あまりその問題が注目されていないように思える。

●東京新聞:<過労社会 働き方改革の行方>(3)働かせ放題 残る抜け穴(2017年4月4日)

労使が合意すればいくらでも働かせることができる協定(三六(サブロク)協定)の抜け穴をふさぐために、残業時間の上限規制が導入される。ところが、政府がまとめた働き方改革の実行計画には、一部の働き方を残業代支払いの対象から外すことによる、別の抜け穴が用意されていた。

計画は「柔軟な働き方」をうたい、時間に縛られずに働ける制度の早期導入を掲げる。労使で定めたみなし労働時間を超えても残業代が払われない既存の裁量労働制の拡大や、高収入の専門職で働く人を残業代支払いの対象外とする「高度プロフェッショナル制度」の新設だ。上限規制をのむ条件として経済界が「自律的に働きたい労働者への対応も考慮すべきだ」と実施を迫っていた。

営業職への裁量労働制の適用拡大案を撤廃すべきと主張した長妻昭議員の質疑

そのような状況の中で、民進党の長妻昭議員が去る2月17日の衆議院予算委員会で営業職への裁量労働制の拡大の危険性を、電通事件との関係で詳しく取り上げていたことを議事録で知った。

この日の予算委員会は、森友問題に関し安倍首相が

●安倍首相

私や妻が関係していたということになれば、まさに私は、それはもう間違いなく総理大臣も国会議員もやめるということははっきりと申し上げておきたい。

と語った日であり、そこに注目が集まっているが、長妻議員の質疑は、第1の電通事件(1991年に24歳の男性社員が過労自死)後に電通が営業職への裁量労働制の適用拡大を労働省(当時)に働きかけていたことを明らかにしたものであり、注目に値する。

この記事では、以下でその長妻議員の質疑の要点を関連情報と共に紹介する。さらに、第2の電通事件(※1)と呼びうる高橋まつりさんの過労自死後にも、当時の石井社長が記者会見で裁量労働制の適用を「根本的な解決」に向けた対策の一つとして挙げていたことを指摘し、営業職への裁量労働制の適用拡大がどういう背景からねらわれているかを明らかにしていきたい。

「みなし労働時間」に収まらない実労働時間

2月17日の衆議院予算委員会において長妻議員は、上記に紹介した国会提出中の労働基準法改正案(「残業代ゼロ法案」と呼ばれてきたもの)に含まれる裁量労働制の適用拡大に反対の論を展開している。

●ながつま昭HP:【予算委員会】裁量労働制の拡大をやめよ2017.02.17|写真日記

長妻昭・民進党 vs 安倍晋三内閣【国会中継 衆議院 予算委員会】平成29年2月17日

裁量労働制とは、実際に働いた時間にかかわらず一定の時間働いたものと「みなす」制度であり、その「みなし労働時間」は多くの場合、8時間とされている(※2)。8時間とみなされた場合、実際の労働時間が9時間であろうが10時間であろうが、8時間分の給料しか支払われない。深夜労働と休日労働には割増賃金が支払われる仕組みにはなっているが、「時間管理がずさんで、きちっと払われているかどうかが相当疑わしい」と長妻議員は語る。

この裁量労働制を営業職にまで広げていくのが現在国会に提出されている労働基準法改正案であるのだが、そうなればどんどん長時間労働が増えていくのではないかと長妻議員は危惧している。なぜなら、実際の調査結果でも、裁量労働制のもとで働く労働者に長時間労働の傾向がみられることが示されているからだ。

長妻議員パネル資料(ながつま昭公式ホームページより。転載許諾済み)
長妻議員パネル資料(ながつま昭公式ホームページより。転載許諾済み)

仕事の進め方を労働者自身の「裁量」にゆだねることによって、効率よく仕事をこなして1日8時間より早く帰れるかと言えば、上記のパネル資料に示されているように、そんなことはなく、通常の労働時間制のもとで残業代を支払われて働いている労働者に比べても、月に23時間以上の残業がある労働者の割合が高くなっているのが実態なのである。

にもかかわらず、「みなし労働時間」のもとに働いているため、実際の労働時間に応じた残業代を支払わずに済む。経営者にとっては好都合な働かせ方だ。

第1の電通事件後に、営業職への裁量労働制の適用拡大を労働省(当時)に働きかけていた電通

さらに長妻議員は、質疑の中で注目すべき事実を紹介している。それは1991年の第1の電通事件後、電通が営業職への裁量労働制の拡大を労働省(当時)に働きかけていたという事実だ。

