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作中と現実、二度の廃止を迎えた『すずらん』明日萌駅と『鉄道員』幌舞駅

清水要鉄道・旅行ライター
映画『鉄道員』に「幌舞駅」として登場した幾寅駅

明日3月31日、根室本線の富良野~新得間が営業を終了し、4月1日付で廃止となる。この区間にある駅のうち空知郡南富良野町の玄関口・幾寅(いくとら)駅は平成11(1999)年6月5日公開の映画『鉄道員(ぽっぽや)』に「幌舞(ほろまい)」という駅名で登場した駅だった。映画の作中と現実で「二度も」廃止の憂き目に遭う珍しい駅である。

幾寅駅
幾寅駅

『鉄道員』は直木賞を受賞した浅田次郎の小説を映画化したもので、映画でも原作の筋や設定を踏襲している。ネタバレに配慮してざっくりと紹介すると次のような話だ。

廃止を控えたローカル線・幌舞線の終点、幌舞駅で駅長を務める佐藤乙松(高倉健)。鉄道員一筋に生きてきた彼は娘を幼くして亡くし、妻(大竹しのぶ)に先立たれるなど孤独な生活を送っていた。そんな彼のもとにある日、ランドセルの少女が現れ、駅の待合室に人形を忘れていく。その夜、少女の姉が駅を訪れるが、人形を持って帰らなかった。翌日の夕方には昨日の二人の姉(広末涼子)が現れる。乙松は亡くした娘の面影を三姉妹に重ね合わせていく。

幌舞駅ロケセット
幌舞駅ロケセット

小説および映画の舞台になった幌舞駅は、かつて炭鉱で栄えるも閉山によって街が寂れて廃止になるという設定だった。原作から受けた印象だと函館本線の美唄辺りから分岐して空知の山間へと伸びていたローカル線のようだ。原作小説が『小説すばる』に連載されたのが平成7(1995)年11月ということを考えると、作者の念頭にあったのは平成6(1994)年5月16日に廃止された函館本線上砂川支線ではないかという気がする。上砂川支線は運炭路線で、終点の上砂川も炭鉱の街と幌舞線の設定と一致する点が多い。

幾寅駅はローカル線の終点ではなくかつての本線の中間駅で、炭鉱ではなく農林業の街の駅と、幌舞駅と一致しない点も多いが、雰囲気の良さなどからロケ地に選ばれ、映画から四半世紀近く経った今も「幌舞」の駅名を掲げている。幌舞駅と事情こそ違えど廃止の途を辿ることになったが、今後も作品のファンを迎え入れてくれることだろう。

連続テレビ小説『すずらん』に「明日萌駅」として登場した恵比島駅
連続テレビ小説『すずらん』に「明日萌駅」として登場した恵比島駅

作中と現実で二度も廃止されたのは幾寅駅だけでない。昨年4月1日に廃止された留萌本線の恵比島駅も平成11(1999)年のNHK連続テレビ小説『すずらん』に「明日萌(あしもい)」という名で登場し、作中でも廃止になった。奇しくも放送年は『鉄道員』の公開と同年である。

明日萌駅
明日萌駅

『すずらん』はざっくり説明すると次のような話である。

昭和58(1983)年冬、老女(倍賞千恵子)が幼い孫娘とともに北海道の廃駅を訪れ、自身の生涯を孫に語るという形で物語が始まる。

大正12(1923)年に炭鉱町の「明日萌駅」に赤ん坊が捨てられ、駅長の常盤次郎(橋爪功)によって「萌(もえ)」と名付けられて育てられる。成長した萌(遠野なぎこ)は実の母親を探すために上京し、やがて結婚して子供も授かるが、夫は戦死し、家も東京大空襲で焼かれてしまう。萌は故郷の明日萌に疎開して人手不足の明日萌駅や駅前の中村旅館で働く。

その後も紆余曲折があるわけだが、作品の重要な舞台である明日萌駅は炭鉱の閉山によって昭和35(1960)年12月に廃止となってしまう。恵比島駅から分岐していた留萠鉄道の廃止が昭和46(1971)年4月15日ということを考えると、廃止時期がちょっと早すぎる設定という気がしないでもない。

作中の明日萌駅は廃止後もそのまま残され、廃止後23年経った昭和58(1983)年には萌が駅舎内で亡くなり(ちなみに佐藤乙松とは60を手前にしての死という共通点がある)、エピローグの平成11(1999)年夏時点では萌の孫・遙の営む喫茶店になっている。ドラマから四半世紀近くを経て現実でも廃止となった恵比島駅は明日萌駅のように廃止から40年経っても残っているだろうか。

恵比島駅
恵比島駅

なお、本物の駅舎が撮影に使用された幾寅駅と違い、恵比島駅の場合、木造駅舎は撮影のために旧駅舎の土台の上に建てられたロケセットである。本物の駅舎は貨車駅舎で、外側に木の板を貼り付けている。

明日萌駅ロケセット
明日萌駅ロケセット

ロケセットはJRではなく地元の沼田町の管理で、当初は3年間のみ期間限定での設置予定であったが、観光スポットになったことから20年以上経った今も現存している。とはいえ、今も時折地上波やBSで放送される『鉄道員』と違い、『すずらん』はすっかり歴史の彼方に去ってしまった作品という印象を受ける。作品の知名度で観光客を集めるのは正直もう難しいのではないかという気がするが、昭和59(1984)年のドラマ『昨日、悲別で』のロケ地が40年経った今でも保存されていることを考えれば、ドラマから時間が経ったからという理由で保存をやめるみたいなことには早々なるまいとも思える。

現役時代の恵比島駅
現役時代の恵比島駅

作中と現実で二度も廃止された幾寅駅(幌舞駅)と恵比島駅(明日萌駅)。駅としての歴史は途絶えてしまうが、いずれも駅舎やロケセットは末永く残ることだろう。二つの駅が今後も現役当時と作品の記憶を留め、愛され続けることを願ってやまない。

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鉄道・旅行ライター

駅に降りることが好きな「降り鉄」で、全駅訪問目指して全国の駅を巡る日々。

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