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スタジアム観客数をめぐって、批判を浴びるイギリス:コロナ禍の欧州サッカー選手権。オリンピックに影響?

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者
6月29日イングランド対ドイツ戦。ロンドンのウェンブリー・スタジアムは密だった。(写真:ロイター/アフロ)

今、スタジアムの観客数をめぐって、欧州の国々がイギリスに異議を唱え始めている。

目下、欧州では、サッカーの欧州選手権が開かれている。現地では、ワールドカップと同じくらい盛り上がる。世界のサッカーファンにとっても、必見の質の高さと面白さだ。

4年に1回開かれるもので、本来は2020年だったのだが、コロナ禍で1年延期になった。今年の試合の開催は、10カ国・11都市・11スタジアムに分散されている(無観客を模索したアイルランドが外れて、12都市予定が11になった)。

いよいよ7月2日からは準々決勝が開かれるが、批判の的になっているのがイギリスである。

スタジアムに6万人も入れようと

ロンドンのウェンブリー・スタジアムで、準決勝の2試合の両方、そして決勝が行われる。

16強の試合は、6月29日にすべての試合が終わった。ウェンブリー・スタジアムではグループ戦からずっと、9万人の収容人数のうち、半分の4万5000人もの観客を入れて開催してきた。

それだけでも批判が増えてきていたのに、なんと準決勝・決勝では、さらに拡大して6万人を入れるというのだ

最終的に決定するのは、欧州サッカー連盟(UEFA)である。無観客では催さない方針だったと言われている。ただ、各国で許容する観客数にはバラツキがあるので、各国政府の意向が大きいと思われる。

参考記事:コロナ禍の中で始まったお祭り騒ぎ、欧州サッカー選手権。コロナ対策は?オリンピックとどう違う?

だから、欧州の人々の抗議は、欧州サッカー連盟だけではなく、英国政府に向かっているのだ(オリンピックで問題が起これば、批判は同じように日本政府や日本人に対しても起こる覚悟は必要だろう)。

「無責任だ」「場所を変えろ」の批判

まず、ドイツの内務大臣であるホルスト・ゼーホーファー氏である。

英国政府と欧州サッカー連盟に対し、今後ロンドンのスタジアムに入場数を減らすよう求めた。29日、バイエルン地方の新聞『アウグスブルガー・アルゲマイネ』のインタビューに答えた。

さらに、欧州サッカー連盟の決定を「無責任」と非難したのだ。「感染力の強いデルタ型のリスク地域とされている国で、何万人もの人々が狭い場所に集まることは、無責任だと思う」と。

ドイツは、バイエルン地方のミュンヘンのスタジアムで試合が開催されているが、「観客数20%」を守っている。7月2日の準々決勝でイタリア対ベルギーの試合が行われるが、今までと同じく20%、1万4000人のみの収容にするという。

ドイツ内務大臣は「この20%ルールが、他の試合でも適用される基準」になるべきだと主張している。

ドイツだけではない。イタリアのドラギ首相は、先週から、決勝戦を別の国に移すようにと要求し続けている。決勝戦が「伝染病が急速に拡大している国で行われないように」という理由だ。

さらに、ギリシャのマルガリティス・シナス氏も、準決勝と決勝がロンドンで行われることへの懸念を、28日にブリュッセルの欧州議会で表明した

彼は欧州連合(EU)の欧州委員会の副委員長の一人で、欧州の生活様式の促進やスポーツを担当する委員である。

「これは、我々欧州委員会が決めることではありません。決断は欧州サッカー連盟がするものです。しかし、英国が国民のEUへの渡航を制限しているときに、準決勝と決勝が、いっぱいの観客を入れたウェンブリー・スタジアムで開催することに、私は疑問を共有したいと思います」と述べた。

「欧州サッカー連盟は、この決定を注意深く分析したほうがいいと思います。それは無罪の決断ではありません。完全な事実の知識のもとに判断しなければなりません」

選手にも陽性者。陰性でも出られない

大会では、選手やサポーターの間でコロナウイルスが出回っていて、懸念はさらに大きくなっている。

6月21日、スコットランド代表のビリー・ギルモア選手に陽性反応が出た。陽性者が出られないのは仕方ないとして、問題は、彼と接触したイングランド代表の二人、メイソン・マウント選手とベン・チルウェル選手である。

二人は検査を行い、陰性だった。しかしイングランド・サッカー連盟と英国の保健当局と協議の上、二人は隔離されてトレーニングをしている。

イングランド代表のサウスゲート監督は、この二人は6月29日に行われるドイツとの試合に出場するかどうか疑わしいと言っていたが、結局二人の名前はメンバーの中になかった。

厳格なのは良いことだが、観客のほうは5割以上入れようとして密密なのに、選手にだけここまで厳しいのは、なんだか気の毒な感じはする。

陽性になった選手とこの二人は、チェルシー在籍の仲間である。「国」は違えど、同じチームの仲間、あるいは元同じチームの友達というのは、サッカーでは大変よく見られること。敵味方でも相手の健闘を讃える光景は、心が温まるし、スポーツが平和に貢献していると思える瞬間である。

それなのに、この罪つくり・・・。同じ問題や不満が、オリンピックで起きないだろうか。

観客のほうでは、日本でも報道されているように、フィンランドでクラスターが発生した。ロシアのサンクトペテルブルクでの試合を見に行ったファンが感染したのだ。同都市は、モスクワに次いで、デルタ型の感染が多いところである。

デンマークでも、グループB内のデンマーク対ベルギー、デンマーク対ロシアの試合のあと、デルタ型の感染が見られた。

ジョンソン政権がしたいだけ。なぜオリンピックの参考?

