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知ってますか? マスクをしたまま水に転落したら呼吸ができない

斎藤秀俊水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授
落水時のマスクは致命的だ。口と鼻にマスクが張り付いている(筆者撮影)

 マスクをしたまま水に転落したら、場合によっては呼吸ができません。そしてすぐに沈み溺れます。なぜでしょうか。これからアウトドア活動が盛んになるシーズン、万が一の水難事故に備え、知っておきたい緊急行動があります。

【参考 #マスク着け水泳学習】ママの心配をよそにプールでのマスク着用は進むのか?いえいえ、メリハリをつけると思います (6月21日追記)

実験画像

 飛沫を防ぐために常用しているマスクで実証実験をしました。

 図1ではマスクの端が顔面に密着するウレタン製タイプを装着しました。プールサイドで立ち、ここから勢いよく落水しました。転落直後に背浮きになりましたが、それを諦めてすぐに立ってしまいました。背浮きができた時間は数秒です。#マスク着け水泳学習

図1 左:マスクの端が顔面に密着するタイプを装着し落水準備、右上:落水後わずかな時間だけ背浮き、右下:背浮きを諦めて立ってしまった(筆者撮影)
図1 左:マスクの端が顔面に密着するタイプを装着し落水準備、右上:落水後わずかな時間だけ背浮き、右下:背浮きを諦めて立ってしまった(筆者撮影)

 図2ではマスクの端に顔面との間に隙間ができる不織布製タイプを装着しました。こちらでは、しばらく安定した背浮きをすることができました。ただ、マスクを通しての呼吸はできるものの、抵抗が高くてかなりしづらいのです。

図2 マスクの端に顔面との間に隙間ができるタイプを装着し、背浮きをしている様子。呼吸はできるが、抵抗が高くかなりしづらい。
図2 マスクの端に顔面との間に隙間ができるタイプを装着し、背浮きをしている様子。呼吸はできるが、抵抗が高くかなりしづらい。

 この2つの図に写っている被験者は、背浮きのスペシャリストです。水難学会にてういてまて教室のプログラムを考案し、すべての実技について様々な実証実験を行って安全性を確認してきました。当然、安全対策を十分にとった上で一連の実験を行っています。

 そんな本人でも、顔面に密着するタイプのマスクを装着したら背浮きをすることができませんでした。聞くと「呼吸が全くできないよ」との答えが返ってきました。呼吸しようとすると、水が口の中に入ってきて、水中で呼吸するような(無理です)状況になってしまいました。

マスクの中で何が起こったのか

 落水後にすぐにマスクが水を吸うのと同時に、水が顔とマスクの間に入ります。ウレタンマスクは吸水性が抜群で、さらにマスクの端が顔面と密着するので、図3に示すように息を吸おうとすると、マスクと顔面との間にとどまった水を吸い、さらにマスクが鼻や口に密着して、マスクに吸収された水をも吸うことになります。つまり、水中で水を吸い込むのと同じことになります。

 ましてや鼻から容赦なく水が入るので、淡水であれば鼻が痛くてたまりません。そのため背浮きを長く行うことも、呼吸をすることもできないのです。そうなると苦しさと鼻の痛さに耐えかねて立ち上がることになります。それがもし足のつかない池とか川だと、背浮きの達者であっても、溺れます。

図3 人の気道の断面。口と鼻から呼吸をするのだが、密着性のよいマスクをしたままだと落水時に水がマスクと顔面の間にたまる。呼吸をしようとするとその水が口や鼻から容赦なく入ってくる(筆者作成)
図3 人の気道の断面。口と鼻から呼吸をするのだが、密着性のよいマスクをしたままだと落水時に水がマスクと顔面の間にたまる。呼吸をしようとするとその水が口や鼻から容赦なく入ってくる(筆者作成)

 一方不織布マスクのように、マスクの端に顔面との間に隙間ができるのであれば、マスクの端から水が流れ出すために、マスクと顔面との間に水はたまりにくくなります。呼吸の時に、口や鼻に濡れたマスクが完全密着しないので、背浮きを続けることができます。ただそれでも、濡れると水の膜が不織布の目にはある程度張るので、これが空気の流れを妨げます。従って、背浮きはできても呼吸はしづらくなります。

マスクをしたまま落水したら、どうする?

