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教員の「懲戒解雇」は無効 「ブラック私学」に対し裁判所が厳しい判断

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
写真は学校のイメージです。(写真:アフロ)

広がる教員の過酷労働

 学校の教員の過重労働は大きな社会問題となっており、労働環境が原因で離職を余儀なくされたり、そもそも教員を希望する人が減っており、深刻な教員不足にもつながっている。

 文部科学省が作成した「令和3年度公立学校教職員の人事行政状況調査について」によれば、2021年度、公立学校の教育職員の精神疾患による病気休職者数は、5,897人にも上り、前年度から694人増加し、過去最多となった。

 また、そのうちの19.3%にあたる1,141人もの教員がそのまま退職に追い込まれている。このデータからは精神疾患理由はわからないが、多くのケースで職場の過重労働が関係しているものと推察される。

 これだけ多くの教員が過重労働で倒れ、離職に追い込まれていれば、子供たちの教育に大きな影響がないと考えることは不可能だ。この記事では、教師たちが学校の隠蔽体質に立ち向かい、問題の解決に取り組んでいる、学校法人橘学苑の取り組みを紹介しながら、解決方法について考えていく。

 橘学苑は私立の中高一貫校を運営する学校法人で、非正規教員の大量離職が教員の中で問題となっていた。橘学苑の教員たちは労働組合を結成し法人と交渉して改善を求め、学校の問題を広く知らせ、それが保護者などの学校関係者にも伝わり、一緒に改善を求める動きになっていった。

 昨年12月22日には横浜地裁で橘学苑の懲戒解雇を無効とする判決も出されている。なお、判決を受けてこの記事に対するコメントを橘学苑にもとめたが、「コメントは差し控えさせていただきます」とのことだった。

非正規教員の大量退職を止めるために教員が組合結成

 橘学苑では非正規教員の大量退職が問題になっていた。裁判所の認定によれば、教職員は約100名ほどだったのに対し、2013~2020年度までに退職した教職員数は、毎年13~37人、合計で166人にも及んでいたという。

 橘学苑の教員たちは、この非正規教員の「使い捨て」を辞めさせない限り、学校をよくすることはできないと考えていた。かれらの動きが本格化するのは、2017年3月のことで、橘学苑の中で独自にメンバーを募り、自主的に労働組合を結成したのがはじまりだった。

保護者の中からも出されていた学校運営への疑問

 2019年には学校の運営に関する疑問は保護者にも広がっていた。橘学苑の経営陣は、橘テニスアカデミーを設立し、学校の施設を利用したビジネスに精力を傾ける一方で、生徒がないがしろにされているのではないかという疑問が出されたのだ。学苑が決めた部活顧問の解任をめぐるトラブルも起きていた。

 さらに2019年3月以降、橘学苑での非正規教員の雇い止めが相次いでいることが新聞やテレビなどで報じられると、保護者は学校に説明を強く求めた。そうした中で開催された保護者会は紛糾し、その様子は一部テレビでも報じられた。事態を重く受け止めた神奈川県も、教員の退職の実態調査を行っている。

 5月28日に県が発表した調査結果には以下の記載がある。

「有期雇用講師が平成25年度~30年度の6年間に69名退職していました。この69名の雇用契約に係る契約更新の基準について、説明や確認を行っているものの、契約書に記載がないなど、労働基準法に係る問題点が確認されたことから、労働基準法等関係法令を所管する神奈川労働局の助言・指導を受けて適切に対応するように求めました」

 県が私立高校に立ち入り調査をすることも、このような「指導」を私立学校に出すことも異例のことだった。しかし紛争はさらに拡大してしまう。

学校側が組合員の教員2名をビラ配布などで「懲戒解雇」に

 2019年10月24日、橘学苑は、保護者会での発言等を理由に原告の教員2名を「けん責処分」にしたのだ。

 2017年からこの懲戒までの間、原告2名の教員は専門家の力を借りず、独自に組合を作り交渉してきたが、この「けん責処分」の懲戒を受け、学外の労働組合である私学教員ユニオンに加入し、紛争は拡大していった。

 私学教員ユニオンは懲戒の撤回などを受け入れない橘学苑に対し、ユニオンのブログでの情報発信、県庁記者クラブでの記者会見、駅頭などでのビラ配布などの行動で態度を改めるよう求めた。これに対し学校側は対応をエスカレートさせ、組合員がメディアの取材を受けたことや、ビラを配布したことなどを理由に懲戒2021年3月末に懲戒解雇を行ったのである。

 もし仮に、上記のような宣伝活動を個人で行えば、何らかの法的責任を問われる可能性があるだろう。適法な懲戒の対象となる可能性も否定はできない。しかし、労働組合の正当な活動である場合には、法的に保護され、逆に会社の懲戒は違法行為となる

