スイスに学ぶ、日本の林業に欠けているもの(前編)
6月半ばの約1週間、奈良県はスイスのフォレスターのロルフ・シュトリッカー氏を招いて「欧州型森林管理者研修」を行った。主に県内の林業従事者や県職員約30人が受講。私も、それに密着した。そこで感じたことの一端を記したい。
昨今、国や林業地を抱える自治体では、ドイツのフォレスターを招くことが多い。ドイツに学べ、が林業界の大きな潮流なのである。そして規模を拡大して機械化することを盛んに推進している。
ところが奈良県は、そうした動きとは一線を画してスイス林業をモデルにする道を選んだ。きっかけは奈良県とスイスのベルン州が友好提携を結んだことだったが、林業施策としては、もしかして画期的と言えるかもしれない。
スイスの林業と言っても、あまりイメージが浮かばないかもしれない。しかし私は、スイスと奈良県、とくに吉野地域の林業とは非常に親和性があると以前より思っていた。
スイスは、森林面積が広いわけではなく、林業の産出額も木材生産量も大きくない。森林地帯の地形は急峻だし、小規模な私有林が多く、しかも不在地主が多い。しかし、戦前の一時期「スイス林業は世界一」と言われていた。とくにベルン州にあるエメンタールの森は「林業の聖地」と呼ばれる。そして今も高品質材の生産を手がけている。
奈良県も林業県を標榜しているが、地形は急峻で小規模な森林所有と不在山主が多い。木材生産量や産出額もそんなに多くない。しかし吉野は日本最古の育成林業地であり、日本林業の最高峰と位置づけられる。そこには精緻な森づくりの技術を蓄積しており、吉野杉に代表される高品質材の生産を手がけてきた。
つまり両者の林業には似通っている面が多々ある。ただスイスの林業は黒字なのに、奈良も含めて日本の林業は大赤字で低迷中。この点が大きく違っている。
さて、3日間に渡る現地研修はどのようなものだったか。
研修は、放棄されたヒノキ林や雑木林の中に分け入って行う観察と分析から始まり、育成木施業(大径木にする木を決めて、それを育てることを主眼にした方法)の指導や針広混交林づくり、さらに道づくり、そして理論面、交渉に関する座学、ワークショップも行われた。とくに幾度も繰り返された点は、環境の保全とコスト意識である。そのほか木材販売まで及ぶ。
ここで参加者の感想をいくつか紹介しよう。目立ったのは
「森林の観察点や知識は、我々も知っていた」
「『育成木施業』は、吉野にある『永代木施業』とほぼ同じ」
「我々と同じことをスイスでもやっていると確認できた」
……などであった。
そうなのだ。私も、実は同じことを感じた。まず森を観察して、現在、過去、未来を読み取ること、もっとも樹木が元気になるよう森の力を発揮するように人が手を貸すこと……など、私も吉野の先達からよく耳にしてきたことなのである。
そのような知識やノウハウは、伝統ある吉野林業地だけでなく、全国各地でも篤林家なら自然と身につけているはずだ。
それなら参加者は今回の研修をつまらなく思ったのか。いや、そうではない。むしろ感動した、それらの発想に驚いたという声が多かったのである。
なぜなら単に伝統だから、教わったからという理由でやっていた知識や技術ではなく、論理的に「なぜ行うのか」「行うことで何が変わるのか」ということを常に問うからだという。
「人に言われたから行う」「昔からの伝統」ではなく、自分で考え判断することが大切だとロルフ氏は力説したのである。さらに「常にコスト意識を持つこと」「森林の安定性が最優先」といった言葉も心に響いたという。
ちなみに異論もあった。ロルフが提示した意見に対して、それは違うのではないか、少なくても日本ではそのやり方は合わない、といった呟きも各所で聞こえた。
ただ、ロルフ氏は「日本には日本の状況があり、どの方法がよいかは森を見て決めること」と繰り返している。
そう、この研修の目的は、決してスイス式の技術やノウハウを丸ごと覚えることではない。学ぶべきなのは、「考えること」なのだ。
あまりに現代の日本の林業界は考えることを停止している。まだ「伝統的な方法だから」というのはよい方で、「上司に言われたから」「国の方針だから」といった態度が蔓延している。自分で考え、判断しようとしていないのだ。そして目先の補助金などに群がることばかり考える。その結果失敗しても、反省もしなければ改めようともしない。「言われたとおりにやっただけ」だからだ。
なぜ、この作業をするのか、という理屈を知らずに(考えずに)行う作業は、応用を生まず、ときに金を無駄にしたり森を破壊する。
シカに食べられて苗が全滅している造林地で下草刈りをしたり、(伐るべき木がないのに)間伐事業を行うケースだって少なくないのだ。もちろん補助金目当てである。どう見ても架線集材が向いている急峻な山に「国の方針」だから無理に作業道を敷き重機を入れたために、山が崩壊してズタズタになった事例だってある。
ロルフ氏は、「まず考えろ」と指導する。
その土地の気候や地形を知る。現在の森の状況を土壌や植生、樹冠の形状から判断する。過去どんな手入れをしたのか切株などの痕跡から推定する。今後このまま放置したらどうなるか、どんな手の入れ方をすればどんな森に誘導できるか予測する。最小限の手間とコストで行える方法を考える……。
そして、少なくても数年ごとに現地を視察して、状況を見て手直しすることが重要であることも繰り返した。一度決めたら変更しない杓子定規なマニュアルではないのである。
参加者がその点を理解しないで、盲目的に教わったスイス式を真似たり、「日本はスイスと条件が違う。取り入れられない」と拒否したら、今回の研修はまったく無駄になるだろう。
実は、これこそ日本の林業が陥っている呪縛そのものである。
国などの指導に疑問をはさまず、言われた通りに行う。現場に合わせた臨機応変な手立ては取らない。(さもないと補助金がもらえない。)
しかしドイツのフォレスターを呼んだ研修でも、ドイツ式を丸ごと真似ろとは言っていないはず。おそらくドイツの例を日本に合うように応用しろ、と指導したと思う。
残念ながら、国が主導する研修や視察では「考えること」を学ばず、大規模化や機械化など彼の国の表向きの形ばかり真似ようとした。それが現在の林業政策と林業現場の混乱のすべてではないか。(ちなみにドイツ林業が大規模化や機械化を推進しているとは私は思わない。スイスと同じく近自然林業が主流である。)
もう一つ付け加えると、ロルフ氏は、日本はスイスと同じく人件費の高い国だから、安い木材を生産しても世界と勝負できない。高品質材生産にこそ活路があると訴えた。
その通りだ。合板やバイオマス発電など、安い木材の大量生産ばかり後押しする「量の林業」に邁進する国の政策に従ったら、日本の林業は壊滅するだろう。
ぜひ奈良県は、「考える林業」を展開してほしい。今回の研修に密着して、奈良県の林業人にはそれができるだけの素地は十分あると私は感じたのだから。