長妻議員パネル資料(ながつま昭公式ホームページより。転載許諾済み)
長妻議員パネル資料(ながつま昭公式ホームページより。転載許諾済み)

(注)正しくは高橋まつりさんの過労自死は2016年ではなく、2015年12月であり、労災認定が2016年9月である。

電通に入社2年目であった大嶋一郎さん(当時24歳)が過労自死に至ったのは1991年8月。大嶋さんは大卒入社後、ラジオ局に配属され、ラジオの広告枠を広告主に売る営業活動やイベント企画立案・実施などの仕事をしていた。

1996年3月28日の東京地裁判決では、常軌を逸した長時間労働が自殺の原因であり、会社側は社員の健康に配慮する義務を尽くしていなかったとし、被告側の責任を認めた。この判決は過労自殺に関する初めての司法判断であり、遺族側の全面勝訴となった。1997年9月26日の東京高裁判決も会社の責任を明確に認め、一審判決の事実認定と法律判断の大半が維持された。2000年3月24日に最高裁は電通側の上告を棄却し、企業賠償責任を認め、控訴審の損害減額部分を破棄して高裁に差し戻した。差し戻し後の2000年6月に、電通が遺族に謝罪した上で約1億6858万円の賠償金を支払う和解が成立した(※3)。

この過労自死をめぐる裁判が進行中の1998年に、労働基準法改正により企画業務型裁量労働制が新たに導入されている。裁量労働制は1987年の労働基準法改正により専門業務型が導入されていたが、「新製品または新技術の研究開発等の業務」など一定の業務に限定されたものだった。それに対し、ホワイトカラー労働者に適用範囲を拡大したものが1998年の法改正だった(※4)。

ただし企画業務型裁量労働制の導入にあたっては、その拡大が労働強化につながりかねないという強い懸念から、企業の中枢部門において企画・立案・調査・分析の業務を行う労働者であり、一定の職務経験を経た者であることなど、かなり限定された対象者に対し、厳格な手続きを経てはじめて適用されるように、限定がつけられた上で導入されることとなった(※5)。

この企画業務型裁量労働制の導入をめぐる議論の過程で、そして第1の電通事件をめぐる裁判が進行している中において、上記の長妻議員のパネル資料が示すように、電通の会長が理事長を務める日本広告業協会の「裁量労働制研究会」が労働省(当時)に営業職への裁量労働制の拡大の要望を出していた、というのだ(当該要望の内容については、未確認)。長妻議員はこう語っている(議事録より)。

●長妻議員

1997年に日本広告業協会、当時、理事長は電通の会長さんでございますけれども、それの裁量労働制研究会というのがあって、これが労働省に、営業に対しても裁量労働制を拡大してほしい、これを言っているんですね。

この要望書の中ではこういうことを言っています。広告業界における広告営業あるいはマーケティング計画など、ほかに四業務ありますけれども、その業務を裁量労働制の対象としていただきたくお願い申し上げます、広告会社の社員一人一人が常に時間的、空間的自己裁量のもとで専門的業務を遂行する責任を担っている、こういうことで強く要望した。

そして、その後、2000年にこの電通の最高裁の判決が出ましたけれども、その裁判の中でも電通はこういうような主張をされているんですね。この亡くなったO君は裁量労働制ではなかったんですけれども、電通の主張は、このO君の労働は裁量的な労働だと。つまり、電通側は長時間労働も個人の選択によるものと主張されたんですね。

つまり、個人が判断で裁量的に自分で長時間労働をしているんだから、別に会社が命令していないんだ、こういうような主張をしたんですが、判決はそれを認めなかった。長時間残業の原因は、期限までに完了されるべきものとする一般的、包括的な業務上の指揮または命令にある、こういうふうに判断してその主張を退けたわけで、執拗に、裁量労働なんだ、残業は自分でしたんだ、こういうような主張をしたわけです。

大嶋さんは過重な業務を抱えて深夜や早朝にまで及ぶ連続的な長時間残業を余儀なくされていたわけだが、それを仮に自己の「裁量」による働き方だということにできるならば、会社の責任は問いにくくなるだろう。そういう電通側の狙いが、この経緯からは透けて見える。