 背浮きの状態になったら、すぐにマスクを口と鼻から外します。その方法は2つあります。図4左はアゴにずらす方法です。右手でも左手でもマスクの下端をつまみアゴに向かってズリ下ろせばすぐに呼吸をすることができます。一方、図4右はマスク全体を引っ張って耳かけを耳から強制的に外す方法です。いずれも緊急行動なので、もたもたすることはできません。「なんでもいいから外す」と覚えておいて、最も外しやすい方法で外してください。

図4 左:マスクの緊急外し方。左:アゴにズリ下げる方法、右:引っ張って耳かけを耳から外す方法(筆者撮影)
図4 左:マスクの緊急外し方。左:アゴにズリ下げる方法、右:引っ張って耳かけを耳から外す方法(筆者撮影)

マスクを外す練習はプールですべきか?

 絶対にやめてください。ういてまて教室では、図3のような姿勢で背浮きで救助を待つ方法を学びます。しかしながら、マスクをしたまま水に入るのは絶対にやめてください。ういてまて教室ではマスクを必ず外して入水してください。

 マスクは、水泳では最も大切だとされる、呼吸の確保を妨げます。マスクをしたまま入水することなど、これまでの人類の歴史でも流石に経験したことがなく、確立された安全管理の仕方がありませんし、正しい指導方法もありません。

 練習なしで本番を迎えた場合に備えてどうするか。そのため水辺で釣りをするなど、水に落ちる可能性の高い活動をする時には、救命胴衣の着用がこれまで以上に求められます。図5は管理された上で立ち入りの許可された港の防波堤釣り場でのワンシーンです。ここではマスク着用ばかりでなく、救命胴衣の着用も求められており、入場者はそれらをきちんと守っています。

 救命胴衣を着用していても、落水したら、緊急行動としてマスクを外します。ただ、救命胴衣の浮力のおかげで落ち着いてマスクを外すことができます。膨張式救命胴衣の場合には、自動膨張式でなければなりません。手動膨張式では膨張させる手間とマスクを外す手間と、緊急時に2つを確実に操作することは水の中では厳しいですし、そもそも、同時にマスクを外すような緊急行動を想定せずに開発されています。

 散歩中に水に落ちるなど、救命胴衣を着用してなかったら、図4を思い出し、とにかくマスクを外し、背浮きになって救助を待っていてください。

図5 マスク着用の釣りでは、救命胴衣の着用はさらに重要性を増す(筆者撮影)
図5 マスク着用の釣りでは、救命胴衣の着用はさらに重要性を増す(筆者撮影)

さいごに

 マスクを着用したまま落水する状況はたくさんあります。子供同士で水辺で遊んでいたり、親子で釣りに出かけていたり、あるいは洪水や津波災害での避難中もそれにあたります。プール授業やプール開放で、マスクをしていることを忘れて飛び込んでしまうことも考えられます。「そんなばかな」というかもしれませんが、本稿で実証試験を行った被験者は、プールに入る前にマスクをしていることを忘れてシャワーを浴びました。

 水辺でのマスク着用。これまで人類が経験したことのないことです。マスクの着用がすっかり定着した今年の水のシーズンでは、かなり真剣に注意して行動しなければなりません。

水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授

ういてまて。救助技術がどんなに優れていても、要救助者が浮いて呼吸を確保できなければ水難からの生還は難しい。要救助側の命を守る考え方が「ういてまて」です。浮き輪を使おうが救命胴衣を着装してようが単純な背浮きであろうが、浮いて呼吸を確保し救助を待てた人が水難事故から生還できます。水難学者であると同時に工学者(材料工学)です。水難事故・偽装事件の解析実績多数。風呂から海まで水や雪氷にまつわる事故・事件、津波大雨災害、船舶事故、工学的要素があればなおさらのこのような話題を実験・現場第一主義に徹し提供していきます。オーサー大賞2021受賞。講演会・取材承ります。連絡先 jimu@uitemate.jp

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