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『紅白』は、なぜ〝大健闘〟だったのか?

碓井広義メディア文化評論家
NHKホールからの生放送(『第73回NHK紅白歌合戦』より)

遅ればせではありますが、明けましておめでとうございます! 

本年も、どうぞよろしくお願いいたします。

「どうする紅白」

昨年の大晦日。

『第73回NHK紅白歌合戦』を見ながら、あらためて思いました。

制作側にとって、これほど難しい番組はないのではないか、と。

何しろ、連続テレビ小説や大河ドラマと並ぶ、NHKの看板番組です。

長い歴史を持ち、多くの人が見るだけに、これまでも厳しい批判にさらされることがありました。

ましてや今は、誰もが発言できるSNSで、それがダイレクトに伝わってきます。

特にここ数年、出場歌手の人選に関しても、「若者層に迎合し、中高年層を切り捨てている」といった意見が目立ちました。

今年の大河ドラマ『どうする家康』に倣(なら)えば、「どうする紅白」の状態が続いていたのです。

「合戦色」の希薄化

今回の『紅白歌合戦』ですが、結論を先に言ってしまえば〝大健闘〟でした。

その一番の理由は、「改革」への動きが見えてきたことです。

まず、本来は優劣など付けられないはずの歌を、「合戦」と称して男女の対抗軸を作り、無理に対決させることへの違和感がありました。

しかし、今回は前年より、「合戦色」がさらに薄まっていたのです。

以前のように、「戦況」や「優勢」を伝える「中間発表」が行われたりしません。

結果的には「白組」の“勝利”だったわけですが、「優勝旗」の授与があるわけでも、「勝利コメント」を述べたりもしません。

「合戦」というイメージを、ほとんど払拭していたのが、今回の『紅白』です。

「構成」のバランス

次に挙げたいのが、若者向けの歌手と中高年を意識した歌手を交互に出すなど、バランスのいい構成です。

たとえば、郷ひろみ→緑黄色社会→なにわ男子→水森かおり、といった流れですね。

また、ダンスやアニソンも大幅に取り入れ、会場や視聴者との一体感を生んでいました。

国内のアーティストはもちろん、「IVE(アイブ)」や「LE SSERAFIM(ルセラフィム)」といった韓国の人気グループも含め、今の音楽を幅広くキャッチできる、一種の見本市として楽しむことが出来ました。

「中高年層」への配慮

課題だった中高年層への配慮も十分でした。松任谷由実、桑田佳祐、安全地帯など、この世代にとっての同時代アーティストが並び、余裕のパフォーマンスを披露したのです。

AIによる「バーチャル荒井由実」はご愛敬でしたが、全体として過剰な演出もなく、基本的には歌をきちんと聴かせる演出になっていた点を評価したいと思います。

「司会・橋本環奈」の衝撃

それにしても驚かされたのは、司会の橋本環奈さんですね。

起用を知った時は、理由がよく分かりませんでした。しかし画面の中の彼女を見て納得。

その度胸といい、機転の利いた進行ぶりといい、大泉洋さんや櫻井翔さんを完全に凌駕していました。

臆することなく郷ひろみとデュエットし、ダンスも披露してしまう司会者など前代未聞でしょう。

期せずして、次世代の『紅白』を象徴する女神となりました。

「改革」への意思と変化

近年は、「不要論」も聞かれたりする『紅白』。

しかし、その名称はともかく、1年の終わりを締めくくる〈歌の祭典〉は、あってもいいのではないでしょうか。

ただし進化は必要です。

例えるなら、『紅白』は巨大な船かもしれません。急に舵は切れない。曲がるのは少しずつになります。

今回、作り手の「改革」への強い意思が感じられました。

NHKならではの「超大型音楽番組」へと向かう、具体的な「変化」が現れたことに拍手です。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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