「ブラック私学」の代償とは? 「陳謝文」掲載と6600万円の支払いへ
近年、低賃金かつ1年更新の細切れ雇用などの劣悪な環境で働く「非正規教員」が増加している。非正規教員たちは、授業や担任、部活顧問など、教育現場の中核的業務を担っているにもかかわらず、「雇用の調整弁」とされ一方的に雇用契約を打ち切られることが多い。
教員が頻繁に入れ替わると、教育の前提となる生徒との信頼関係の構築や、中長期的な視座に立った生徒への関わりなどはできず、教育の質へも大きな悪影響を及ぼしてしまう。
特に公立学校以上に私立学校は非正規教員の比率が高く、私立高校の非正規率は4割にも達している。今回取り上げる、神奈川県横浜市にある私立中高一貫校「橘学苑」でも、2018年度までの6年間に退職した教職員数は69名にも及んでおり、その多くが非正規教員であったことが2019年春にメディアで大きく報じられた。これに対し、教員側は労働組合・私学教員ユニオンに加入し、労使は激しい対立状態に陥っていた。
そしてこのほど、学校側は労働問題を争っていた教員たちの労働組合と「全面和解」し、元教員や私学教員ユニオン、代理人弁護士が記者会見で発表した。学校は、後に述べる停職処分や懲戒解雇を撤回した上で、労働組合法違反の行為をしたことについて認め「陳謝文」を学校HPへ掲載するとともに、約6600万円もの解決金を支払うこととなったのだ。
本記事では、「ブラック私学」の改善に立ち上がった教員たちが、「和解」を勝ち取るまでの道のりを紹介していきたい。
改善の取り組みへの報復と、行政・司法の判断を無視する学校
2019年秋、非正規教員の「使い捨て」とそれによる生徒への教育環境の劣化を改善しようと、正規雇用の教員たちが私学教員ユニオンに加入し団体交渉をスタートした。
非正規雇用の「使い捨て」が教育環境を悪化させていることに、学園の正教員たちも危機感を持っていた。そこで、身分が安定した正規教員たちが、率先して声を上げたのだ。
しかし、団体交渉の申し入れ直後から、学校はユニオンのSNSでの投稿を全教員が参加する職員会議中にスクリーンへ映し出し公然と批判するなど敵対的な姿勢を示していた。その後も学校側の不誠実な対応は続いたため、元教員らはメディアへの取材対応や、ストライキをしての街頭宣伝活動など労働組合法上正当な「団体行動権」の行使を行った。
学校の最寄駅であるJR鶴見駅前で学校の問題の改善を訴えるチラシを配布した際には、元教員たちの活動に共感する卒業生や保護者も一緒に参加をし、共感の輪が広がっていったという。
ところが、学校側はメディアへの取材対応の報復として出勤停止の懲戒処分を行い、さらには、ストライキをして行った街頭宣伝活動を正面から理由として挙げ、2021年3月末、元教員ら2名を懲戒解雇した。
この懲戒解雇が正当な労働組合の活動に対する「報復」であれば、「不当労働行為」という労働組合法違反の行為に当たる可能性があった。しかも、この2名は15年以上橘学苑に勤務経験がある「ベテランの教員」であり、学内の教育の質へも大きな悪影響を与えることとなってしまった。
元教員たちは、こうした学校の行為について、横浜地裁への提訴や労働組合法違反を救済する行政機関である神奈川県労働委員会へ救済の申し立てを行った。約2年かかったが、まず先に2022年12月13日、神奈川県労働委員会が学校の行為は不当労働行為であると認定し、元教員たちへの懲戒解雇は無効とする救済命令を出した。
参考:「橘学苑不当労働行為救済申立事件の命令について」(神奈川県のHP)
また、同年12月22日には、横浜地裁も学校が行った懲戒解雇及び停職処分は無効であるとする判決を出した。事実上、教員たちの「完全勝利」の内容であった。
参考:教員の「懲戒解雇」は無効 「ブラック私学」に対し裁判所が厳しい判断
しかし、学校側は判決結果を不服として控訴したため、裁判は東京高裁にて継続することとなっていた。
学校HPでの5日間の「陳謝文」掲載など社会的な制裁を含む「全面和解」
紛争は長引いていたが、ついに6月2日付けでユニオンと学校は「全面和解」したという。和解内容は、冒頭でも示した通り、学校が懲戒解雇や停職処分を撤回した上で、自ら非を認める「陳謝文」を、6月23日午前10時から同月28日午前10時まで学校HPに掲載するとともに、元教員2名及びユニオンへ約6600万円もの解決金を支払うというものであった。
解決内容として今回特に注目されるべきは、学校HPへの「陳謝文」の掲載であろう。メディア対応や街頭での宣伝活動などの「団体行動権」の行使に対する報復について、使用者が公に非を認め、再発防止を約束した意義は大きい。
職場で労働問題に遭遇しても、使用者との力関係の中で、個人で声を上げることは困難だ。そんな時に力になるのが労働組合(ユニオン)であり、使用者と労働環境改善のための直接交渉や、問題の社会的な発信等が権利として認められている。しかし、橘学苑の事例のように労働組合で権利を行使しても報復の懲戒処分などが認められてしまっては、誰も使用者に対して声を上げることができなくなってしまう。
今回の「陳謝文」掲載は、労働組合の権利や活動の意義が改めて社会的に証明されたものであり、今後使用者の不当な攻撃を抑制するとともに、労働組合で声をあげていたり、これからあげようとしている労働者を勇気づけるものとなるだろう。
そして、解決金については、他の解雇事件と比較しても高額のものとなっている。明確な不当解雇であったため、学校側もユニオン側へ大きく譲歩せざるを得なかったのだろう。
しかも、この金銭は2人を不当解雇しなければ本来支出する必要がなく、生徒への教育環境を充実させるために還元できたものだった。私立高校の財源の9割は授業料と助成金であると言われており、学校幹部たちが違法・不当な主張に長期間固執したことの代償は大きく、それは生徒や保護者、そして社会から強く批判されることになるだろう。
理不尽な対応に対抗する手段があることを労働者に知ってもらいたい
2019年の団体交渉の申し入れから約4年を経て、元教員Aさん、Bさんは今回の和解解決をどのように受け止めているのだろうか。当事者らは記者会見で思いのたけを語っている。
Aさんは「私たちが行動を起こしたのは、すべて生徒のため、教育環境を改善するためでした。私たちの行動が正当な労働組合の活動と認定されたことは、多くの労働者に勇気を与えうると思います。使用者側からの理不尽な対応に対抗する手段として、労働組合があることを広く労働者に知ってもらいたいです」と述べている。
また、Bさんは、「私も過去に非正規教員で働いた経験があり、とても辛い想いをしました。当時、多くの非正規教員が橘学苑から去っていくのを見ていた生徒たちの悲しそうな顔が忘れられません。今後、教員・生徒が同じような思いをすることのない社会を望みます。今回の解決が、全国で同様の問題に声をあげている多くの先生方、労働者のみなさんに、よき前例となることを願って止みません」と語った。
橘学苑に限らず、非正規教員の使い捨ては教育業界全体に広がっている。ぜひ、生徒たちの教育環境改善のためにも、教員の方は私学教員ユニオンなど労働組合で声をあげてほしい。労働組合にはそのための強い権利が認められている。
なお、学校側へは本件について取材依頼をしたが、現時点で返答は得られていない。
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*私立学校の教員の労働事件に対応している労働組合。労働組合法上の権利を用いることで紛争解決に当たっています。
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