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国政で女性議員約5割を実現するメキシコに学ぶ女性の政治参画(上)

鈴木崇弘政策研究者、PHP総研特任フェロー
メルバ・プリーア・メキシコ全権大使と院生(写真:城西国際大学提供)

 筆者は、所属の城西国際大学大学院国際アドミニストレーション研究科の授業の一環で、昨年12月9日に、在日メキシコ全権大使のメルバ・プリーア氏からメキシコ合衆国(以下、同国あるいはメキシコと称す)ついてお話を伺う機会があった。

 その際に、筆者は、人間味に溢れかつ有能で魅力的な大使のお話から、メキシコについての理解を深めることができたが(その点では、同大使およびその機会を準備してくださった大使館のスタッフの方々にお礼を申しあげたい)、筆者自身の専門や関心の関係から、メキシコでの女性の政治参画の驚異的な進展の現状に関する説明に特に興味をもった。

 ご存じのように、メキシコは、「マチスモ」(注1)という言葉に象徴される男性優位社会といわれる。そんな国メキシコでなぜ女性の政治参画が現在のように進んだのかについて知りたくなった。日本も、どちらかといえば今も男性優位社会であるし、特に政治においてはそうであるので、メキシコの先例は、日本でも参考になると考えた。

メキシコは今変化してきているが男性優位の「マチスモ」社会
メキシコは今変化してきているが男性優位の「マチスモ」社会提供:イメージマート

 また女性の政治参画や政治参画の多様化が進んだ国として、北欧の国々、カナダ、ニュージーランドやオーストラリア、あるいは途上国などの国々が多く、人口規模などの点からの比較でも、必ずしも日本の参考にならなかった。これに比べ、メキシコの人口は約1億2,601万人(2020年国立統計地理情報院(INEGI))であり、日本の人口1億2622万人(2020年国勢調査)に近似している。

 さらに政治制度では、メキシコは立憲民主制による連邦共和国でやや異なるが、日本も民主制を取り入れた立憲国家であり、類似点もあると考えることができる。 

 以上のような理由から、メキシコにおける女性の政治参画の経緯と手法は、日本でなかなか進展しない女性等の政治参画の参考になると考えたのである。

列国議会同盟(Inter-Parliamentary Union[IPU])によれば、2022年2月現在、女性国会議員比率において、メキシコは世界ランキング4位(下院50%、上院49.2%)である。これに対して日本は、166位(衆議院9.7%、参議院23.1%)であった。メキシコは、人口1億を超える大国の中で唯一トップ10にランクインする米州の女性政治参画大国なのである(下図参照)。

出典:「諸外国における政治分野の男女共同参画のための取り組み」(内閣府男女共同参画局)
出典:「諸外国における政治分野の男女共同参画のための取り組み」(内閣府男女共同参画局)

 では、メキシコでは、同国の社会状況や問題・課題にもかかわらず、女性の政治参画をこれまでどのように実現してきたかをみていきたい。

 メキシコにおいても、1991年における女性議員比率は8.8%(下院)と低かった。1996年には義務化を伴わない30%クオータ推奨(注2)が導入されたが、1997年選挙で14.2%に過ぎなかった。そして、2002年に義務化を伴う30%クオータ制の導入により、2003年選挙後に22.6%に達し、初めて2割を超えたのである。

 しかし、政治や政党などは法律や制度の抜け穴を利用して、男性議員を選択し、女性議員の数はなかなか増えず、2008年に導入された40%クオータ制の導入を受けて行われた選挙でも28.2%に過ぎず、3割に達しなかったのである。3割を超えたのは(36.8%)、2012年選挙であった。

 他方、世論の動きやメディアなどの後押しもあり、その後2014年には政党候補者にも義務的パリテ(注3)が導入されたのである。そして、2015年2018年、2021年の3回の選挙を経て、連邦議会での女性議員比率は、現在下院は42.4%から50.0%(500議席中250議席)、上院は32.8%から49.2%(128議席中63議席)と躍進・増加してきたのである。

 メキシコにおける女性の政治参画は、このように2、30年というある意味驚くべき短期間において実現されてきているが、上記でも若干触れているように、同国独特の社会的環境やその中での政治や政党の女性に対する消極的あるいは否定的な態度にもかかわらず、実現されてきたのである。その意味でも、日本で、女性の政治参画を実現していく上で、大いに参考になると考えることができるのである。

 メキシコが、現在のような国政レベルの議会で現在のような高い女性参画度をなぜ実現できたのかについて考えていこう。

メキシコ大統領、中銀総裁に初の女性を指名。女性の活躍が拡大してきている。
メキシコ大統領、中銀総裁に初の女性を指名。女性の活躍が拡大してきている。写真:ロイター/アフロ

