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超有用な外来植物の野生化が進む……日本の自然に影響はあるか

田中淳夫森林ジャーナリスト
ヘアリーベッチはほかの草花の生長を抑制して増える外来植物だ。

 大和川(奈良県内)のほとりを歩いた。春は、両岸の堤防に菜の花の群落が広がり、なかなか美しいはず、という期待をこめて。

  なぜ堤防に菜の花がよく咲いているのかについては、

 堤防の菜の花は、遺伝子組み換え植物かも

という記事も書いている。

 5月に入ったから、もう菜の花の季節は過ぎているだろうが、多少とも名残を感じることができるかもしれない……。ところが、意外なことに目に入ったのは、菜の花の黄色より、紫である。堤防の岸辺一面が、明るい紫色の花に覆われている。わずかに残った菜の花も、この草花に押しやられていた。近づいて観察すると、葉からマメ科の植物だとわかるが、すぐに種名が思いつかない。こうしたところに生えるマメ科の草と言えば、通常ならカラスノエンドウが候補に上がるだろうが、花穂の形は全然違う。

 もしかしてヘアリーベッチ? と思いつく。ただ、あまり自信がないので、その場でスマホで検索してみた。

 ビンゴ! というほどのことではないが、ヘアリーベッチの写真と一致した。

 ヘアリーベッチ、和名ビロードクサフジである。ただ近縁種スムーズベッチ(ナヨクサフジ)も含めて総称しているところがあるので、正確な種名はわからないが、いずれにしても外来種だ。ここではひっくるめてヘアリーベッチとしておく。

 気になって、各地を走りながらチェックしてみた。すると大和川だけでなく、支流の竜田川や富雄川沿いにも、繁茂しているところが多くあった。川沿いが多いが、ときおり公園緑地などでも見かける。

 ある箇所に捨てられたプランターから繁殖した痕跡があった。どうも人がヘアリーベッチの苗もしくは種子をばらまいたらしい。それが増水などで下流へと広がったか。

 さらにネットで確認すると、ヘアリーベッチは全国に広がっているようだ。

 中小河川の上流部にも広がっていた。
 中小河川の上流部にも広がっていた。

 ヘアリーベッチの野生化……ちょっと複雑な気持ちになる。

 というのも、ヘアリーベッチはなかなか有用な植物だと思っていたからだ。それに私も、食生活でお世話になっている。

 ヘアリーベッチは西アジアからヨーロッパに自生する、つる性の越年性草本である。秋、もしくは早春に種子を散布すると、2か月程度で繁茂し花を咲かせる。あまり土質を選ばず、耐寒性も強い。茎の長さは2m以上に伸びるが、地面を這うので高さは数十センチ程度だ。だからあまり「草ぼうぼう」の光景にはならない。

 マメ科ならではの根粒バクテリアを持ち、空中の窒素を固定する能力がある。おかげで土壌を肥沃化する。だから水田の作付け前にヘアリーベッチ栽培が推奨される。花が咲き終わった頃に土にすきこむと分解して施肥効果が高まる。レンゲとよく似た役割だ。海外では牧草としても使われているそうだ。

 しかしレンゲにはアルファルファタコソウムシという外来の害虫によって花を食われる被害が広がっている。そのため養蜂などでレンゲ蜜を採取できなくなりつつあるが、ヘアリーベッチはその代わりになる。この害虫にやられず、蜜もレンゲ以上に採れるからだ。

 我が家では奈良産のヘアリーベッチのハチミツを愛用している。レンゲに似たくせのない爽やかな蜜で、お気に入りなのである。このハチミツ、もしかして大和川などに生えたヘアリーベッチからミツバチが集めたのか?

 ところでこの草が注目されているのは、施肥効果や蜜源だけではなく、雑草を寄せつけない力があるからだ。ほかの植物の生長を抑制する物質を出すアレロパシー効果があるのだ。しかも繁殖が早い。50種の植物を対象に比較した結果、ヘアリーベッチのみが完全に雑草を抑えることができたという。

 そこで耕作放棄地や遊休地に生やすと、その土地一面を覆い尽くして、ほかの草を寄せつけない。そして夏には枯れるから、後始末しないで済むとされる。

 耕作を諦めた農地は全国的に増えているが、草刈りをしないと雑草が繁茂してブッシュ化してしまうだろう。そこから害虫が大量発生したり、樹林化してしまったりする。農地にもどそうとしたら大変な労力がかかる。そこでヘアリーベッチを使って、草刈りの手間をなくすことができれば大いに助かる。

 また果樹園の地表に生やして下草を抑制したり、スイカ、メロン、カボチャなどの野菜畑のビニールマルチ代わりにも利用されるそうだ。除草剤を使わずに雑草を抑え、しかも窒素を固定して肥料にもなるわけだから、有機農法を行うのに非常に有力な武器となる。

 耕作放棄地だけでなく、遊休地や河川敷など草刈りが大変な場所でも有効かもしれない。そこでヘアリーベッチの利用に、補助金を支給する自治体も増加している。

 このように、非常に有用な植物であることは間違いない。

 しかし、だ。外来の、アレロパシーの強い植物が野生化して大丈夫だろうか。

 ヘアリーベッチが分泌するのはシナアミドという成分だとされる。除草効果や殺菌効果のほか、種子休眠覚醒効果などがあるとされる。ただ放牧していたウシやウマなどが食べて中毒症状を起こした報告もある。なお種子には青酸配糖体(シアン化物と糖が結合した物質)が含まれ、少ないながら死亡例もあるそうだ。

 日本の場合はウシなどよりも、近年はヤギやヒツジを河川敷に放して草刈りに利用する試みが各地で行われているから、その場合に注意が必要かもしれない。

 なにより繁殖力が非常に強いだけに、急速に繁茂が広がれば、本来そこに生育していた在来の植物が駆逐される恐れは強い。同じ外来種である菜の花(セイヨウカラシナなど)も駆逐され、河川堤防も春先には紫一色になるかもしれない。

ヘアリーベッチの花は蜜源にもなる。
ヘアリーベッチの花は蜜源にもなる。

 実際、農水省の指定する「適切な管理が必要な産業上重要な外来種(産業管理外来種)」に指定されている。これは産業上は有益な種だが、適切な管理を取らないと問題を引き起こすとされる外来種である。ニジマスなどのほか、植物ではキウイフルーツなどもその仲間だ。

 ヘアリーベッチは、すでに野生化しているのだから「適切な管理」が行われていないのは間違いない。このまま増え続けていいのか?しかし、その有用性も捨てがたいから、何がなんでも排除しろとも言えない。

 悩ましい外来種が増えている。

※記事中の写真は、すべて筆者の撮影。

森林ジャーナリスト

日本唯一にして日本一の森林ジャーナリスト。自然の象徴の「森林」から人間社会を眺めたら新たな視点を得られるのではないか、という思いで活動中。森林、林業、そして山村をメインフィールドにしつつ、農業・水産業など一次産業、自然科学(主に生物系)研究の現場を扱う。自然と人間の交わるところに真の社会が見えてくる。著書に『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)『絶望の林業』『虚構の森』(新泉社)『獣害列島』(イースト新書)など。Yahoo!ブックストアに『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』。最新刊は明治の社会を揺り動かした林業界の巨人土倉庄三郎を描いた『山林王』(新泉社)。

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