“保守的”なJR東海が戦略を大転換 新幹線グリーン車上級クラス&在来線全線チケットレスへ
JR各社の中でもある意味、保守的な経営(ラガード経営)の王者だったJR東海が、「経営体力の再強化」の名のもとに、大きな方針転換を行おうとしている。
10月31日に「最新の技術を活用した経営体力の再強化~より安全で、より便利で、より快適な鉄道を目指して~」とする文書を発表し、新技術を積極的に取り入れて輸送サービスのあり方を変革することで、労働力人口の減少への対応や、よりよいサービスの提供を行う新しい戦略を打ち出した。
他社のさまざまな試行錯誤を横目に見ながら、あくまでこれまでの方向性を維持してきたJR東海が、一気に変わろうとしている。何が変わるのか。
東海道新幹線に上級座席を
JR東海では長年、新幹線は16両編成、一定の座席数(車いすスペース対応のため少しだけ変化した)を維持し、グリーン車は3両という構成を保ち続けてきた。
そのグリーン車に、上級クラスを設ける方針を明らかにした。
新幹線の上級クラスといえば、JR東日本などの「グランクラス」がある。こちらは、座席の快適さだけではなく、食事の提供サービス(供食)なども導入しているが、上質な座席はともかく、供食サービスはうまくいっていない。
JR東海が運行する東京圏と大阪圏は人々の移動が多い上に、経営者などいわゆる社会の上層部の人々の利用も多い。この区間の需要の多さゆえか、あるいは座席数を統一したまま運用の融通性を効かせたいためか、JR東海ではこれまで上級座席の導入は検討されてこなかった。
JR東日本は富裕層向けサービスとして「グランクラス」を導入したが、乗車率が決して高いとはいえない。そもそも、ビジネス利用が常時あるという路線ではなく、国会議員の議員パスでも「グランクラス」は対象とならないどころか、皇室が新幹線を利用するときでもグリーン車である(先頭車両だから「グランクラス」はダメ、という説がある)。
そういう状況もあってか、「グランクラス」の利用率は決して高くない。
JR東海が打ち出した「グリーン車の上級クラス座席」は、「グランクラス」のようにまったく別のランクの座席にするのではなく、「特別グリーン車」のような扱いになることが予想される。たとえば、東海道新幹線開業前の151系特急「パーラーカー」のようなものである。
企業などの出張の各種規定に引っかからないように、「グリーン車の上級クラス座席」という設定とし、3両のグリーン車のうち1両か半分を充てる、ということになるのだろう。
さらに、「ビジネス環境を一層高めた座席」を設定するという。「S work」車両が好評で、また以前なら喫煙室に活用していたはずの場所を利用したビジネスブースを導入するなど、ビジネス利用者の多い東海道新幹線が、そのための座席を設定することにした。ビジネス利用者を今後も重視しその対応を強化するということだ。
コロナ禍はまだ終わっていないにもかかわらず、多くの鉄道では以前と同じように乗客が戻り始めた。年末年始は、多くの利用者が戻ってくることを見越して、JR東海は「のぞみ12本ダイヤ」をフル稼働させることにしている。
ほかにも、団体向けに新幹線車両の貸し切りでイベントを行うサービスを提供するという試みも実施する。
ホーム可動柵と半自動運転
東海道新幹線では、駅ホームなどの設備も変わる。全駅に可動柵を整備し、転落事故などを防止する。
また半自動運転を導入する。新幹線の運転は、在来線に比べればかなりシステム化されているものの、そのレベルを向上させる。運転士は先頭運転台に乗務し、手動で発車はさせるものの、運転中の速度制御や停車は自動化させる。
その代わり、運転士は駅発着時のホーム上の安全確認・ドア開閉を行い、異常時には列車の責任者として車掌やパーサーなどを統括して対処するようになる。車掌は、旅に不慣れな乗客のサポート業務に注力し、セキュリティのため車内の巡回を強化する。
かつての車掌は、車内検札などもやらなくてはならなかったが、すでに検札は自動化されている。ドア開閉は「のぞみ」よりも「こだま」のほうがはるかに回数は多い。「こだま」は自由席の出入りが激しい。場合によっては、採算性の低い「こだま」のほうが車掌は忙しい可能性がある。
運転の半自動化を進め、ドア開閉を運転士が行うことで、トータルとしての運転士の負担は増減がないことにしたと考えられるものの、車掌の忙しさは軽減される。
在来線は全線TOICA導入&特急チケットレス拡大
JR東海の中核事業である東海道新幹線がこれまでの方針を大転換するだけではなく、在来線も大きく変わる。まずは交通系ICカード「TOICA(トイカ)」の利用エリアを全線に拡大する。これまで身延(みのぶ)線や飯田線、高山本線では一部でしかTOICAが利用できなかった。さらには、紀勢本線や参宮線では全線でTOICAが使用できなかった。
多くのJRでは、これまで閑散線区での交通系ICカード導入には後ろ向きだった。日本で初めて非接触型交通系ICカードである「Suica(スイカ)」を導入したJR東日本でさえ、いまだに主要都市圏でしか交通系ICカードは利用できない状態のままである。徐々に利用可能なエリアを広げているものの、いまだに紙のきっぷでしか乗車できないエリアもある。
むしろ、JR西日本のほうが交通系ICカード「ICOCA(イコカ)」利用エリアの拡大に熱心であり、かなりの路線で利用できる。
JR東海は、ここではJR西日本を参考にしたのだろう。多くの路線で交通系ICカードを利用できることをめざす。
疑問点としては、間に伊勢鉄道をはさむ特急「南紀」はどうするのか、JR東海と東日本が改札を共有している甲府や熱海はどうするのか、などがもちろんある。
これと並行する施策が、在来線特急のチケットレス化である。私鉄の特急や、JR東日本・JR西日本の特急では、交通系ICカードで運賃を支払い、ネット予約サービスでのチケットレス予約で乗車できることが多い。この方式を、JR東海でも導入することになった。
かといってこれまでの券売機を利用する乗客を見捨てるわけではない。テレビ電話でのサポートつき指定席券売機こそ拡大するものの、係員は対面での案内が必要な乗客への対応に注力するという。
ほかのJRが試行錯誤し、ときには失敗してきた事例を把握した上で、こうした対応を打ち出したのだ。非常に侮れない手腕だ。
むろん、サービスの改善だけではない。安全性も強化する。車側カメラなどの画像で、画像認識技術を使用して安全を確認した上で、3両以上の編成でワンマン運転を行うことになる。修繕などにも最新技術を活用、確実性を高める。
今回、JR東海は「経営体力の再強化」を掲げるものの、ある程度経営体力がないと実現できないものが多く、さらにはほかのJR各社の成功例と失敗例をよく見ている。
これまで、JR東海は亡くなった葛西敬之名誉会長が基盤となる体制をつくり、そのもとで経営戦略を考えてきたが、全体的な事業はうまく推進できるものの、細部がうまく進められないところがあった。
しかしいまは、細かなところを改善することや、ひとつひとつの作業に落とし込むことが上手な会社になっている。
会社方針の大転換には経営体力が必要だが、それが十分可能な環境を、コロナ禍の中でも維持しているのがJR東海だといえる。