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米、鎮痛薬で非常事態宣言

猪瀬聖ジャーナリスト/翻訳家
(写真:ロイター/アフロ)

 トランプ米大統領は10日、鎮痛薬オピオイドの乱用による死亡事故の急増を受けて、国家非常事態を宣言した。薬物汚染は米国の深刻な社会問題の一つだが、ついに非常事態を発令する事態となっている。

 大統領は10日、休暇で滞在しているニュージャージー州のゴルフクラブで、記者団に対し、「オピオイド・クライシスは国家非常事態だ。これは公式発言だ」と述べ、国家非常事態を宣言。そして、「この、これまでに経験したことのない深刻な問題に対し、われわれは多くの時間、努力、資金を投入する用意がある」と強調し、対策に本気で取り組むことを約束した。

 ホワイトハウスも同日、「トランプ大統領は、オピオイド・エピデミックによって引き起こされた危機に対処するため、あらゆる権限を使用するよう政権スタッフに指示した」との声明文を発表した。

 オピオイドは麻薬性鎮痛薬の一種で、摂取すると、中枢神経内のオピオイド受容体と結合し、脊髄や脳への痛みの伝達を遮断することで、痛みを和らげる効果がある。手術後の痛みや末期がん患者の治療などに処方されることが多い。様々な種類があるが、モルヒネやオキシコドン、フェンタニルなどが代表的だ。

 ただ、優れた鎮痛効果を発揮する一方で、長期間服用すると依存症に陥る危険性が高い。また、過剰摂取した場合、昏睡や呼吸障害を発症し、死亡することも珍しくない。昨年4月、世界的な人気歌手のプリンスさんが急死し、日本でも大きく報道されたが、検視の結果、死因はフェンタニルの過剰摂取だった。

年間33,000人が死亡

 オピオイドは本来、医師の処方が必要だが、米国では、闇市場やインターネットを通じ比較的簡単に入手できるという。また、本来の痛みを和らげる目的ではなく、麻薬代わりに常用する人も相当数に上ると見られている。

 オピオイドによる死亡事故は過去10年で急増しており、ワシントン・ポスト紙などによると、2015年には33,000人以上がオピオイドの過剰摂取が原因で死亡。その数は昨年、さらに増えたもようだ。

 オピオイドをめぐっては、過剰投与や依存性の危険性に十分に注意を払わず、わずかな体の痛みでも安易に処方してしまう医師のモラルや、利益優先とも取られかねない製薬会社の姿勢を問題視する声も多い。

 政府の疾病対策センター(CDC)は、「毎日、1,000人以上の救急患者が、誤った方法でオピオイドを処方されている」との情報をホームページ上に載せ、医師の責任を指摘している。

 また、ニューハンプシャー州政府は今月上旬、副作用の影響を小さく見せるなどして消費者を欺いたとして、オピオイド系鎮痛薬「オキシコンチン」を製造販売するパーデュー・ファーマを州の裁判所に提訴した。ミズーリ州やオハイオ州も今年に入り製薬会社を相手取って同様の裁判を起こすなど、自治体がオピオイドの製造販売責任を問う動きが全米に広がっている。

 こうした事態を受け、トランプ大統領は3月、「薬物依存とオピオイド危機に対処するための大統領委員会」を組織。同委員会は先週、中間報告をまとめ、大統領による非常事態宣言の発令を提言していた。

ジャーナリスト/翻訳家

米コロンビア大学大学院(ジャーナリズムスクール)修士課程修了。日本経済新聞生活情報部記者、同ロサンゼルス支局長などを経て、独立。食の安全、環境問題、マイノリティー、米国の社会問題、働き方を中心に幅広く取材。著書に『アメリカ人はなぜ肥るのか』(日経プレミアシリーズ、韓国語版も出版)、『仕事ができる人はなぜワインにはまるのか』(幻冬舎新書)など。

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