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【書評】『孤立し漂流する社会を生きる私』  日本消費者連盟/消費者・生活者9条の会 編

大野和興ジャーナリスト(農業・食料問題)、日刊ベリタ編集長

ある労働組合の相談窓口で聞くと、相談に来る若い男性のほとんどは心を病んでいる。労災相談でもその大半は精神の障害だ。本書の一節にこんなくだりがある。

「職が定まらず、契約切れのたびに職探しとなれば、そりゃ人はうつになりますわね」。

「自分の経験も含めて話しますと、仕事がないと人前に出る必要がなくなりますわね。身だしなみを整える、家を片づけるというのは人前に出るからこそ。そもそも朝起きる必要がないから昼間も布団で過ごし、結果、夜眠れなくなる。で、夜には不安が襲ってくる。俺はこのまま人生を食いつぶしてしまうのか。そんな想念がぐるぐる回って、余計眠れなくなる・・・」

安倍政権のもとで、憲法9条が空洞化され、日本は戦争ができる国になった。そして改憲がすぐ目の前の問題となった。ほんの数年前まで、こんな時代がこんなに早く来るとは想定できなかった。だが危機は9条だけではない。この20年、経済や企業活動のグローバル化が進む中で、格差の拡大、貧困層の増大が目に見えて進んだ。それと並行して、安心して平穏に生きる権利、健康で文化的な生活をする権利、労働者の働く権利、中小零細業者の生業の権利、教育を受ける権利、搾取と貧困・抑圧を受けない権利、地域でくらす権利、これらすべてがこわれてしまった。思想・信条の自由や知る権利が抑制され、社会は息苦しさが増している。

これらはすべて憲法で保障されている権利であるにもかかわらず、私たちはそれを個別の問題としてとらえ、そのすべてが憲法の問題であるととらえきれていなかった。その結果、生活や労働の足元で、憲法そのものが空洞化してしまったのである。憲法をないがしろにされても黙っている国民のだから、9条の解釈改憲にも何も言わないだろう、そうして集団的自衛権行使容認が決まった。

本書は、こうした憲法状況を生活と労働の足元から見つめ直し、憲法を活かす活動をつくりあげることをめざして編まれた。帯に「市民がつくる“憲活”レポート」とある。本書「はじめに」で筆者は編者の日本消費者連盟と消費者・生活者9序ぷの会を代表して、その思いを次のように述べてた。

「日本消費者連盟はその50年近い歴史を、『すこやかないのちを未来につなぐ』を合言葉に、『消費者・生活者の権利』を掲げて活動してきました。活動の根拠はすべて憲法にありました。憲法の平和主義のもとで、『健康で文化的な生活』を営み、個人が尊重され、おだやかに、のびのびと自由に、尊厳をもって働き、生きることができる社会をめざして活動を積み上げてきたのです。その憲法が危うくなってきていると感じた2014年秋、日本消費者連盟が軸となって呼びかけ、『消費者・生活者9条の会』を多くの人たちと立ち上げました。憲法をくらしの足元から改めて見つめなおし、自分のものにしていく活動を積み上げなければならないと考えたらからです。」

本書は、子ども、高齢者、女性、非正規労働者、野宿者、崩壊寸前の地域社会、医療や教育の現場に分け入り、現実に起こっている人権侵害を具体的に生き生きと紹介する第1部と、そうした現実に向き合い、対抗する運動の現場のリーダーの寄稿と専門家によるあるべき社会に向けての方向性の提示からなる2部で構成されている。

冒頭紹介した一節は、1部の労働現場の実態を描いた「働けど働けど」の一部である。ここでは、山間地域の村の崩壊という現実の傍らで、都内で社会保険事務所が北関東を対象に生活保護費つきで高齢者を送りこめる施設を探している実態も報告される。いま、東京23区内では長年生活し、仕事をし、友人も知人もいる地域に住めなくなっているのだ。

2部では、生存権、住む権利、平和に生きる権利、地域の自然を守る権利、生業を営む権利などを求めるさまざまの運動が紹介される。社会の崩壊の根底にある働く権利の解体に対しては、連帯労組関西生コン支部が50年のたたかいを通して切り拓らいてきた“競争させない”仕組みづくりが紹介されている。人と社会がかくも壊れてしまった大本のところに労働現場の劣悪化があること、関西生コンの運動はその状況と真っ向から対決、この国で唯一成功している事例であるからだ。

戦争と平和の問題では、憲法学者の清水雅彦日本体育大学教授が述べている「戦争違法化」への道が興味深い。それは安倍政権が進める「戦争ができる国」への道とは眞逆の方向であり、世界の潮流はこちらがメインストリームになっているのだという(本書2部3章)。清水さんの論考でもう一つ興味深いのは、単なる復古主義とみられている自民党改憲草案には、企業の儲ける自由だけは保障する条文が埋め込まれているという指摘である。詳しくは本書をお読みいただきたい。

改憲が目前にきている今、草の根からの運動づくりの一助として、ぜひ手にとっていただきたい一冊である。コンパクトな新書版で、読みやすい。

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(七つ森書館、2015年5月刊、税込1000円)

ジャーナリスト(農業・食料問題)、日刊ベリタ編集長

1940年、愛媛県生まれ。四国山地のまっただ中で育ち、村歩きを仕事として日本とアジアの村を歩く。村の視座からの発信を心掛けてきた。著書に『農と食の政治経済学』(緑風出版)、『百姓の義ームラを守る・ムラを超える』(社会評論社)、『日本の農業を考える』(岩波書店)、『食大乱の時代』(七つ森書館)、『百姓が時代を創る』(七つ森書館)『農と食の戦後史ー敗戦からポスト・コロナまで』(緑風出版)ほか多数。ドキュメンタリー映像監督作品『出稼ぎの時代から』。独立系ニュースサイト日刊ベリタ編集長、NPO法人日本消費消費者連盟顧問 国際有機農業映画祭運営委員会。

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