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「すい臓がん」はなぜ発見しにくいのか:健診医に聞くその難しさとは

石田雅彦科学ジャーナリスト
(提供:イメージマート)

 すい臓がんは、がんの中で発見が遅れがちだとされる。進行が速く、はっきりした症状が現れる時点ではかなり進行していることも多い。なぜ、すい臓がんは発見しにくいのだろうか。横浜リーフみなとみらい健診クリニックの院長、高木重人氏に聞いた。

すい臓とは何か

 すい臓がんの5年生存率(相対生存率)を他のがんと比較すると、すい臓がんは圧倒的に低い(※)。また、ステージが進行するにつれて生存率が著しく低下するのも特徴だ。

 すい臓がんは自覚症状を感じにくく、腹部の深いところにあるため、画像検査や腫瘍マーカーなどでは早期の発見がしにくい。治療後の生存率を高めるためには、ステージ0かステージ1A(腫瘍がすい臓内にあり、最大径が2cm以下でリンパ節の転移がない)といった段階での早期診断が重要になるが、それが難しい。

すい臓(PANCREAS)の位置(断面)。身体の中心部に位置し、検査しにくい。図はDale E. Bockman,
すい臓(PANCREAS)の位置(断面)。身体の中心部に位置し、検査しにくい。図はDale E. Bockman, "Anatomy of the Pancreas" 1993を改編

 すい臓がんを早期に発見し、治療につなげていくためにはどうすればいいのだろうか。横浜リーフみなとみらい健診クリニックの院長、高木重人氏にうかがった。

──すい臓というのはどんな臓器なのでしょうか。

高木「すい臓は前から見ると胃と大腸の裏側、みぞおちからやや左にかけて位置し、ちょうど頭が左向きのオタマジャクシのような形をしている臓器です。大きさは長さ15cmから20cm、幅が2cmから3cmです。すい臓の働きは大きく外分泌機能と内分泌機能の二つあり、外分泌機能としては、糖質分解酵素(アミラーゼ)、蛋白分解酵素(トリプシン)、脂肪分解酵素(リパーゼ)などの多くの消化酵素を産生し、主膵管を通して十二指腸へ分泌します。内分泌機能としては、血糖値の調節などをするインスリン・グルカゴン・ソマトスタチンなどのホルモンを分泌します」

自覚症状とリスク

──すい臓がんの早期の症状というものはありますか。

高木「残念ながら、早期のすい臓がんに特徴的な症状というものは特にはありません。すい臓がんがある程度進行しますと、腹痛、食欲不振、腹部膨満感、黄だん(身体や白目が黄色くなる)、腰背部の痛み、体重減少などが起きます。また、急に糖尿病を発症したり悪化したことがきっかけで、すい臓がんが発見されることもあります」

──すい臓がんにかかりやすい人にはどういった特徴がありますか。

高木「近親者にすい臓がんの患者さんがいる人、糖尿病の患者さん、慢性すい炎の患者さん、すい管内乳頭粘液性腫瘍の患者さん、歯周病の患者さん、タバコを吸われる人、過度の飲酒(1日ビールで750ml以上)をする人、肥満の人などがリスクが高いとされています」

──すい臓がんが心配な場合、まずどのような検査を受けるのが良いのでしょうか。

高木「健診・人間ドックなどでスクリーニング的に実施する検査には、以下のようなものが挙げられます」

<問診>

 自覚症状やリスク因子があるか確認します。

<血液生化学検査>

 すい臓がんによって膵管がつまると膵液がたまり、血液中にアミラーゼ、リパーゼ、エラスターゼといった酵素が出てくるので、血液検査でこれらの酵素の数値を調べます。ただし、アミラーゼはすい臓以外に、唾液腺や耳下腺からも分泌されるため、高値であってもすい臓疾患があるとは限りません。

 また、糖尿病の検査である血糖値やHbA1c(ヘモグロビン・エーワンシー、過去1ヶ月から2ヶ月の血糖を反映する)、肝機能検査のアルカリフォスタファターゼ(ALP)やγ-GTPの異常から、間接的にすい臓がんが疑われることもあります。