 同国における選挙制度の改革の流れは、長らく一党支配体制を維持してきた制度革命党(Partido Revolucionario Institucional: PRI)の一党支配の崩壊と多党化の流れにおいて、同党が、選挙不正で抵抗したことで政党不信が高まったことで、新たなる選挙管理機関の必要性が高まり、それが設置され、権限を広めながら対応がなされた。

 それと共に、そのような政治状況において女性候補の政治参画がより困難化し、女性議員が党派横断的に連絡し、改革の素地をつくり、実現していったことで、女性の政治参画が実現されてきたのである。

 またこのような政治参画が実現された基底には、メキシコ国内外の環境や状況もあった。それは、まず同国には長いフェミニズム運動の歴史であり、1985年の首都大地震以降に発達したといわれる女性たちによる自発的な社会運動から派生した市民団体の役割がある。 

 そしてメキシコは、国際通貨基金(IMF)からの融資などで、1980年代の経済破綻や1994年の通貨危機を克服したが、その際には国際機関からジェンダー平等の推進を要求された。そのような状況において、マチスモ社会の中で、同国の政治リーダーは、国連などの国際機関などの力もあり、必要に迫られて「官製フェミニズム」として女性の権利保障が積極的に進めざるをえなかったという環境があった面も重要である(注4)

            …次号に続く

(注1)マチスモ【machismo】とは、「ラテン・アメリカのメスティソ社会において男らしさを強調する言葉。マチョmachoは雄を意味するスペイン語であり,男性の力,勇気,誇り,性的能力に言及する言葉であるが,ラテン・アメリカに入るとインディオ的解釈が加わり,植物や物の大きさ,状態,力,その他の属性における優位性をも意味するようになった。マチスモは男らしさを強調する生き方を意味し,メスティソ社会の価値観を代表する。ヨーロッパ地中海世界に共通にみられる,家族や社会的名誉をになう男らしさを重視する傾向が,主としてスペインを通じてラテン・アメリカに入り,定着したと推測できる」(出典:世界大百科事典 第2版[平凡社])とされている。

(注2)クオータ制(quota system)とは「人種や性別、宗教などを基準に、一定の比率で人数を割り当てる制度。政治における男女共同参画を実現するための代表的な仕組みの一つで、議員の一定割合を女性に優先的に割り当てる制度として、ヨーロッパをはじめ、アジアやアフリカなどの開発途上国でも積極的に導入されている。クオータquotaとは、ラテン語に由来する英語で『割り当て、分担、取り分』などの意味である。…以下略」出典日本大百科全書(ニッポニカ)

(注3)パリテ(parité)とは、「『同等、同一』を意味するフランス語。フランスでは、2000年に通称パリテ法と呼ばれる法律が制定され、男女の政治参画への平等が促進された。この法律では選挙の際、『比例候補者名簿の記載順を男女交互にする』、『政党からの候補者を男女同数にする』などが定められ、違反した名簿は不受理となり、また、候補者の男女差が2%を越えた場合などは、国から政党への助成金が減額される罰則も規定されている。この法律の名前から、日本では『パリテ』を『議員の男女比率を同率にする』ことをはじめとして、意思決定の場での男女が同数になることを表す言葉として使われている。政治の動きとして、今春の国会に『男女の候補者数をできる限り均等にする』とした『政治分野における男女共同参画推進法案』が提出された。国や自治体は施策を策定し実施に努め、政党は目標を定めるなど、女性の政治参画を促す法案となっている。それを受けて『議会をパリテ(男女半々)に』というキャンペーンも行われた。(2017.6)」出典:公益財団法人日本女性学習財団HP(閲覧日:2022年2月5日)

(注4)「3.メキシコの事例」(庄司香、『令和元年度 諸外国における政治分野への女性の参画に関する調査報告書』[アイ・シー・ネット、2020年])、pp110参照。

政策研究者、PHP総研特任フェロー

東京大学法学部卒。マラヤ大学、米国EWC奨学生として同センター・ハワイ大学大学院等留学。日本財団等を経て東京財団設立参画し同研究事業部長、大阪大学特任教授・阪大FRC副機構長、自民党系「シンクタンク2005・日本」設立参画し同理事・事務局長、米アーバン・インスティテュート兼任研究員、中央大学客員教授、国会事故調情報統括、厚生労働省総合政策参与、城西国際大学大学院研究科長・教授、沖縄科学技術大学院大学(OIST)客員研究員等を経て現職。経済安全保障経営センター研究主幹等兼任。大阪駅北地区国際コンセプトコンペ優秀賞受賞。著書やメディア出演多数。最新著は『沖縄科学技術大学院大学は東大を超えたのか』

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