トルコはシリアでイスラーム国の指導者を暗殺:米国を差し置いて行われた2度目の暗殺作戦
トルコのレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領は4月30日、TRT Turkのインタビュー番組に出演し、そのなかで国際テロ組織イスラーム国の第4代カリフを名乗るアブー・フサイン・フサイニー・クラシー指導者を殺害したことを明らかにした。
エルドアン大統領は以下のように述べた。
謎に包まれた暗殺作戦
アブー・フサイン・クラシーは2022年11月30日、イスラーム国のアブー・ウマル・ムハージル報道官が、第3代カリフを名乗るアブー・ハサン・ハーシミー・クラシーの死亡を受けて、後任の「カリフ」に就任したと発表していた人物だった。だが、その正体についてはまったくの謎に包まれたままだった。
エルドアン大統領の発言からも、この人物の詳細については明らかにされることはなかった。
アブー・フサイン・クラシー殺害(の可能性)をいち早く示唆したのは英国で活動する反体制系NGOのシリア人権監視団だった。
シリア人権監視団は4月29日、公式サイトを通じて、トルコの占領下あるアレッポ県北西部(いわゆる「オリーブの枝」地域)のジャンディールス町に近いミスカ村とスィンドヤーナカ村を結ぶ街道で、シリア国民軍に所属する東部軍の軍事拠点が何者かのミサイル攻撃を受けて破壊され、イスラーム国の司令官と見られる男性1人が死亡したと発表していた。
また、トルコ人ジャーナリストのレヴェント・ケマルも29日に、複数の現地筋の話として、ジャンディールス町で戦闘があり、イスラーム国の代表的な司令官が戦闘の末に自爆したとツイッターで発表していた。
一方、トルコを拠点とする反体制系サイトのイナブ・バラディーは5月1日、シリア国民軍の憲兵隊筋から得た情報として、シリア国民軍の諜報部隊がマスカナ村(正しくはミスカ村)で治安作戦を実施、容疑者の司令官が潜伏していた民家を包囲、なかにいた司令官は自爆したと伝えた。
米国が関与できなかった2度目の暗殺
イスラーム国は、イラク・イスラーム国(イラクのアル=カーイダ)を母体とし、フロント組織であるシャームの民のヌスラ戦線のシリアでの活動を通じて勢力を拡大、2014年6月にイラクのモスル制圧に合わせて、今日の組織名であるイスラーム国を名乗るようになった。初代カリフを名乗ったアブー・バクル・バグダーディーは、2019年10月、米軍が、シャームの民のヌスラ戦線の後身であるシャーム解放機構によって軍事・治安権限が掌握されているシリア北西部のイドリブ県バーリーシャー村の潜伏先を急襲し、殺害したとされている(詳細は『膠着するシリア:トランプ政権は何をもたらしたか』(東京外国語大学出版会、2021年)を参照されたい)。
アブー・バクル・バグダーディーの死を受け、イスラーム国は、アブドゥッラー・カルダーシュ(通称アブー・イブラーヒーム・クラシー)を第2代のカリフに就任させた。だが、アブー・イブラーヒーム・クラシーも、2022年2月に米軍がトルコ占領下のいわゆる「平和の泉」地域のイドリブ県アティマ村近郊で敢行した特殊作戦で殺害された(「イスラーム国はアブー・ハサン・ハーシミー・クラシーなる人物を新カリフに任命したと発表」を参照)。
続いて第3代カリフなったアブー・ハサン・ハーシミー・クラシーは、シリア軍によるダルアー県での大規模治安作戦によって、2022年10月15日にジャースィム市で殺害された。この大規模治安作戦において、シリア軍は、ジャースィム市のイスラーム国の司令官(アミール)を務めるアブー・アブドゥッラフマーン・イラーキー、ラッカ県の司令官の1人だったアイユーブ・ファーディル・ジャブラーウィー、アイユーブ・ジャッバーウィー(アブー・ムジャーヒド)、アイハム・ファイサル(アイサム・ファイサル)、ラーミー・サルハディー(アブー・ムアーウィヤ・ファーリフ)、ムハンマド・ムサーラマ(ハッフー)、ムアイイド・ハルフーシュ(アブー・タアジャ)といった幹部を含む多数のメンバーを殺害、大量の武器弾薬、爆発物を押収することに成功していた。
このなかのアブー・アブドゥッラフマーン・イラーキーがアブー・ハサン・ハーシミー・クラシーだった。
なお、米中央軍(CENTCOM)は、アブー・ハサン・ハーシミー・クラシーが「自由シリア軍」によって殺害されたと見られると発表しているが、これは正確さを欠く「でたらめ」である(「シリアでのイスラーム国指導者殺害をめぐる米国の発表は「不正確さ」を超えた「でたらめ」」を参照)。
アブー・フサイン・クラシーの殺害は、米国が関与しなかった(あるいはできなかった)2回目の指導者暗殺作戦となった。
米国に負けず劣らずテロリストと癒着するトルコ
米国は、イスラーム国の再興を阻止するとの口実で、トルコが「分離主義テロリスト」とみなすクルド民族主義組織のクルディスタン労働者党(PKK)の系譜を汲む民主統一党(PYD)、その民兵である人民防衛隊(YPG)を主体とするシリア民主軍を全面支援している。シリアでの米国のテロ支援(PKK支援)が、シリア駐留の最大の根拠であるイスラーム国に対する「テロとの戦い」における影響力の低下の一因となっていると見ることもできる。
一方、アブー・フサイン・クラシーの殺害現場に近いジャンディールス町は、トルコが2018年の軍事侵攻で占領下に置いたアレッポ県アフリーン郡の中心都市の一つで、2月6日のトルコ・シリア地震でもっとも甚大な被害を受けた場所でもある。
同地には、シリアのアル=カーイダとして知られる国際テロ組織のシャーム解放機構のアブー・ムハンマド・ジャウラーニー指導者も地震発生直後に、救援活動を視察するという名目で訪問していた(「シリア北西部への支援を難しくするアル=カーイダの存在:トルコ・シリア地震発生から3週間」を参照)。
一方、アブー・フサイン・クラシーの潜伏先となっていた軍事拠点(あるいは民家)を管理する東部軍は、ダイル・ザウル県、ハサカ県、ラッカ県出身者からなる武装集団で、「オリーブの枝」地域を活動の場とし、TFSA(Turkish-backed Free Syrian Army)として知られるシリア国民軍に所属する一方、2022年2月15日には、ダーイシュの元メンバーを多く擁する東部自由人運動、第20師団、シャームの鷹旅団(北部地区)とともに解放建設運動なる武装連合体を結成していた。
エルドアン大統領は5月14日に投票日を迎える大統領選挙に先立って、「テロとの戦い」の成果を示そうと、アブー・フサイン・クラシーの殺害を発表したと見られる。だが、その背景を知れば知るほど、トルコが、米国に負けず劣らず、シリア国内で暗躍・跋扈するテロリストと癒着してきたと感じざるを得ない。