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祝好評終了!病理医ドラマ「フラジャイル」の健闘をたたえる

榎木英介病理専門医&科学・医療ジャーナリスト
北大路欣也さんの中熊教授もいい味出してました(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

視聴率は9.8パーセント

私たち病理医が待ち望んでいた、病理医が主役のドラマ「フラジャイル」が3月16日、無事終了した。

視聴率は平均9.76%。水曜10時という時間帯で、果たして多いのか少ないのか分からないが、裏番組の「ヒガンバナ」を上回り、10パーセント前後を保ったのだから、なかなかのものだと思う。

10パーセントの効果を何度も実感した。

どんなことされてるんですか?と尋ねられて「病理医です」と答えると、「ああ、あのドラマの!」という反応が返ってくることが何度もあった。今までは「顕微鏡をみてがんかがんでないかを見たり解剖したり…」と説明しないといけなかったのが、一発で分かってもらえるようになったのだ。

これだけでも、私たち病理医はドラマ制作者の皆さんに表彰状をあげたいくらいだ。

12回を通じた中身だが、現役病理医たちをうならせるリアルな部分もある一方、「こりゃないな」「微妙」と言える部分もあった。医療ドラマはどれもリアルな部分とフィクションの部分が混ざっているわけで、これは当然なのだが、このドラマで病理医という存在をはじめて知った方々に、フラジャイルのリアルとフィクションを解説したい。

細部にこだわり

病理医(長瀬智也や武井咲)や臨床検査技師(野村周平)がいる病理検査室の備品はリアル、というかホンモノだ。それもそのはず、監修の病理医の田村浩一先生、病理機材メーカーのサクラファインテックジャパンが本物の機材を提供しているからだ。さりげなく、今年仙台で開催される日本病理学会大会のポスターも貼られている。迅速診断(手術室から送られてきた組織を凍らせて、10分程度で標本を作製し診断する)を行うシーンも本当にやっていた。

解剖シーンもリアルだった。「解剖は未来の誰かのためにやる」というセリフは、原作を読んだときにも感動したシーンだが、解剖シーンがリアルなのは監修の田村先生の熱烈指導があったからなのだ。

田村部長は、人体模型を前に、時に長瀬の手を取り、病理医の動きを教える。長瀬も「肝臓を見た後、どういう動きをするんでしたっけ」などと積極的に質問し、動作を覚えていく。心臓を取り出す場面では血管を手早く切り心臓をつかむ。その手際の良さに長瀬が「先生、すごいことやっているんですね」と驚いた様子で、声を張り上げた。

出典:細部しっかり、病理医描く…ドラマ「フラジャイル」

こうした細部へのこだわりが、ドラマをリアルなものにしていた。

細かいことを言えば、長瀬演じる岸が顕微鏡を覗くとき、目が顕微鏡から離れすぎているように思っていたが、まあ、それもご愛敬だろう。

病理医は定時に帰れる?は微妙

長瀬智也演じる主人公の病理医岸は、17時になると帰ってしまい、他の医師たちから「病理は定時に帰れていいね」と嫌味、羨望の声を浴びせかけられる。

これは微妙…病院による、というところか。壮望会第一総合病院の病床数が問題になる。ウェブ情報では、壮望会第一総合病院のモデルは伊勢原協同病院だという。病床数は350床。だとすると年間3000件程度の病理組織標本が出ると思われる。

年間3000件程度ならば、定時に帰ることも可能な数だろう。岸ほどの能力があればお茶の子さいさいだ。

とはいえ、病理医不足にあえいでいる病院では、深夜まで仕事が終わらないこともある。私も定時に帰れることはあまりない。ケースバイケースということだろう。

当直業務などがないのも病理医が楽と思われている原因だと思う。しかし、正確な診断を出すために、常時緊張感をもって顕微鏡を覗いていると、集中力が持たなくなることがある。労働時間が短いからと言って、嫌味を言われるほど楽ではない。

臨床医と喧嘩する病理医はいるか

しかし、主人公の岸は臨床医と喧嘩ばかりしていた。決め台詞の「あなたが医師でいるかぎり、僕の言葉は絶対だ」が何度も出てきたが、あれでは臨床医の恨みをかってしまうだろうな、と思ってしまった。

実際ああいう病理医がいるか、というと微妙ではある。私はかつての上司から、「臨床とは仲良くしろよ」と指導されたし、ああ関係が悪くなったら、必要な情報もくれなくなるかもしれない。

しかし、ああいう人はいない、と言い切れない部分もある。岸っぽい病理医の顔が具体的に思い浮かんだりもする…

とはいえ、多くの病理医はフレンドリーで、ああいう人は少数派だ、ということだけは強調したい。

このほか、岸の恩師、上司の中熊教授(北大路欣也)は、マフィアかチョイ悪オヤジのようなファッションで強烈な存在感を放っていたが、個性的な病理医はいる。代表例はコラムニストでもある向井万起男先生だろう。

