研究者が学会に参加する本当の理由 -日本で初開催、「UIST」がやって来た!(後編)-
前回(「マルチタッチもここで登場!未来を映す国際学会」http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/48316)は、ユーザーインタフェース(UI)の国際学会「User Interface Software and Technology(UIST)」が日本で初めて開催されたことを受け、そこでの発表内容が私たちの未来を先取りしていることを紹介しました。
しかし、このような国際学会は、そもそもなぜ行われるのでしょうか。また、どのようにして成り立っているのでしょうか。今回は、その辺りを紹介していきましょう。
なぜ研究者は学会に参加するのか
なぜ、研究者は学会に参加するのでしょうか。「一番の目的は、自身の研究論文を発表して業績を挙げること」。世の中ではそう思われているかもしれません。しかし、それがすべてではありません。
今年のUISTの大会委員長でもあり、UISTに20回以上参加してきたという東京大学の五十嵐健夫教授にこの質問をしたところ、「研究者が学会に参加するのは、研究とはコミュニティで行うものだから」だという答えが返ってきました。これをもう少し掘り下げてインタビューしてみることにしました。
五十嵐氏はこう続けます。
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作家が小説を書くのは個人の仕事です。企業が製品を開発したり、プロダクションが映画を作るのは、チームの仕事です。それに対して、研究とはコミュニティ、すなわち、同じ分野で研究を行う人たちとのつながりの中で行うものです。
「巨人の肩に乗る」という表現がありますが、研究者がやっていることは、他の研究者たちが積み上げてきた知見を基にして、自ら新しい発明発見をして、それをまた他の研究者のために提供する、という営みです。言ってみれば、研究とは個人で行うものではなく、コミュニティ全体として行うものなのです。
学会は、そのようなコミュニティに属するメンバーが一堂に会して、それぞれの最新の研究結果を報告し合い、それを持って帰って自分の今後の研究に生かすための、最も重要な場です。極端な言い方をすれば、研究者は学会に参加して自分の研究成果を発表してシェアするために、日々の研究を行っているともいえるのです。
もちろん、自分の研究成果が製品となって直接世の中の役に立つということも大切ですが、それは簡単に実現できるものではありません。だからこそ、コミュニティとして知見を積み上げていって、将来、コミュニティの誰かが、世の中で役に立つ技術を作り出す手助けをすることが重要なのです。
研究者にとっては、自分の職場の同僚よりも、同じコミュニティに属する同じ分野の研究者の方がはるかに親しい存在です。同じ目標に向かって共に研鑽を積む同志ともいえます。
だからこそ、世界に散らばるコミュニティのメンバーが全員集まって直接顔を合わせて議論できる学会は、1年で最も大事な場であり、それに向けて論文を書き、それに向けて予定を調整して集まるのです。集まれば、同じ場所で3日間、早朝から深夜まで議論を続けます。そしてそこで得たエネルギーを元に、また1年頑張るのです。
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五十嵐氏は、「研究者になぜ学会に参加するのかを問うことは、俳優に対してなぜ舞台に上がるのか、スポーツ選手になぜ試合に出るのか、音楽家に対してなぜ演奏会で演奏するのか、と問うのと同じこと」と述べていました。
自分が研究してきた研究が世界最大規模の学会に採択され、多くの研究者の前で発表できるのは、研究者としてとても名誉なことです。しかしそれ以上に大事なのは、前編で紹介したジェファーソン・Y・ハン氏や五十嵐氏の言うように「このコミュニティに貢献すること」、さらにそれを通して「社会に貢献すること」なのです。
若手の研究者から見た側面としては
実は、論文投稿から、その論文を学会で発表するまでには長い時間がかかります。
UIST2016を例にとってみると、論文投稿締め切りは4月。採択決定が8月。学会開催が10月です。論文投稿から学会開催までで実に半年が過ぎており、その先を見てみると、UIST2017の論文投稿の締め切りまで、すでに半年を切ったところでもあるのです。
コンピュータグラフィックス(CG)の世界最大の国際学会「SIGGRAPH」でも同様ですが、国際学会は「採択された研究発表の場」であるとともに、「現在進行中の研究」をその分野の専門家に見てもらって、コメントやアドバイスをもらう絶好のチャンスでもあります。
論文を投稿して査読してもらうと、「〇〇の研究は知っているか?」「△△と比較実験はしたのか?」「こんな手法は試してみたのか?」などさまざまなコメントをもらって、リジェクト(不採録)になることもよくあります。
そのような査読の予行演習を学会会期中の休み時間にしてもらう、とでも言いましょうか。廊下では、ノートPCを片手にした研究者たちの間でさまざまなディスカッションが繰り広げられています。そして、そこから共同研究が始まることも少なくありません。
学生や若手研究者にとって、学会は「コミュニティに育ててもらう場」でもあるわけです。
UISTではセッションとセッションの間が40分も取ってあり、廊下にはコーヒーやドーナッツが並びます。五十嵐氏によると、この休憩時間の長さは昔からのUISTの伝統でもあり、絶対に譲れないポイントの1つだとのことでした。そして、この議論はずっと夜中まで続くのです。
女性研究者の集い「Women’s Luncheon」も開催
私は、ユーザーインタフェース(UI)やヒューマンコンピュータインタラクション(HCI)といった分野における国内最大の学会「インタラクション」で、女性研究者が集う会「Women’s Luncheon(ウィメンズランチョン)」を2013年より開催してきています。今年は本家UISTのWomen’s Luncheonの現地担当として運営をサポートしました。
世界各国の女性研究者、女子学生が集まり、研究と育児やプライベートを両立させる上でどのような悩みがあるのか、自分の職場にはどのような支援があるかなどを共有し合い、解決策を考えたりと、話は盛り上がりました。
私が「8時から18時まで、保育園・幼稚園・学童保育に預けている」というと、「なんてロングタイム!!」ととてもびっくりされます。
私は18時に子どものお迎えに行くために、会議を抜けて走ってお迎えということがしょっちゅうです。さらに日本では、延長保育やベビーシッターによる二重保育をしている女性研究者も多く見られます。
普段は「自分が子どもを長時間預けて仕事をしている」という意識があまりなかったのですが、海外の人と子育ての話をすると、日本がいかに他の国に比べて長時間労働なのか考えさせられます。
同時英語字幕は遠隔地からリアルタイムに
今年は「情報保障」という目的で、同時英語字幕が導入されました。
情報保障は、日本ではようやく最近になって聞くようになってきましたが、こういったアカデミアの分野での導入はまだまだごく一部です。しかし、アメリカではADA法(Americans with Disabilities Act; 障がいを持つアメリカ人法)が整備されており、すべての人が平等に情報を得る権利として、ごく当然のものとして実施されています。
さて、聴覚障がい者からのリクエストで行われたこの字幕ですが、字幕作業者はインターネット経由で遠隔から接続し、リアルタイムで筆記して、その結果が会場にプロジェクタで映し出されていきます。日本の学生たちの間でも、聞き取りづらい英語を字幕で確認することができたり、重宝されていました。
国内ですと、情報処理学会の全国大会でも、手話や要約筆記による情報保障が始まっています。ITが普及することで、このような遠隔でのボランティア作業も可能になるのだと実感させられました。
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最後に、UIST2016で発表された技術論文に関するビデオが、6分間でまとめられたものも公開されています。これらの技術が、20年後には、あなたの家の中で当たり前のように使われているかもしれませんね。
来年のUIST2017は、カナダのケベックシティーで10月22~25日に開催されます。最先端のユーザインタフェース技術にご興味のある方は、ぜひチェックしてみてください。
(この記事は、JBPressからの転載です。)