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日本との戦争に勝って以来戦争に勝てない米国の「テロとの戦い」20年

田中良紹ジャーナリスト

フーテン老人世直し録(606)

長月某日

 あの衝撃的な9・11同時多発テロ事件から20年が経った。テロ組織アルカイダのメンバーが4機の旅客機をハイジャックし、米国政治・経済の中枢に体当たり攻撃を実行したテロ事件は、2977人の命を奪い、米国民に戦前の日本軍による真珠湾奇襲攻撃を思い出させた。

 その10年ほど前からフーテンはワシントンDCに事務所を持ち、米議会情報を日本に紹介する仕事をしていた。つまり東西冷戦が終わり、米国が世界で唯一の超大国となり、世界を一国で支配しようとする過程を米国の内側から見ていた。

 投票用紙の数え直しを行う異例の大統領選挙を経て、民主党ゴア候補との接戦を制したブッシュ(子)大統領は、「思いやりのある保守」を掲げて国民の人気を得ようとしたが、支持率ははかばかしくなく、低調な政権運営を続けていた。

 しかしテロ攻撃に対する報復として「テロとの戦い」を宣言すると、支持率は急上昇し、民主主義社会のリーダーとして一躍脚光を浴びるようになる。それを意識してかブッシュ(子)は、真珠湾攻撃を行った日本を引き合いに、軍事作戦の目的は「中東諸国を日本のような民主主義国家に変えることだ」と言った。

 卑劣な奇襲攻撃を行った日本は野蛮国だが、軍事で米国に敗れたことで民主主義国に生まれ変わり、今では米国の忠実な同盟国として価値観を同じくするようになったというのである。

 それから米国は、アルカイダのオサマ・ビンラディンを匿ったとして、アフガニスタンのタリバン政権に身柄の引き渡しを求め、タリバンがそれを拒むと、タリバンの女性に対する人権抑圧を声高に非難し始めた。イスラム社会にそうした面があることをフーテンは否定しないが、それを強調することで軍事行動への支持を取り付けるやり方には賛同できない。

 米国のCNNテレビは湾岸戦争で油にまみれた水鳥の映像を流し、サダム・フセイン大統領が自然や生き物に被害を与えていると米国民の感情に訴え、軍事行動を正当化した。しかし後にフセインとは全く関係のない偽りの映像であることが判明する。

 また幼い少女が涙ながらにイラクの暴虐を訴えたインタビューも放送したが、それも「やらせ」であることが後に分かった。とにかく米国メディアの報道は信用できない。そして米国は新型兵器を動員して短期でタリバンを一掃し、米国の傀儡政権を誕生させると、次にイラクのフセイン政権が大量破壊兵器を保持しているというウソを流し、先制攻撃を仕掛けてフセイン大統領を抹殺した。

 本当の理由は、ドルを唯一の世界通貨にしておくため、フセイン大統領が欧州通貨ユーロで石油料金の決済を認めたことに対する懲らしめである。その証拠にフランスもドイツもイラク戦争に反対し、フセイン支持の姿勢を見せた。米国に追随したのは英国、豪州、ポーランド、そして日本だった。

 この時もブッシュ(子)はイラクを民主主義の国に変えると言い、フセイン政権の独裁ぶりを非難した。フーテンはイラクに行ったことがあるが、フセインには社会主義者の顔があり、イスラム社会では珍しい男女平等を実現させ、スンニ派とシーア派の宗派対立もなかった。

 それがフセインを抹殺し、米国がシーア派政権を作ったことで宗派対立が先鋭化する。ついにはイスラム国(IS)という過激なテロ集団を生みだし、テロはなくなるどころか世界に拡散した。米国の「テロとの戦い」は終わりの見えない「永遠の戦い」になる。

 アフガニスタンにもイラクにも、米国が作ると言った民主主義社会は訪れず、20年の歳月が流れると、米国は一方的に軍の撤退を決め、当初の目的を投げ捨てた。そしてバイデン大統領は今年8月31日、「他国を作り変えるため大規模な軍事作戦を展開する時代は終わった」と「バイデン・ドクトリン」を発表する。

 この20年間に米国が「テロとの戦い」につぎ込んだ費用は600兆円を超えると言われる。これに退役軍人に対する補償金を加えると、向こう30年間で900兆円近いコストがかかる。米国が莫大な費用をかけてやろうとしたことは一体何だったのであろうか。

 フーテンは「米国は日本に戦争で勝って以来、戦争に勝ったためしがない」と言い続けてきた。朝鮮戦争は引き分けに終わり、ベトナム戦争では初めて敗戦国になった。そして今また「テロとの戦い」に敗れて軍隊を撤退させる。

 「いや米国は冷戦に勝った」と言う人がいるかもしれない。米国人ならそう考えるだろう。しかし本当に米国は冷戦に勝ったのか。むしろ冷戦に勝利したと思ったことが米国の足を引っ張り、米国を衰退させる原因になったのではないかとフーテンは考える。

 ソ連が崩壊し、米国が唯一の超大国になったことは、一見米国の勝利に見える。しかしソ連崩壊で何が起きたか。「核の拡散」である。ソ連という独裁国家が厳しく管理してきた核の材料や核科学者が、ソ連の崩壊によってソ連以外の国に流出し、どこに核があるかが分からなくなった。

 そこで米国は北朝鮮と中東諸国に疑惑の目を向ける。それまでソ連だけを諜報の対象としてきた米国の諜報機関に手に負えない事態が生まれた。一方で冷戦に勝利したと考える米国人は、それを共産主義に対する民主主義の価値観の勝利と考え、米国の価値観を世界に広めることを自分たちの使命と思い込む。

 それがクリントン政権時代にはっきり出てきた。クリントン大統領は米国流の民主主義を広めるため、世界で起こる民族対立や宗教対立に米国が「正義の警察官」として介入する方針を打ち出した。ソマリア内戦とコソボ内戦への介入がそれである。民族浄化や大量虐殺を許さないという大義名分で、米国は自国が攻撃されたわけでもないのに軍隊を派遣した。

 さらにクリントンは、冷戦末期に米国経済に脅威を与えた日本にも反撃の手を打つ。日本経済は米国とは異質で民主主義的でないとして、「年次改革要望書」を毎年日本政府に突きつけ、日本の商慣習や社会の仕組みを米国型に変えろと強要した。そして日本をけん制する役割を中国に求め、中国と戦略的パートナーシップを結んだのだ。

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ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:11月24日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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