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日本の研究は再浮上するのか?JST緊急シンポでみた懸念と希望

榎木英介病理専門医&科学・医療ジャーナリスト
日本の研究は復活するか(写真:イメージマート)

注目のシンポジウム

 先ごろ、あるシンポジウムが開催された。

緊急シンポジウム ~激論 なぜ、我が国の論文の注目度は下がりつつあるのか、我々は何をすべきか?~

 主催は科学技術振興機構(JST)。テーマは日本の研究力低下と、そのために何をすべきかであった。

 文部科学省の科学技術・学術政策研究所(NISTEP)が毎年発表している「科学技術指標」などが示す通り、日本から出される論文の各種指標は年々低下を続けている。これを憂う人は多い。そういう意味で、このシンポジウムは研究者の間で大いに注目された。

 司会や登壇者もJST理事長、理研理事長、東大教授やアメリカの名門校の教授、JSTの大型研究プログラムであるERATOの研究総括などの錚々たる方々である。期待が高まったわけだ。残念ながら仕事の都合で私は出席できなかった。

 だが、シンポジウム後のX(旧ツイッター)で大学研究者らの反応をみてみると、否定的な反応が目立っていたように感じた。そこで、シンポジウムに参加した現役大学研究者へインタビューを敢行した。

日本の研究力低下は国際共同研究と報酬が足りないから?

ーーツイッター上でみられたネガティブな反応を読んでみると、国際共同研究の不足を日本の研究力低迷に求めることに対してのものが多かったように思います。この点どう思われますか?

 国際共同研究が大切なのは確かです。しかし、国際共同研究により論文関連の指標の順位が下がったというより、研究力が低迷した結果、国際共同研究におけるプレゼンスも低下したというのが実際ではないでしょうか。つまり原因というより結果ということです。サッカーに例えると、強豪国と強化試合を組もうと思ったら自分たちもそれなりのレベルにないと強豪国も試合したくないでしょう。もちろん弱小国も強豪国と試合をすることは可能ですが、その場合もそれなりのプレミアが必要だったり、1軍ではなく2軍メンバーとだったりということになります。
 国際共同研究を促すことももちろん大切だとは思いますが、それ自体を低迷の原因として国際共同研究を目的視するのではなく、多くの大学が厳しい状況にあり、全体的なレベル、アウトプットが落ちているという現実を直視することがより重要なのではないかと思いました。

ーー登壇者らの意見の中で他に気になったものはありますか?

 アメリカ、シンガポール、香港などの海外の大学教員の給与と比較して、日本の大学は給与が低く、そのため、特にトップ研究者への報酬を上げることが大切だという話が出ていましたが、やや違和感がありました。そういった国では年収数千万も普通と言われても、そもそも日本の場合、アメリカなどと比較して研究者だけが給与が低いわけではなく、どの業種も長年のデフレで大きな差がついているわけです。大学だけ特別に給与を高くしろというのを納税者に納得させるのは難しいのではないでしょうか。実際、シンポジウムでもアメリカの大学の登壇者の先生からは、アメリカのほうが確かに給与が高いが、物価もその分高いことやアメリカでも大学よりも企業のほうが給与が高いことなどを指摘されていました。それらの国は「頑張ったトップ研究者は超高給」というよりは収入、物価共に大きな違いがあるわけです。ですので海外の給与の話を元に「日本でもトップ研究者の高給化を」というのはポジショントークの感があります。
 日本のアカデミアに若手が残らないことが今回のシンポジウムでも問題視されていましたが、それは「トップ研究者になっても年収数千万円もらえるようにはならないから」ではなく、院生の時の経済不安やアカデミアで研究を続けた場合の雇用の不安さといったようなもっと切実な問題があるように思います。少子高齢化の中、国の予算はゼロサムであり、研究関連の予算を増やすのはなかなか難しいという話もありましたが、そうであるならば日本のトップ研究者の給与増の議論にだけ積極的だったのはやや疑問です。

ーー確かに私はこれまで中国へ移動する日本人の若手研究者に関する記事を多く書いてきましたが、「日本で大学の仕事を探したが、見つからなかった」という声が圧倒的に多く、「中国のほうが日本より給与が高いから中国へいった」という話はほぼ聞いたことがありません。

シンポジウムでも東大教授およびその中でもトップ研究者の特別教授の給与として、年1200万円、年1800万円と紹介されていましたが、日本の物価を考慮すると年1800万円は決して低い額ではないと思います。もちろん高報酬であったほうが良いですが、日本の大学の厳しい状況、研究力低迷という状況の中でどこまで優先順位が高い問題なのかは疑問に思いました。

東大後藤由季子教授の「選択と集中」批判

ーーX上では東大薬学部の後藤由季子教授のお話が研究者側からの評価が高いように思いました。その点いかがですか?

おっしゃる通りです。選択と集中批判、科研費増の重要性、博士課程の学生への経済支援、各種業務増大による研究時間の減少など多くの研究者が思っていたことを代弁されていたと思います。しかも後藤先生は研究者としても一流の有名研究者ですので、そういったトップ研究者があのような情報発信をされることには大きな意義があります。後藤先生の提案に対して政治の側を納得させるのが難しいというJSTの理事長のご意見もありましたが、その理事長ご自身も本当は科研費などの研究テーマが自由な予算がもっと増えてほしいと思っているという本心を吐露されていたのが印象的でした。問題はそれをどう実現させるかですが、このシンポジウムがその今後の良いきっかけになると良いのですが。

ーーありがとうございました。私もそう願っています。

博士3倍増が計画されるが…

 本稿執筆中に、文部科学省が博士号取得者を2040年までに人口比100万人あたり3倍に増やすという計画を発表した。

「博士人材活躍プラン~博士をとろう~」について

 高度人材育成に文科省が本気になっているのはよくわかる。

プランの指標(KPI)(文部科学省が公表した資料より https://www.mext.go.jp/content/20240326-mxt_kiban03-000034860_0.pdf)
プランの指標(KPI)(文部科学省が公表した資料より https://www.mext.go.jp/content/20240326-mxt_kiban03-000034860_0.pdf)

 しかし、博士号取得者の活躍を促すためには、今回のシンポジウムで指摘されたような課題の解決が不可欠だと思う。人を惹きつけるにはよい研究環境から。今回のシンポジウムで浮かび上がった課題が早急に解決され、知が好循環する社会ができることを願う。

 それは日本社会の長期の停滞を打破する鍵でもある。

病理専門医&科学・医療ジャーナリスト

1971年横浜生まれ。神奈川県立柏陽高校出身。東京大学理学部生物学科動物学専攻卒業後、大学院博士課程まで進学したが、研究者としての将来に不安を感じ、一念発起し神戸大学医学部に学士編入学。卒業後病理医になる。一般社団法人科学・政策と社会研究室(カセイケン)代表理事。フリーの病理医として働くと同時に、フリーの科学・医療ジャーナリストとして若手研究者のキャリア問題や研究不正、科学技術政策に関する記事の執筆等を行っている。「博士漂流時代」(ディスカヴァー)にて科学ジャーナリスト賞2011受賞。日本科学技術ジャーナリスト会議会員。近著は「病理医が明かす 死因のホント」(日経プレミアシリーズ)。

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