ジョンソン首相は、EUを離脱してからというもの、大変独善的な行動が目立つ。

大ウソをついたEUと国民保険に関するプロパガンダが、大きく功を奏して、EU離脱を果たした。そしてボリス・ジョンソンを含む政治家たちは、国民投票後に、プロパガンダの数字が事実ではなかったことを認めている。

そんな「国家レベルのウソ」のために、国がじわじわと腐ってきているのだろうか。

「EUに3億5000万ポンドも送っている。その分のお金を国民保険NHSに」という、街中を走り回る大型バスによる、大離脱キャンペーンを支持するジョンソン・ロンドン市長(当時)。この数字は大ウソだった。
「EUに3億5000万ポンドも送っている。その分のお金を国民保険NHSに」という、街中を走り回る大型バスによる、大離脱キャンペーンを支持するジョンソン・ロンドン市長(当時)。この数字は大ウソだった。写真:ロイター/アフロ

確かに、ヨーロッパで、人々は辛いロックダウンや外出制限を経験した。人間の神経は、そうそう緊張に耐えられるものではない。マスクを外して、自由に外出できる時間を持ちたいという気持ちは、痛いほどわかる。たとえ秋から厳しい措置がまた始まるとしても、今だけは解放と自由を楽しみたいのだ。

ましてやイギリスは、今でこそ「アルファ株」と呼ばれているが、イギリス株と呼ばれるウイルスが世界に蔓延して、よけいに辛く、自信をなくす気持ちがひどかったのだろう。だから、サッカーで国を一つにして、盛り上がりたいのはわかる。

でも、だからといって、そういう国を日本が参考として見る必要があるだろうか。

28日のNHKラジオの報道によると、イギリスで始まるウィンブルドン選手権の対策や観客数、その結果等をオリンピックの参考にするのだという。

NHKのサイトに以下のニュースがあった。6月29日のものだ。

イギリスでは、感染対策の一環として、大勢の観客を入れてのスポーツ観戦などは認められてきませんでしたが、先月からは屋外のイベントのうち、サッカースタジアムなど大規模な会場で開かれるものについては、1万人を上限として観客の入場が認められるようになりました。

イギリス政府は大規模なイベントの再開に向けた実態調査をことし4月から行っていて、先月までの第1段階ではサッカーの試合、それに屋内や屋外のコンサートなど、9つのイベントを対象に調査しました。

調査の第2段階では、テニスのウィンブルドン選手権の決勝や、サッカーのヨーロッパ選手権の準決勝と決勝などが対象となっていて、観客は入場する際、ウイルスの簡易検査の陰性証明か、2週間前までにワクチンの接種を2回受けたという証明などが必要になります。

上記にある「調査の第2段階」を、オリンピックの参考にするという意味なのだろう。

しかし、「実態調査」などと、大変聞こえの良いことを英政府は言っているが、実のところは単純にジョンソン政権が「ウィンブルドンと欧州選手権を、観客をたくさん入れて開催したいだけ」ということが、わからないのだろうか。

たとえ、もしこの後感染拡大したとしても、今ガス抜きをしたい、今国を一つにして盛り上がりたいだけである。それは、国民の気持ちを考える面もあるが、要は政権の人気取り、国民の健康を危険にさらしての「スポーツの政治利用」である。

英政府は「実態調査」というもっともらしい言葉で飾っても、本当にこれから国民の間に感染拡大が生じたら、どこまでその言い訳は通用するのだろうか。すでにその兆候は現れてる。国民の命と健康を危険にさらした人体実験を行っているのと同じなのだから。

繰り返し言うが、人々の気持ちはわかるのだ。でも、政治には国民の健康を守る責任がある。そして物事には限度というものがあるのだ。

デルタ株が深刻に広がって、他の欧州の国々のように解除もできない国が、ウィンブルドン決勝で満員、欧州選手権の準決勝や決勝で6万人も観客をいれるなど、正気の沙汰とは思えない。

同じようにコロナ禍に苦しんだ他の欧州の国の政治家は、どこもそんなことを行っていないではないか(あえてお仲間を探すなら、ロシアとハンガリーだろう)。

日本がオリンピックの参考に見たいのならば、もう少しまともな状態の国の、まともな政権の政策を参考にしたらどうだろうか。イギリスもイギリス人も好きな筆者は、本当にジョンソン政権の危うさが心配だし、「参考に」などと訳のわからないことを言っている日本のオリンピックも心配だ。今でも延期するべきだと思っている。

【追記】イギリスは、7月16日から18日まで行われるF1ブリティッシュ・グランプリに、満員の観客を入れるということだ。サーキットの収容人数は、BBCニュースによると14万人だ。

欧州でトップレベルでデルタ株の感染者数がとても多い国で、次から次へと、大観客数を入れたイベントの連発。ロシアのプーチン大統領やハンガリーのオルバーン首相も「負けた」と思うことだろう。

民主国家の中で、そんなことをやっているのは、世界中でイギリスだけだろう。筆者が抱くイギリスへの心配も、吹っ飛びそうである・・・。

1次リーグE組、6月23日サンペテルスブルクのスタジアムで行われたスウェーデン対ポーランド戦。満員の観客で行われた。スウェーデンは29日、ウクライナに敗れた。
1次リーグE組、6月23日サンペテルスブルクのスタジアムで行われたスウェーデン対ポーランド戦。満員の観客で行われた。スウェーデンは29日、ウクライナに敗れた。写真:代表撮影/ロイター/アフロ

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。元大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省機関の仕事を行う(2015年〜)。出版社の編集者出身。 早稲田大学卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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