電通の人事部長も、営業職への裁量労働制の拡大を2002年のインタビュー記事で求めていた

さらに長妻議員は、2002年の『労務事情』に電通の人事部長のインタビュー記事があることも紹介している。ここも質疑の議事録を引用する。

●長妻議員

その後、2002年に、「労務事情」という雑誌に電通の人事部の部長さんがインタビューをされて答えているのでありますけれども、これは「「裁量労働的働き方」と「裁量労働制」との間に横たわる溝」というタイトルでありますが、こういうふうにおっしゃっているんですね。

広告会社の営業は、クライアント、つまり顧客のマーケティング活動全般に対する総合的なコンサルティング的業務が多くなっています、広告だけでなく、その商品のポジショニングやネーミングなど、商品開発からお手伝いしている、言うならばマーケティング・ソリューション・コンサルタント、できることなら、営業と制作は一括して裁量労働制を適用したい、こういうふうに主張されておられて、これは、法案として政府にも働きかけるような話もされているわけでございます。

筆者もこのインタビュー記事(※6)を確認した。このインタビュー時点で電通ではすでに一部のクリエイティブスタッフには裁量労働制が適用されており(東京本社で550人ほど)、クリエイティブ部門全体に専門業務型裁量労働制を導入していくことを労働組合に提案していたようである。

そのクリエイティブスタッフと営業担当者が共同で仕事をすることが多いことから、営業にも裁量労働制を適用したいが、専門業務型裁量労働制には当てはまらず、企画業務型裁量労働制も営業に適用することが難しい状況であることが語られている。

そしてそのような制約を突破していくための法改正への働きかけが、次のようにそこでは語られていた。

これまでの立法・法改正の検討作業が行われる場に、サービス業は「私たちの働き方はこうなんですよ」ときちんと説明することを怠ってきたように思います。それに対し、製造業の労使は、そうした場に、自らリスクと責任をもって代表を送り、発言してきたという長い歴史をもっています。

単に法律の不備や使い勝手の悪さを批判するだけでなく、自らデータを使って、行政・立法に携わる方々や研究者等にも私たちの実態を説明し、理解を求め、法律に反映させていく努力が必要だと痛感しているところです。

(『労務事情』2002年6月1日号(No.1011)、p.26)

そして、長妻議員も語っているように2015年に、営業職への裁量労働制の拡大をねらう労働基準法改正案が提出されているのである。「非常に平仄が合う」と長妻議員は語る。長妻議員のパネル資料に、時系列を追加してみると次のようになる。

長妻昭議員の2月17日衆議院厚生労働委員会におけるパネル資料に加筆の上、筆者作成
長妻昭議員の2月17日衆議院厚生労働委員会におけるパネル資料に加筆の上、筆者作成

さて皆さんは、この経緯をどう見るだろうか。

電通社員の営業は法案の裁量労働制の対象外であるかのように答弁した塩崎大臣

続く質疑の中で長妻議員は、電通の社員が行っているような営業は、労働基準法改正案で裁量労働制の適用拡大がねらわれている法人営業(※7)にあてはまるのかを問うている。

詳しく紹介すると長くなるので、実際の議事録をご確認いただきたいが、塩崎大臣は「あてはまる」と認めようとしない。しかし、長妻議員は、まさに電通の営業は課題解決型提案営業であり「ずばりそのもの」じゃないか、と指摘している。

公式ホームページによれば長妻議員は、議員の前はNECで大型コンピュータの営業マンを5年間、日経BP社で「日経ビジネス」の記者を4年間経験されていたそうで、その長妻議員が、法人営業の多くは新たな裁量労働制の対象となりうると語る内容には説得力がある。また、それは長妻議員がそう思っているだけではなく、「役所の説明を私は緻密に聞きましたけれども、入る可能性はあるということですから」とも付言されている(※8)。

長妻議員の質疑はさらに、裁量労働制でありながら出退勤の時間に縛られている労働者が多いことにも言及していくのだが、そこは省略したい。営業職への裁量労働制の拡大については、何としても撤回していただきたいと安倍首相に語りかけて、長妻議員の質疑は締めくくられている。

第2の電通事件後の2016年12月の記者会見でも、電通の石井社長(当時)は「根本的な解決」に向けた対策の1つとして「裁量」に言及

長妻議員の質疑の紹介を離れて、追加して皆さんに知っていただきたいことがある。第2の電通事件(高橋まつりさんの過労自死)と書類送検後にも、当時の石井社長が記者会見の中で、電通における長時間労働問題への「根本的な解決」に向けた対策の1つとして「裁量」に言及していた、という事実だ。

