Yahoo!ニュース

ダチョウ倶楽部の「熱湯風呂」は熱くない!?リアクション芸の暗黙のルールとは?

ラリー遠田作家・お笑い評論家

2018年、芸能プロダクションの社長が、煮えたぎるしゃぶしゃぶ鍋に元社員の顔面を押し付けて火傷を負わせたとされるパワハラ騒動が話題になったことがあった。そのときの様子が動画として公開され、多くの人に衝撃を与えた。

その当時、『新・情報7daysニュースキャスター』(TBS)でこのニュースが取り上げられた際、ビートたけしが「昔だったら俺なんか相当訴えられてるんだろうな」とコメントした。そこで、たけし軍団やダチョウ倶楽部をはじめとする芸人たちが熱い風呂に入れられてのたうち回る「熱湯風呂」の話題になると、たけしはポロッとこんなことを漏らした。

「本当は熱くないからね、別に。あれで火傷したやつ見たことないんだから」

安住紳一郎アナはすかさず「それはたけしさんがコメントしない方がいいと思いますけど」とフォローしたのだが、たけしはさらに「そんなに熱いわけないんだよ」と続けた。熱湯風呂が実際には熱くないのは言うまでもないことだ、と思っているようだった。ネット上ではたけしのこの発言が注目され、ニュースとして報じられたり、SNSなどで意見が交わされたりもした。

視聴者のお笑いリテラシーは向上した

近年に入り、多くの芸人がテレビで活躍するようになり、笑いの取り方やテレビでの立ちふるまい方まで赤裸々に語るようになった。その影響もあって、視聴者の「お笑いリテラシー」は年々向上している。そのため、たけしの「熱湯風呂は熱くない」という発言に関しても、それ自体がそれほどショッキングな告白として捉えられているわけではない気がする。

体を張ったバラエティの企画とはいえ、目に見えるほどの火傷や怪我を負うようなものは基本的に放送されることはない。たしかに、バラエティの歴史の中でこれだけ何回も熱湯風呂の企画が行われているのに、火傷を負う芸人が続出したという話は聞いたことがないし、そんな光景を見た記憶もない。だから、「熱湯風呂が熱くない」というのは、言われてみれば当たり前のことなのである。

ただ、それはこの分野における「暗黙の了解」のようなものだ。あえて言うまでもないほど当然のことだが、芸人側が自ら語るようなことでもない。だからテレビの中でそのことをはっきり言う人はこれまでいなかった。この分野の第一人者であり、多くの企画の考案者でもあるたけしだからこそ、あっけらかんと種明かしをすることができたし、それが許されているのだろう。

小島よしおが一線を越えた瞬間

仮に、もっと立場の低い芸人がテレビの生放送で同じ発言をしていたら、はるかに深刻な問題になっていたはずだ。実際、以前にこれと似たような出来事があった。2007年8月18日放送の『24時間テレビ』(日本テレビ)の企画で、当時大ブレーク中だった小島よしおが熱湯風呂に入ったときのことだ。

バラエティの流れとしては、もちろん本気で熱がらなくてはいけない。だが、小島はそのお約束を平然と破ってしまった。熱いはずのお湯につかりながら、熱がるそぶりも見せずに「そんなの関係ねえ」という持ちギャグを連呼しながら踊り続けてみせたのだ。熱湯風呂の企画史上でも前代未聞の事態が起こったため、生放送の現場は騒然となった。小島の先輩であるカンニング竹山は「そんなの関係ねえ」というギャグを放った小島に対して、のちに「関係あるときもあるんだよ」とアドバイスを送ったという。

ただ、バラエティの熱湯風呂が本当に熱くないのかどうかはわからない。火傷を負う人が続出するほどの熱さではないのは明白だが、長時間入っていられないほどの熱さはあるのかもしれない。いずれにせよ、視聴者がそれを確かめる術はない。

熱いかどうかは本質的な問題ではない

実のところ、熱湯風呂が実際に熱いかどうかは、そのときのリアクション芸が面白いかどうかとは関係がない。本当に熱がっているのだとしても、熱いふりをしているのだとしても、芸人が全力を尽くして滑稽なリアクションをして、それが笑いを生み出すということには何の変わりもない。

出川哲朗やダチョウ倶楽部といったこの分野のスペシャリストがテレビの中でもたびたび語っている通り、リアクション芸には技術が必要であり、これはこれで立派な1つの専門分野なのである。たとえ熱湯風呂がそれほど熱くないとしても、そこに入って笑いを生み出せる彼らがプロ中のプロであることに疑いの余地はない。

作家・お笑い評論家

テレビ番組制作会社勤務を経て作家・お笑い評論家に。テレビ・お笑いに関する取材、執筆、イベント主催など、多岐にわたる活動を行う。主な著書に『松本人志とお笑いとテレビ』(中公新書ラクレ)、『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと『めちゃイケ』の終わり<ポスト平成>のテレビバラエティ論』(イースト新書)、『逆襲する山里亮太』(双葉社)、『なぜ、とんねるずとダウンタウンは仲が悪いと言われるのか?』(コア新書)、『M-1戦国史』(メディアファクトリー新書)がある。マンガ『イロモンガール』(白泉社)では原作を担当した。

ラリー遠田の最近の記事