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鳥インフルエンザが人に感染するとき。森林破壊がパンデミックを誘発した

田中淳夫森林ジャーナリスト
(写真:ロイター/アフロ)

 今年は、何といってもコロナ禍で明け暮れている。だがCOVID-19(新型コロナウイルス感染症)以外にも、多くの感染症が広がっていることを認識しているだろうか。なかでも私が気にしているのは鳥インフルエンザの頻発である。

 今年の発病例を挙げると、11月に香川県各地の養鶏場で発見されたのを皮切りに、福岡県、兵庫県、宮崎県、奈良県、広島県、大分県、和歌山県、岡山県……と次々と飛び火した。処分が決まった鳥(ニワトリ)は、300万羽に達する(12月14日現在)。

 鳥インフルエンザは人間にはうつらないから心配ない、と思わない方がいい。鳥インフルエンザウイルスが変異して、人のインフルエンザに化ける確率は低くないからだ。

 たとえば約100年前、全世界で5億人に感染(当時の世界人口の約27%)し、 死亡者数5000万人から1億人以上に達したとされる「スペインかぜ」の病原体は、A型インフルエンザウイルスである。これは鳥インフルエンザウイルスが突然変異し、人に感染するようになったものと考えられている。

 また2009年にA型のH1N1亜型ウイルスによる新型インフルエンザが全世界に広がったが、これは豚インフルエンザから人に感染したとされている。2013年にはH7N9鳥インフルエンザが人に感染した事例もある(この場合は、人-人感染が見られなかった)。

 もし日本で新たなインフルエンザが発生したら、国は「死者数64万人に達する」(致死率2%で想定)とするが、学者によっては「最悪、最大200万人の死者が出る可能性がある」という主張もある。

 11月6日、WHOは「人類は(COVID-19以外に)新たなパンデミックに備える必要

がある」という声明を出した。動物から人へ感染する恐れがあるウイルスは、最大85万種存在するというのだ。事実、毎年人に感染しそうなウイルスが5つ前後発生しているという。

 そのいずれもが、パンデミックに発展する可能性があるそうだ。

 COVID-19や鳥インフルエンザだけでなく、重症急性呼吸器症候群(SARS)や中東呼吸器症候群(MERS)など、動物から人へ伝播する感染症の集団発生が、この数十年増加傾向にある。これらはいずれも人獣共通感染症(ズーノーシス)だ。

 この点に関しては、

野生動物に気をつけろ! 新型コロナはペストと同じ人獣共通感染症

でも記したが、なぜこの手の感染症が頻発するかと言えば、人間が野生動物との接触が増えたからだろう。その大きな理由の一つは、人類が森林を伐採して生物多様性を減少させたからだと言われている。

naturedigest10月号の「森林破壊と種の絶滅がパンデミック発生リスクを高める」 によると、この点を何十年も前から多くの生態学者が推測していたという。

 人類が森林(とくに原生的な環境を残す森)を開発すると、野生動物が人や家畜との接触機会が増える。それが感染症多発の直接的原因だというのだ。

 とくに過去10年間で、急激に進んだ生物多様性の減少が、動物から人へ伝播する病原体の宿主動物を増加させている可能性がある。それは、単に人が野生動物を捕獲する機会が増えるからではない。

 生物多様性が減少すると、通常は少数の種が多数の種に取って代わる。たとえばネズミやコウモリは、人間社会のつくる都市の環境に適応して、数を増やす傾向にある。これら生き残って繁栄する種は、人にも感染する可能性のある病原体の宿主である可能性が高いのだ。

 ただ厄介なのは、「森林が感染症の発生源になりかねない」という情報を伝えると、逆の行為を誘発させかねないという。「この森林は次のパンデミックの発生源になるのでは」と思われて、伐採がますます進められてしまうかもしれないからだ。正確な情報と普及啓発が欠かせないだろう。

 思えば2020年は、名古屋で開かれた生物多様性条約締結国第10回会議から10年目に当たる。結ばれた通称「名古屋議定書」の「愛知目標」成果を確認する年だったのである。皮肉にも、コロナ禍によってそれに関する会合イベントは全部キャンセルされてしまったが、オンラインで国連生物多様性サミットは開かれた。

 しかしその前に報告された「地球規模生物多様性概況(第5版)」によると、愛知目標の60項目のうち、10年間で達成できたのは7つにすぎない。そして20の目標のうち、構成要素をすべて達成できたのはゼロだ。実にお寒い状況なのだ。

 コロナ禍の中、改めて森林保全と生物多様性の大切さを認識してほしい。

森林ジャーナリスト

日本唯一にして日本一の森林ジャーナリスト。自然の象徴の「森林」から人間社会を眺めたら新たな視点を得られるのではないか、という思いで活動中。森林、林業、そして山村をメインフィールドにしつつ、農業・水産業など一次産業、自然科学(主に生物系)研究の現場を扱う。自然と人間の交わるところに真の社会が見えてくる。著書に『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)『絶望の林業』『虚構の森』(新泉社)『獣害列島』(イースト新書)など。Yahoo!ブックストアに『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』。最新刊は明治の社会を揺り動かした林業界の巨人土倉庄三郎を描いた『山林王』(新泉社)。

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