記者会見は法人としての電通と幹部が書類送検された2016年12月28日に緊急に開かれた。高橋まつりさんの過労自死からほぼ1年後であり、労災認定からはほぼ3か月後である。当日の記者会見の際の記者への配布資料全文と、質疑を含めた中継映像は、下記から確認できる。

【配布資料全文】電通の労基法違反容疑による書類送検で| THE PAGE (2016年12月28日)

【中継録画】電通の石井直社長辞任へ 労基法違反容疑で書類送検受け| THE PAGE (2016年12月28日)

中継録画の47分ごろから、朝日新聞の和気記者が、デジタル広告業務の長時間労働問題を問うている。電通では2016年9月にデジタル広告をめぐる不正な取引も発覚していた。高橋まつりさんがいた部署も、デジタル広告に絡んだ業務だった。

それに対し、石井直社長(当時)は、高橋さんの業務は不正取引の問題とはかかわっていないことを答えたうえで、「デジタル作業そのものと長時間労働が必ずしも関係あるとは思っていない」と回答している。

さらに和気記者が問う。

●和気記者

(長時間労働是正の)実効性を挙げるために、業務の絶対量を減らすこととか、人員を増やすこととかが必要と思うが、今後、どういった手を打っていこうと考えているか。

それに対し、石井社長はこう答える。

●石井社長(当時)

業務の量と人員は非常に重要。

業務の量は、減らすというより、コントロールしていくと考えている。

具体的には、お客様と十分な話し合いをさせていただきながら、わたくしどもが不法な長時間労働、あるいは社員の健康を阻害するような労働時間、それをなくしてお取引ができるようとに、お願いし、お話をし始めている。

人員増に関しては既に手を打っている。

顧客との関係上、業務の量を減らすとは言いにくいのかもしれないが、社員が過重な業務を抱えて長時間労働が恒常化している状態にあるのであれば、量を減らすというより「コントロールしていく」というこの回答を、当の社員たちはどう受け止めただろうか。

この和気記者の質問を受けて、ハフィントンポストの吉川記者がさらに問いかける。

●吉川記者

配布資料の(3)に、「依然として特定の部署や社員に業務負荷がかかる状況が続いている」とあるが、具体的にどのような部署でどのような社員にどのような負荷がかかっているのか、具体的に教えていただければ。

この質問には中本祥一副社長が次のように答えている。

●中本副社長

例えばデジタル領域、労働集約型の業務になっている。

こういったところは人員の増強もやっているが、仕事の性質上、なかなかワークシェアがしにくい。部署的には負荷がかかっている。

それ以外では、クリエイティブ。コマーシャルのフィルムとか、それを作るための撮影とかをやっているところ。

ここはもともと、かなり制作とかいうものに、入念に仕上げをする仕事のやり方が従前から行われているので、どうしても負荷がかかっている。

ではどうやって是正できるのか。吉川記者が問う。

●吉川記者

そういった部署に対して、人員の増強以外で、なにか根本的な解決をしていく意志があるのかどうか。今の話だと人員を増強してもちょっと難しいと受け取られない。

それに対し、本来であれば中本副社長が答える場面であったと思われるが、石井社長が割って入り、こう発言するのだ。

●石井社長(当時)

わたくしからお答えします。そういった側面がある。量をこなす部署と、そうでない部署がある。

今の質問について申し上げれば、今、既に実施しているが、フレックス、スーパーフレックス、裁量、年俸制、みたいなことを、将来的には考えていく必要があると思っている。

そう、ここで再び「裁量」が言及されているのだ。

第1の電通事件後に電通が営業職への裁量労働制の拡大を求めていたことは既に紹介した。今、法人営業職に裁量労働制の適用を拡大することをねらう労働基準法改正案が国会に提出されている。その成立を待って、あるいは後押しして、裁量労働制の適用を拡大していく、それがここでいう「裁量」の意味するところだろう。

しかしそれは「根本的な解決」なのだろうか。

どう考えても「根本的な解決」とは思えない。仮にこの労働基準法改正案が国会で成立し、法人営業職への裁量労働制の適用が可能となれば、塩崎大臣の答弁とは相違して、課題解決提案型営業を行う電通社員の多くは、裁量労働制の適用対象となるだろう。そうなったとして、それは長時間労働問題に対する「根本的な解決」なのか。

裁量労働制の適用対象になったからといって、業務量と人員の配置が変わらなければ、長時間労働は是正されないだろう。「裁量」で工夫できる余地は限られている。

ではなぜそれを石井社長(当時)は「根本的な解決」と考えたのか。それはおそらくは、「法に触れない」というコンプライアンスの観点からのものであっただろう。裁量労働制の適用対象にしてしまえれば、時間外労働について36協定の上限時間を気にする必要もなくなる。残業代を適切に支払っているか否かという問題も、関係なくなる。

