外科手術などで活用「臓器の接着剤」とは。岡山大学などの研究
外科手術では、手術部位を露出・確保したり、固定や牽引などをすることが重要だが、金属製の器具(リトラクター)に代わる方法が求められている。岡山大学などの研究グループは、臓器への瞬間接着、脱着が容易に可能な接着剤を開発し、医療材料の専門誌に発表した。
多孔性プレートが持つ強い接着力
外科手術に限らず、生体組織を接合したり、体内に埋め込む医療用デバイスの生体内での固定といった技術では、現在、高分子製の縫合糸や化学硬化型の高分子接着材が使われている。
しかし、これらの接着技術は手技の煩雑さ、長い硬化時間、毒性などの問題があり、別の物質を使った生体組織用接着材の開発が強く望まれてきたが、簡単で迅速に接着・脱着でき、生体組織に負担をかけない(非侵襲)材料は、これまでほとんど開発されていない。
岡山大学などの研究グループ(※1)は、リン酸カルシウム(ハイドロキシアパタイト)の粉末を原料にした接着剤を開発し、ドイツの医療材料の専門誌に発表した(※2)。リン酸カルシウムは、生体の骨組織を構成する物質であり、これまで生体親和性の高い材料として整形外科や歯科領域などで広く活用されてきた。
2017年に同研究グループは、すでにリン酸カルシウムを使った接着剤を実験用マウスの生体組織に用い、多孔質のリン酸カルシウムがハイドロゲルに接着することを示している(※3)。今回の成果は、この結果からさらにヒトの生体に近いブタの肝臓を使い、簡単に着脱できるかどうかを含めて実証したことになる。
同研究グループは、リン酸カルシウムの粉末を原料にしてプレート状に成形後、加熱焼成処理をして温度によって多孔性を制御し、生体組織に接着させた。すると表皮には接着力を示さず、真皮や腹腔内の臓器に対しては軽く圧接するだけで、従来の生体組織用接着剤(フィブリン系)の3倍以上の強い接着力を示した。
同研究グループは、リン酸カルシウムの多孔性プレートの細かな穴に生体組織の水分が移動することで接着力を持つとし、角質層のある表皮は水分を多く含まないので接着力を示さず、水分の多い真皮や臓器に対して接着力を示すのはこのためと考えている。また、焼成温度が高くなると穴が埋まってしまい、接着力が低くなるというわけだ。
さらに、接着面(界面)に大量の水分を供給することで、生体組織に障害を残すことなく脱着できることを確認した。
同研究グループは、この材料は減菌などの取り扱いが容易なこともメリットであり、医療デバイスなどを体内で固定する際にも利用でき、必要に応じて接着・脱着ができる生体組織(軟組織)用の接着剤としての可能性は大きいという。
※1:岡山大学学術研究院医歯薬学域(歯)生体材料学分野の松本卓也教授、岡田正弘准教授(研究当時、現・東北大学大学院歯学研究科)、神戸大学大学院医学研究科肝胆膵外科学分野の福本巧教授、柳本泰明特命教授、大阪大学、九州大学の研究グループ
※2:Masahiro Okada, et al., "Water-Mediated On-Demand Detachable Solid-State Adhesive of Porous Hydroxyapatite for Internal Organ Retractions" Advanced Healthcare Materials, doi.org/10.1002/adhm.202304616, 1, May, 2024
※3:Masahiro Okada, et al., "Biocompatible nanostructured solid adhesives for biological soft tissues" Acta Biomaterialia, Vol.57, 404-413, 15, July, 2017