セーヌ河380kmを泳ぎきった若者たち。「吸殻はゴミ箱へ」というメッセージを込めた挑戦
セーヌ河といえば、2024年のパリ五輪で競技会場となる場所。首都の真ん中を流れる川は、果たして人が泳いでも良いくらい綺麗なのかどうか、私は半信半疑でいますが、実のところ、セーヌは泳げる川になりつつあるようです。
そのセーヌで、フランス人の若いスイマー4人が、パリから英仏海峡に面した高級リゾート地ドーヴィルまでの380kmを泳ぎきりました。今から1年ほど前の2021年6月のことです。
セーヌ380kmを泳ぐというこのプロジェクトは、スポーツという面から見てすでに挑戦ですが、同時に多くの人に一つのメッセージを伝える挑戦でもありました。
そのメッセージとは「タバコの吸殻はゴミ箱へ」なのです。
吸殻一つが500リットルの水を汚染するということをみなさんはご存知でしょうか?
冒頭の4人のスイマー、マチュー、クロエ、ルカ、ルイーズのプロジェクト「0 Megot(ゼロメゴ)」(=吸殻ゼロ)のサイトには、さらにこのような数字があります。
吸殻のうち67%が自然の中に投棄されていて、その量は年間4兆5000億本。海洋のゴミの筆頭であり、淡水汚染の三番目の原因。パリ市が吸殻を集めるための推定費用は年間およそ200万ユーロ(1ユーロ142円換算で約2億8400万円)。吸殻が分解されるのには10年以上かかる、等々。
ところで、彼らは決して喫煙者を非難しているわけでも、タバコそのものがNGだと言っているわけでもありません。シンプルに「タバコの吸殻はゴミ箱へ」というメッセージを伝えたいのです。
ジブラルタル海峡、レマン湖、南西フランスのジロンド川、ケニアのバリンゴ湖でもオープンウオータースイミングの挑戦を達成してきた4人。自然の水をフィールドにしてきた彼らにとって、環境汚染は想像以上に逼迫した課題であることは確かで、そのことを私たちに彼らなりの方法で伝え、みんなができる行動を促したいという願いがあります。
2021年5月29日。4人のセーヌ380km挑戦のスタート前には、ボランティア1200人がパリのセーヌ岸で吸殻集めをしました。その時の吸殻の合計はおよそ85万5000本。この数は彼らのサイトによれば、"世界記録"になるそうです。
ところで、約1年前、パリ市長の息子であるアルチュール・ジェルマンさんがセーヌの源流から河口までの全流域を単独で泳ぎきったという挑戦をご紹介しましたが、アルチュールさんと今回紹介する4人はオープンウオータースイミングの仲間。アルチュールさんの直前に、4人のこの挑戦があったことを、私は実は知りませんでした。
今回ご紹介するこの取り組みを知ったのは、パリで活躍する日本人フルーリストの草分け、Ryu KUBOTA(窪田龍策)さんのおかげです。窪田さんから、彼らのプロジェクトを追ったドキュメンタリーフィルムが完成したことを聞き、プレミア試写会にご一緒する機会を得ました。
在仏日本大使館などの装花を長年担当しているフルーリストである窪田さんは、実はオープンウオータースイミングの競技者で、アスリートという顔も持っていたのでした。
数年ぶり、いえ、もしかしたら10年ぶりくらいにお会いした窪田さんは、以前にもまして精悍に、しかもより若々しくなった印象で、スイム仲間であるルカさんと親しく言葉をかわしていました。
試写会の会場になったのは、他でもないパリ市庁舎です。4人のプロジェクトはパリ市も大いに支援するところで、多くの企業や事業体も協賛しています。
困難や失望のシーンまで包み隠さず、舞台裏のヒューマンなシーンまでぎゅっと凝縮した20分ほどのこのドキュメンタリーフィルム。今後は環境への意識を啓蒙する目的で学校などで上映されてゆく予定だそうですが、子供たちにもきっと響くものがあるはず。全編を通じて明るさ、前向きさがあり、爽快感とともに、自分たちにも何かできるのでは、いやしなくてはならない、という気分にさせてくれる魅力があるのです。
子供たち、孫たちが成長して社会を担う存在になった時、私たちは彼らにどんな顔をして向き合えるのか。20代の4人には、すでにそういう自問があります。
お題目のようにSDG'sという言葉を唱えるのではなく、自分自身がもっとも生き生きと輝ける場所で何ができるのか。それを形にしていく行動力のある若者たち…。
厄介な問題は山ほどあれど、フランスという国には希望がある。彼らの行動力、それを支援するあらゆる世代の人たちの輪に接して、そんな気持ちが湧いてきました。