しかし、社員の命と健康はどうなるのか。

「フレックス、スーパーフレックス、裁量、年俸制」と、労働時間管理が曖昧になりがちな働かせ方を「根本的な解決」の具体的方向性として挙げた石井社長(当時)のこの回答からは、社員の命と健康への配慮を伺うことはできない。

第3の電通事件を招かないために

冒頭の問題に戻ろう。今、「働き方改革実行計画」の中には、この法人営業への裁量労働制の拡大を狙う労働基準法改正案の国会での早期成立がうたわれている。そしてそれは、上記の石井社長(当時)の回答に見られるように、長時間労働に対する監視の目が厳しくなっている中で、産業界が望んでいることだ。

その中で裁量労働制の拡大が実際に法改正によって行われるとしたら。

「第3の電通事件」が起こらないとも限らない。しかしそれは、起こってはならないことだ。

最後に改めて、長妻議員の質疑を引用しておこう。

●長妻議員

やはり多様な働き方といったとき、労働法制を緩くする、規制緩和になっていくわけで、何で労働法制というのは自由な取引をしないのかというと、これは当たり前ですけれども、人間の、生身の自分の時間を提供する、取引する。人間の時間というのは、時間の使い方というのは命の使い方でありますから、過度にその取引がなってしまうと健康や精神にも支障を来してしまうのではないか。

そして、力関係ということで、使用者と労働者の力関係というのは歴然として使用者が強いわけで、多様な働き方といったときにどんどん労働法制が緩和の方向に行くと結局は働く人に不利になる、負荷がかかる、こういうことにつながるわけでありますので、そこら辺を厳重に見ていただきたいということなんです。

***

(※1)第1の電通事件と第2の電通事件の間にも、下記の記事で川人博弁護士が示唆しているように、電通社員の在職中死亡はあったようだ。

(インタビュー)過労死の四半世紀 弁護士・川人博さん:朝日新聞デジタル2016年12月14日

ただし、その詳細は明らかにされていないことから、ここでは1991年の大嶋一郎さんの過労自死を第1の電通事件、2015年の高橋さんの過労自死を第2の電通事件と表記した。

(※2)長妻議員が質疑の中で参照している労働政策研究・研修機構『裁量労働制等の労働時間制度に関する調査結果 労働者調査結果』(JILPT調査シリーズNo.125、2014年5月)によれば、企画業務型裁量労働制の1日のみなし労働時間は、「7時間以上8時間未満」が30.2%、「8時間以上9時間未満」が31.3%、「9時間以上」が28.8%などとなっている。

(※3)第1の電通事件についてのこの部分の記述は、川人博『過労自殺』(初版、1998年)のp.19-28による。より詳しくは、『判例時報』No.1561(1996年6月1日号)参照。なお、川人博『過労自殺 第二版』(2014年)のp.223-225には、遺族代理人として川人博弁護士が行った弁論の内容が紹介されている。

(※4)専門業務型裁量労働制と企画業務型裁量労働制については、下記を参照されたい。

●労働政策研究・研修機構「Q6.裁量労働制とは何ですか。」

(※5)「裁量労働制導入の問題点」『労務事情』No.1011(2002年6月1日号)

(※6)「インタビュー 「裁量労働的働き方」と「裁量労働制」との間に横たわる溝 実務家の立場から現状報告 (株)電通 人事局 ヒューマンリレーション部長 渡辺一夫氏」『労務事情』2002年6月1日号(No.1011)

(※7)労働基準法改正案では企画業務型裁量労働制(労働基準法38条の4)に2つの業務を加えようとしており、そのうちの1つが法人相手のソリューション業務である。具体的には次の通り(新旧対象条文参照)。

「法人である顧客の事業の運営に関する事項についての企画、立案、調査及び分析を行い、かつ、これらの成果を活用した商品の販売又は役務の提供に係る当該顧客との契約の締結の勧誘又は締結を行う業務」

(※8)菅俊治弁護士も、電通社員の営業が今回の裁量労働制の拡大の対象である法人営業にあてはまらないとする塩崎大臣の答弁に次のブログで疑問を呈している。

●「電通の広告業務は労基法改正案の裁量労働制の対象となる」(東京法律事務所Blog 2017年2月18日)