北朝鮮の青少年は果たして、金正恩総書記を心から「敬愛する父親」と呼べるのか
北朝鮮で最近、金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党総書記に対して、先代と同様、「敬愛する父親」という呼称が使われている。金総書記が娘を連れて公開活動に出向く理由の一つに「人民の父親」像を浮上させる狙いがあるとも指摘されている。ただ、国内では、金総書記を「父親」と呼ぶべき青少年の苦境が伝えられ、「父親」のイメージ化が求心力アップにつながるのか見通せない状況が続く。
◇「慈愛に満ちた人民の父親」
米政府系のラジオ自由アジア(RFA)が伝えた北朝鮮住民の話によると、北朝鮮当局は今年5月、勤労青年向け学習教材で、14~35歳までの青年に対し、金総書記を「敬愛する父親」と呼ぶよう求めている。学習教材で金総書記を「父親」と公式化したのは初めてという。
党機関紙・労働新聞や国営朝鮮中央通信は最近、金総書記について伝える際、時折「敬愛する父・金正恩元帥様」という表現を使っている。
北朝鮮では、金総書記の祖父、金日成(キム・イルソン)国家主席に対して1960年代後半から「父」という表現が使われ始めた。金総書記の父・金正日(キム・ジョンイル)総書記に対しては1990年代前半から同様に「父」という呼称が用いられており、歴代の最高指導者のカリスマ性を高めるキーワードとなっていた。今回はこれを金正恩総書記についても公式化した形だ。
ただ、北朝鮮には金総書記の年齢(39歳)に近い青年も少なくなく、「父親」と呼ぶことに抵抗感を覚える人もいるとRFAは伝えている。
金総書記は昨年11月以後、各種の国家行事に娘を同伴するようになり、これが後継者をめぐる議論を引き起こすようになった。
ただ、北朝鮮消息筋はRFAの取材に対し、この娘の露出が北朝鮮において「金総書記は人民の父親である」というイメージを定着させるための一つのプロセスだった可能性があると指摘している。
◇経済難長期化の中で、教育現場に危機感
北朝鮮当局が「慈愛に満ちた父親」という金総書記のイメージづくりに務めているのとは裏腹に、青少年の多くが物資不足や動員、思想統制に悩まされ、学校教育も十分に受けられていない――という見方も伝わる。
北朝鮮の内部事情に詳しい関係者によると、各級学校が今年4月に平常通りに開校したにもかかわらず、制服や靴、学習用品はもちろん、食糧に至るまで生活必需品が不足して満足に登校できない学生が増えている。多くが厳しい家庭環境に置かれているようだ。北朝鮮当局もこの状況に危機感を抱いているが、抜本的な対策は講じられていないという。
北朝鮮では新型コロナウイルス対策として、徹底した防疫態勢がとられてきた。長期休暇に踏み切る学校も少なくなく、授業が大幅に遅れて、学業に支障が出ているようだ。
一方で、当局は各種建設事業や政治行事などへの学生らの動員は従来通り続けている。先述の関係者によると、動員の過程で学生らが苦境に陥る例が少なくないそうだ。卒業の条件として一定期間、建設現場に動員されたりすることで卒業時期が遅くなるという。農村に動員されたある中学校の生徒が移動の際、バス事故に巻き込まれ、1学級全員が亡くなったという出来事もあったそうだ。不十分な食事を与えられないまま深夜労働を強いられる▽建設現場での構造物崩壊などに巻き込まれて命を失う――なども頻繁に起きているという。
こうした状況の中でも、労働新聞は「朝鮮少年団」の創立記念日に当たる6日の社説で「(金総書記が)すべてが不足して困難な中でも、学生少年に新しい学生服と靴、かばん、学用品を確保するために多大な心血と労苦を注いだ」と伝えている。そのうえで「(少年団員は)父なる元帥様に、限りなく忠実な息子・娘に育つべきである」と強調し、さらなる忠誠を求めている。