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なぜ今、食と農の基本法が改定なのか(上)経済成長を支え、新自由主義次代を生き抜き挫折した農業の理念法

大野和興ジャーナリスト(農業・食料問題)、日刊ベリタ編集長

 農業・食糧政策の基本を定める「食料・農業・農村基本法」(以下、基本法)の改正案の審議が国会で進んでいます。あわせて食料が不測の事態に陥ったときを想定した「食料供給困難事態対策法案」と「農地関連法改正案」、農業にAI技術を導入するスマート農業技術の活用促進を図る新法案も国会に出され、農水省はこれら四法案の一括審議を求めています。いま政府が基本法を改定しようとする狙いはどこにあるのか、そのことによって何を狙っているのかを考えてみます。

◆経済成長を支える農業をつくる―農業基本法の時代

 「食料・農業・農村基本法(以下、基本法)というは、この国の農業・農村、食料のあり方と、そこの至る道筋を書いた理念法です。源流は1961年に作られた農業基本法にあります。

 日本を揺るがしていた戦後最大の民衆運動、日米安保条約改定反対運動がおさまり、安保改訂を進めた岸信介内閣が退陣、代わって登場した池田内閣によって政策の柱を政治から経済に切り替えたのが1960年。時代は高度経済成長の時代に突入しました。経済の成長に合わせて農業も効率化を図り、余った農業労働力を都市、工業に引き寄せようという狙いで作られたのが農業基本法でした。

 この基本法の下で農業の大規模化、専門化、機械化、化学化、施設化という、いわゆる農業近代化をすすめることを目的としていました。

◆新自由主義への迎合と抵抗―WTO体制下の基本法

 それから28年が経過した1999年、農業基本法は「食料・農業・農村基本法」に衣替えします。その背後にはすべてをグローバル化する新自由主義の流れがありました。国内農業だけをみていればよかった旧基本法が時代に流れに追いつけなくなったのです。

 1993年、ガットウルグアイ・ラウン

ド締結。1995年、WTO(世界貿易機関)発足と続く自由貿易の流れに沿う新しい政策理念が求められ、それを具体化したのは新基本法でした。当時の国際環境の元では、経済のグローバル化に対応するためには、農産物価格は国際価格に対応して常に引き下げまければならなくなります。同時に、割高な農業が国内にある意味を国民に納得してもらわなければならないという課題を背負います.

 新基本法は、日本に農業が存在することの意味を問いかけることをめざしていたといえます。その中身は①食料の安定供給②環境保全など農業がもつ多面的機能の発揮③農業の持続的な発展の重視④農業を支える農村の振興ーなどが柱でした。輸入農産物の安さに少しでも抵抗して、国産振興の理由付けをさがす苦肉の中身づくりが透けて見える内容でした。

 せっかく作った新基本法でしたが、成果は上がりませんでした。農業の担い手の劣弱化が進み、食料自給率は下がり続けます。図は「農業構造動態調査」から農林水産省が作成したものですが、日本の農業の中心的な担い手である基幹的農業従事者の年齢構成をみると、29歳以下の若者世代は1%しかおらず、50歳代以下の働き盛りは21%です。そして70歳代以上が全体の半数以上の57%を占めています。70歳以上といえばそろそろ引退という年齢層です。日本の農業はその年代の農民によって担われているのです。

 2020年から大流行が始まる新型コロナはこの傾向に拍車をかけました。需要減による農産物価格に低落で一挙に離農が進みました。生産者に手取り米価は20年から22年産米にかけて、品種にもよりますが2割から3割下がりました。まさに暴落です。

 その価格水準は1俵(60kg)玄米で1万円前後。1俵の生産費は農水省の生産費調査で1万5000円ほどですから、1俵売るごとにコメ農民は5000円の赤字になります。農民の農業離れが急拡大します。(続く)

ジャーナリスト(農業・食料問題)、日刊ベリタ編集長

1940年、愛媛県生まれ。四国山地のまっただ中で育ち、村歩きを仕事として日本とアジアの村を歩く。村の視座からの発信を心掛けてきた。著書に『農と食の政治経済学』(緑風出版)、『百姓の義ームラを守る・ムラを超える』(社会評論社)、『日本の農業を考える』(岩波書店)、『食大乱の時代』(七つ森書館)、『百姓が時代を創る』(七つ森書館)『農と食の戦後史ー敗戦からポスト・コロナまで』(緑風出版)ほか多数。ドキュメンタリー映像監督作品『出稼ぎの時代から』。独立系ニュースサイト日刊ベリタ編集長、NPO法人日本消費消費者連盟顧問 国際有機農業映画祭運営委員会。

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