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車椅子の豪雨避難体験 マスクをしたままの暴風雨徒歩は呼吸をしづらくする

斎藤秀俊水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授
暴風雨の中を車椅子で避難する体験。マスクは吸水し呼吸が困難に(筆者撮影)

 車椅子を使った歩行困難者の避難体験。車椅子の人もそれを押す介助者も、暴風雨の中でマスクは濡れて呼吸がしづらくなることを実感しました。豪雨避難の実証を積み重ねて、次の大雨シーズンに向けて研究が進みます。

どのような体験か

 動画1に体験の様子を示します。雰囲気は暴風雨の中を歩く様相、これを安全対策をしっかりと行った上で再現しています。

動画1 暴風雨の中を歩く体験(筆者撮影、36秒)

 体験会が実施された場所は、京都大学防災研究所宇治川オープンラボラトリー。この実験施設には水理実験水路など、大雨や河川洪水の様子を再現し体験することができる装置がそろっています。今回はこの中でも、雨水流出実験装置を利用しました。

 雨水流出実験装置は、天井から豪雨に見立てた水を降らします。水を降らせるエリアは5 m × 6.25 mで、この降水エリア内での最大降水量は1時間当たり300 mm、国内の最高記録である1時間降水量153 mmの2倍の量を降らせることができます。

 また降水エリアに向けて小型送風機を3台並べて、横からの風を再現しました。降水エリア内では風速10 m/sの強い風を体に受けることになります。風速10 m/sとは1秒間に風が距離にして10 m進む速さです。風速そのものはそれほど大したことはなく若干の歩きづらさを感じるくらいです。ただ雨交じりになると話が変わります。容赦なく顔面に吹き付ける水を避けなければならず、そして降水を避けるための傘は風向きに注意してしっかりと持っていないと吹いてくる風に飛ばされそうになります。

 今回の体験会のオリジナルは、この横からの風を組み合わせ、実際の屋外にてさらされる暴風雨の状況に限りなく近づけた点です。

マスクした車椅子避難に特化する意味は

 ポイントは横なぐりの雨です。台風が接近してくる状況で横なぐりの雨を身体に受けると、避難者の顔はずぶ濡れになります。

 雨ガッパを着用して身体の多くは濡れないようにすることはできますが、顔は隠せません。そのため、豪雨は容赦なく顔面を直接襲います。

 大雨の時、「警戒レベル3」で危険な場所から高齢者等は避難することが求められています。歩行困難者は車椅子の避難を余儀なくされることもあります。当然、その車椅子を押して歩く介助者もいます。

 これまでも梅雨末期や台風のシーズンにはこのような状況はたびたびありましたが、今回、車椅子に特化したのは、避難者のマスクがずぶ濡れになり、しかも自分で外せないのではないかと考えたからです。

 不織布でもウレタンでも布でも、素材がなんであれ吸水すれば呼吸しづらくなることを水難学会では実験し、これまで社会に発信してきました。車椅子で豪雨の中を避難すると、雨ガッパを着ていたとしても車椅子に乗っている人のマスクはずぶ濡れ、車椅子を押す介助者のマスクもずぶ濡れ、さらに介助者は車椅子に乗っている人のマスクの濡れ具合をチェックする余裕もなくなると考えられます。

【参考】知ってますか? マスクをしたまま水に転落したら呼吸ができない

車椅子避難の体験

 この体験会に参加したのは、明治国際医療大学保健医療学部救急救命学科の2年生63人です。降水量は1時間当たり300 mm、風速はおよそ10 m/sとして、降水エリアを3周歩き回りました。1周あたり10秒かかりますので、合計30秒間。通常の激しい雨が1時間当たり50 mmなので、今回の300 mmはその6倍に当たります。つまり、1時間当たり50 mmの暴風雨の中を30秒間×6=180秒間(3分間)に渡って歩いて避難するのと同等の条件になります。

 まず、動画1のように傘を差した状態で降水の中を歩きました。雨ガッパを着て、長靴を履いて、傘をさしていますので、前が少し見えづらいのと傘を飛ばされないように気を付けるのと、その程度に気を配ればさほどの困難はなく徒歩できました。口と鼻を覆うマスクは降水によって濡れることなく、これも呼吸を妨げることはありませんでした。

 次に、車椅子に乗った歩行困難者役と車椅子を押す介助者役とに分かれて降水の中を歩きました。動画2にその様子を示します。

動画2 車椅子に乗った歩行困難者の暴風雨避難の体験(筆者撮影、46秒)

 歩行困難者役と介助者役も、どちらも降水の中の徒歩移動はきつそうでした。

 歩行困難者役は、顔がほぼ前を向いていたので、1周目から降水をもろに顔に受ける状態でした。最初からマスクはびしょ濡れになりました。両手は車椅子のアームサポート(ひじ掛け)から離さなかったので、マスクがびしょ濡れになって呼吸がしづらくなっても、外したりとかするわけにはいきませんでした。

 一方車椅子を押す役は、風雨が強いために顔を前にむけることができませんでした。前かがみで下をずっと向いている様子がうかがえます。これでは前方の安全を確認するばかりでなく、車椅子に乗っている人の顔の様子もうかがうことができません。マスクはやはりびしょ濡れにすぐになります。そして呼吸がしづらくなってもマスクを外すなどの行為ができません。両手は車椅子のグリップ(手押しハンドル)を握っているからです。

 たった30秒間の体験でしたが、それだけでもマスクは大量の水を吸っていました。そういったデータはこれからしっかりと解析を重ねて、暴風雨の時の避難行動をよりよくするために役立てる予定です。

さいごに

 今回の体験会に参加した学生は、救急救命士などの資格を得て、将来は消防などの現場で働くことを希望しています。「学生の立場で災害の現場に即した体験が得られたのは、とてもよかった」という感想を学生たちは口にしていました。

 今回は、様々な条件設定で歩行困難者の暴風雨の避難体験ができました。得られたデータを解析して、よりよい避難が実現するような方法について考え、YAHOO!ニュースを通じてその成果を報告していきます。

水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授

ういてまて。救助技術がどんなに優れていても、要救助者が浮いて呼吸を確保できなければ水難からの生還は難しい。要救助側の命を守る考え方が「ういてまて」です。浮き輪を使おうが救命胴衣を着装してようが単純な背浮きであろうが、浮いて呼吸を確保し救助を待てた人が水難事故から生還できます。水難学者であると同時に工学者(材料工学)です。水難事故・偽装事件の解析実績多数。風呂から海まで水や雪氷にまつわる事故・事件、津波大雨災害、船舶事故、工学的要素があればなおさらのこのような話題を実験・現場第一主義に徹し提供していきます。オーサー大賞2021受賞。講演会・取材承ります。連絡先 jimu@uitemate.jp

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