中熊教授みたいな人いるよね、と思えちゃうのもまた、リアリティか。

新人病理医の宮崎(武井咲)のような、きびきび働きやる気のある若い病理医もリアリティがあった。リアル宮崎のような後輩の顔が思い浮かぶ。

病理医の言葉は絶対か

上にも書いたが、主人公の岸は「あなたが医師でいるかぎり、僕の言葉は絶対だ」という言葉を連発する。このほか「うちは100%の診断しますよ」といったことも言っている。

これは本当なのか。

確かに、病理医が言った言葉で治療方針が決まったりするので、私たちの言葉は重い。だから軽々しく憶測で発現してはいけない。100%の診断というのは、分からなかったら分からないと正直に言う、無理な診断はしない、という部分まで含めれば、正しい。

ドラマのなかでも、岸が診断をなかなかつけない、というシーンがあったが、それは正しい姿勢なのだ。

ただ、診断を訂正することはそれなりにある。だから、絶対、というのはやや言い過ぎかもしれない。せいぜい「ほぼ絶対」「おおむね絶対」だろう。

ストーリーには?も

細部のこだわりや病理医の描写などにリアリティがあったフラジャイルだが、ストーリーはやはりフィクションだな、と思う部分もあった。

第3話は結核を誤診する臨床医、というテーマだったが、武井咲演じる宮崎が、結核患者の横にマスクもなしで立つシーンには、「ありえない」という声が多く聞かれた。

また、これは病理医の仕事じゃないよな、というストーリーも多かった。監修の田村先生も、ストーリーを現実にあったものにしようと苦心されたようだが、原作が病理医と臨床検査専門医を混同しているのではないか、という指摘もあった。病理専門医と臨床検査専門医の両方を持つ医師もいるので、あながち嘘とは言い切れないが…

細木(小雪)が所属する「女性外科」というのも、現実にはない。婦人科と乳腺外科を両方やる医師はいないのだ。

臨床検査技師の森井(野村周平)が、たった一人で標本作成など臨床検査技師の仕事をしているというのも、ややありえない。そのあたりは、森井がいなくなった後の混乱ぶりなどで説得力を増していたが。だから、臨床検査技師の間ではフラジャイルは結構不評だった。

ただ、検体取り違えがテーマだった第8話は身につまされる、そしてタイムリーなストーリーだった。

というのも、ドラマ放送直前に、千葉県がんセンターで乳癌の患者の検体が取り違えられるという医療事故があったからだ。

本例においては乳がんが疑われた二人の患者の生検検体が入れ替わり、誤った診断結果に基づいて一名に過剰な手術が行われた。(一方は浸潤性乳管癌(invasive ductal carcinoma)の診断であり、もう一方は乳管腺腫(ductal adenoma)ないしは乳管内乳頭腫(intraductal papilloma)の診断であった。

出典:(平成28年2月)千葉県がんセンター検体取り違え事例の検討結果の報告について

この問題についてはあらためて語ろうと思うが、検体取り違えは病理の現場では大きな問題で、私たちも日々注意しながら仕事している。

ただ、最後に取り違えた臨床医に対して「言い訳するな」みたいなことを言っているのはいただけない。人はミスをするものという前提でシステムを変えていかなければ、医療事故は減らせないからだ。人をせめても意味がないのだ。もちろん責任を取る必要はあるが。

「岸ロス」の人はどうすればよい?

とはいえ、おおむね病理医にとっても満足いく内容だったフラジャイル。関係者の健闘をたたえたい。

終了して一週間がたったいま、フラジャイルが放送されないのはさみしいという「岸ロス」(「宮崎ロス」でも「中熊ロス」でもいいけど)状態の人はどうすればよいのか。

今度は私たち病理医自身の出番だろう。せっかくこうして病理医の認知度を高めてもらったのだから、この機を逃さず積極アピールしなければならない。

こんな動きもある。

病理医を紹介する動画「夢のしっぽ」が公開されたのだ。公開したのは「がんの早期診断・治療に必要な病理診断の総合力を向上させる会(PathCare)」。タイムリーだ。

私自身も、もっと病理医のことを書いていきたいと思っている。もちろん、良い面ばかりでなく、リアルな現実も。

病理専門医&科学・医療ジャーナリスト

1971年横浜生まれ。神奈川県立柏陽高校出身。東京大学理学部生物学科動物学専攻卒業後、大学院博士課程まで進学したが、研究者としての将来に不安を感じ、一念発起し神戸大学医学部に学士編入学。卒業後病理医になる。一般社団法人科学・政策と社会研究室(カセイケン)代表理事。フリーの病理医として働くと同時に、フリーの科学・医療ジャーナリストとして若手研究者のキャリア問題や研究不正、科学技術政策に関する記事の執筆等を行っている。「博士漂流時代」(ディスカヴァー)にて科学ジャーナリスト賞2011受賞。日本科学技術ジャーナリスト会議会員。近著は「病理医が明かす 死因のホント」(日経プレミアシリーズ)。

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