 労働組合とは、「労働者が主体となつて自主的に労働条件の維持改善その他経済的地位の向上を図ることを主たる目的として組織する団体」(労働組合法2条)のことをいう。

 労働組合は要求実現のためにストライキや宣伝活動など、一定の組合活動を行ってよいことになっており、正当な組合活動を理由とした懲戒は明確に禁止されている。損害賠償を請求することもできないはずだ。

 そこで実際に、教員たちは懲戒解雇の無効の法的判断を求め提訴した。その結果、教員たちに対する解雇は無効とし、失業中の賃金を支払わせる判決が横浜地裁で出されたのである。

*同判決の詳細は原告代理人である嶋﨑量弁護士による判例解説(『季刊・労働者の権利Vol.349/2023』)に詳しい。本記事でもこちらを参照している。

組合からの批判を受忍する義務が使用者にはある

 橘学苑は、新聞に掲載された教員たちのコメントが懲戒対象なるとし、2021年1月に2人の教員がそれぞれ出勤停止7日および6日にした。就業規則が禁止する「学苑の運営に関し不実の事項を流布宣伝した」ことが理由だった。

 これに対し裁判所は、下記の通り原告の教員らが取材にコメントしたことも正当な組合活動の一環であるから懲戒は無効であると主張した。

「表現行為が、組合活動として行われたものであり、かつそれが正当な組合活動の範囲内に含まれる表現行為(ビラ配布を含む。以下、同じ。)である場合には、それを懲戒処分の対象とすることはできない」

 ここでいう正当な活動というのは、労働組合法第2条のいう労働条件の維持改善及び経済的地位の向上のことだ。さらに以下のとおり、使用者は労働組合から多少厳しく批判されてもそれを「受忍すべき」だと判決は述べている。

「また、上記の目的の下で粗合活動として表現行為を行う場合には、その記載表現か厳しかったり、多少の誇張が含まれたりしていても、性質上やむを得ないというべきであり、そのような表現行為によって、使用者の運営に一定の支障が生じたり、使用者の社会的評価が低下したりすることがあっても、使用者としては受忍すべきであるといえる」

広く認められた宣伝の権利

 次に懲戒の対象とされたビラ配布についても見ていこう。

 私学教員ユニオンのビラ配布は、2020年7~11月に駅頭や校門付近などで通行人を対象に行われた。ビラは複数の種類があり、その内容は非正規教員の使い捨てや学校運営者による「学校の私物化」に対する批判、原告の懲戒や非正規教員の大量退職の実情などであった。

 橘学苑はこれに対し、ビラ配布は、就業規則の懲戒規定が禁止する「学苑の運営に関し不実の事項を流布した時」「教職員としていちじるしく品位にかける行為があり学苑の体面を汚したとき、および学苑の秩序を乱したとき」「前条各号の一に該当し、情状きわめて悪質であるとき、またはこのため、学苑の業務運営上重大な損害を与えたとき」などにあたるとして、諭旨退職処分を下し、これに教員が応じないことをもって懲戒解雇にした。

 横浜地裁は、ビラ配布について「基本的に、労働条件、労働環境等の改善、被告の経営方針活動内容等に係る問題点を指摘し、改善を求める目的の下に配布されているし、(…中略…)労働組合が主体となって本件各ビラの配布をしていることは明らかであるから、本件各ビラの配布は組合活動に当たるものである」とし、ビラの内容からしても正当な組合活動でありこれらを「懲戒事由にすることは許されない」と判断した。

 さらには生徒にビラがわたっていた事実を正当な組合活動の範囲外であると問題にした被告の主張に対しては次のように判断している。

「本件組合及び本件外部ユニオンにおいて、殊更に通行人と本件学校の生徒を区別して本件ビラ1から本件ビラ3までを配布していたとの事実は認められないことを照らすと、本件学校の生徒に配布していたことのみをもって、直ちに正当な組合活動の範囲を逸脱するものではない」

 一般の経営者や労働者からすれば意外かもしれないが、労働組合法の趣旨に照らせば本判決は妥当なものだと思われる。隠ぺい体質の企業に対しては労働組合という制度が極めて有用なのである。

おわりに

 自分の職場でのとんでもない状況に対し「なんでこんな違法で理不尽なことがまかり通るのか」学校や企業で頭を抱えている教員・労働者の読者もおおいのではないだろうか。

 学校に関して言えば、健康を害するほどの過酷な労働環境や、生徒や保護者を第一に考えない学校運営がまかり通るのは、これらのことが学校という密室の外に出されることがないからだ。学校がその実態を隠ぺいするのは、外の世界ではそれがまかり通らないことをよく知っているからだともいえる。

 このような組織の「隠ぺい体質」できるように、労働法はユニオンに特別の権利を認めているということが、今回の判決に示されている。労働組合という制度が、組織の健全性を保つために法律が認めた「当たり前の手段」なのだということをぜひ多くの方に知ってほしいと思う。

 *なお、学校側は判決に対して控訴し訴訟は継続していたが、先日和解が成立した。

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NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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