<腫瘍マーカー検査>

 がんの種類によって作られる異なるタンパク質などの物質を調べるものです。すい臓がんの腫瘍マーカーとしてCA19-9、SPan-1、DUPAN-2などがありますが、早期がんの段階では高値とならないことが多いです。

<腹部のエコー(超音波)検査>

 肝臓、胆のう、腹部大動脈、腎臓、すい臓、脾臓などを調べることができます。放射線被ばくや造影剤アレルギーなどのリスクが低く、侵襲の少ないスクリーニング検査として健診・人間ドックで広く実施されています。ただし、肥満体形や腸管ガスが多い方では、大腸にたまったガスなどが邪魔をして、すい臓をくまなく観察できない場合があります。

 また、すい臓がんを直接発見するということは少なく、すい臓がんにつながる所見(すいのう胞、すい管拡張など)を指摘して、精密検査へつなげる役割が大きいと言えます。

──最近は腫瘍マーカー以外にも血液ですい臓がんのリスクが分かる検査があると聞きました。

高木「アミノインデックスがんリスクスクリーニング(AICS)検査、マイクロアレイ血液検査、ミアテスト血液検査などですね。血液中のアミノ酸組成や遺伝子を調べて、すい臓がんのほか、種々のがんリスクを評価します。一部の医療機関で実施しており、徐々に学術的なエビデンスも出てきていますが、まだ一般的にはなっておらず、費用もかなり高額です」

定期的な検診と生活習慣の見直しが重要

──以上の検査で異常が見つかった場合、精密検査へ進むことになるのですね。

高木「すい臓がんのスクリーニング的検査までは、健診施設や地域の医療機関で可能ですが、すい臓がんの確定診断や治療となると、消化器専門医が在籍して、CT、MRIなどを備えた総合病院を受診する必要があります。専門医師の判断によって、造影CT検査、造影MRI(MRCP、MR胆管膵管造影)検査、超音波内視鏡検査(EUS)、内視鏡的逆行性胆管膵管造影(ERCP)などを行います」

──すい臓がんを早期発見するために大事なことは何でしょうか。

高木「自覚症状が出てからでは早期を過ぎていることが多いので、年に1回は健診・人間ドックを受けましょう。特に50歳を過ぎたら、腹部エコー検査まで受けることをお勧めします。そして、異常を指摘されたら、必ず専門医を受診して精密検査を受けてください。すい臓がんが見つからなくても、専門医のもとで経過観察が必要となるケースがあります」

 以上をまとめると、すい臓がんの早期発見は難しいが、不可能というわけではない。だが、早期のすい臓がんに特徴的な症状というものは特にない。自身のリスクの高さ、健診などでの異常数値による発見や腹部のエコーなどによる、より精密な検査で確定診断につなげるケースが多い。

 なので、腹部エコー検査を含めて健診・人間ドックを定期的に受け、異常を指摘されたら専門医療機関を受診して、評価を受けることが大事ということになる。そして、何よりすい臓がんにならない生活習慣を心がける(喫煙者は禁煙、過度の飲酒を控えること、肥満の人は減量、自分で変えることができる生活習慣)ことが重要であることは言うまでもない。

高木重人(たかぎ・しげと)
横浜市立大学医学部卒業後、横浜市立大学病院第1内科(現・呼吸器病学教室)入局。船員保険健康管理センター長などを経て現職。日本総合健診医学会理事、日本人間ドック学会社員、人間ドック健診指導医、日本内科学会総合内科専門医、日本呼吸器病学会専門医、日本禁煙学会認定専門指導者、日本医師会認定産業医、公認心理師。

※:すい臓がんのステージごとの相対生存率(5年)は、ステージI=49.8%、ステージII=21.6%、ステージIII=6.9%、ステージIV=1.9%となっている。全国がんセンター協議会「全がん協 部位別臨床病期別 5年相対生存率(2011-2013年、診断症例)」より。相対生存率とは、がん以外の死亡原因を調整した生存率のこと。

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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